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自慢の息子  作者: 智珠
第二部 神童

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第034話 委員長

 二年生でも、航とは別のクラスだった。


 一年で三組と一組。二年で二組と四組。三年でもまた分かれた。


 三年間で、一度も同じにならなかった。同じになる確率を計算したことがある。出た数は覚えている。書かない。


            *


 会うのは廊下だ。


 二年生の教室は三階にある。航のクラスは、階段をはさんで反対側だ。端から端まで、三十歩と少し歩く。


 用が無ければ通らない。用があるのは、理科室と、音楽室と、体育館へ行くときになる。


 週に三回か四回、その廊下を通る。


            *


 通るのは、たいてい十時三十五分の休みか、昼休みの一時前後になる。


 休みの長さは十分で、廊下を往復すると、それだけで半分近くが消える。消えるぶんを計算してから動くので、行くと決めた日にしか行かない。


 通ったときに航がいる確率は、半分より少し下だ。


 いる日は、たいてい窓ぎわに座っているか、教室の外に出ている。外に出ているときは、壁に背中をつけて立っている。


 目が合うと、手を上げる。肩から先だけを一度上げる、あの上げ方だ。


 「よう」


 こちらも、よう、と返す。


            *


 それで終わる日が、ほとんどになった。


 その一年で、三往復以上の会話をした回数は七回になる。


 うち五回は、行事の前後だ。合唱祭と、体育祭と、説明会がある日だった。話す材料が外から与えられる日だけ、会話が続く。


 残りの二回は、材料が無いのに続いた。何を話したかは、片方しか覚えていない。


            *


 覚えているほうは、五月だ。昼休みの一時十分ごろになる。


 航が、給食のプリンの話をしていた。二年二組は、余ったぶんをじゃんけんで決める。四組はくじだと言う。


 どちらが正しいかを話した。五分くらい話した。


 結論は出ていない。出るような話でもなかった。


            *


 覚えていないほうは、秋だ。


 時期は覚えている。廊下の窓が半分だけ開いていて、寒かった。


 何を話したかが出てこない。長さも分からない。


 覚えているほうと覚えていないほうのあいだに、規則が見つからなかった。


            *


 委員長、と呼ばれるようになったのは、小学校六年からだ。


 中学でも学級委員をやった。三年ともやる。推薦で決まる。手を挙げたことは一度も無い。


 航はそれを、そのまま呼び名にした。


 「よう、委員長」


 と言う日と、委員長を付けない日がある。付ける日のほうが少ない。


            *


 しゅうちゃん、と呼ばれなくなった。


 いつからかを、僕は特定できない。


 六年生の一学期に、委員長と呼ばれはじめた。そこから、しゅうちゃんが減っていったはずだ。減りかたを見ていない。


 最後に呼ばれた日を、僕は覚えていない。


            *


 覚えていないものが、また一つ増えた。


 一つ目は、森下が休んだ二日がいつだったか。二つ目が、これになる。


 増えた数だけは、数えられる。


 二つとも、人が関わっている。日付を覚えないのは、その二つだけだ。


 テストの日も、大会の日も、表が書き直された日も、全部言える。人のことだけが抜ける。


 規則があるとすれば、それになる。規則だと決めるには、二つでは足りない。


            *


 二年の十一月に、航が四日続けて休んだ。


 休んだことを、僕は三日目に知った。廊下を通ったときに、いなかったからだ。


 いない日は前にもある。一日ならよくある。続くと、少し違う。


 四日目の朝、八時五分に、同じクラスの子に訊いた。訊いたのは僕からだ。


 「大山、来てる?」


            *


 その子は、来てない、と答えた。


 理由は知らないと言う。先生も何も言っていないらしい。


 五日目に航は来た。朝の八時二十分、下駄箱のところで見た。


 廊下で会って、よう、と言われた。休んでいたことに、こちらからは触れなかった。


 向こうからも出てこない。


 顔を見た。日に焼けている。休んでいた四日は、外にいたことになる。


 外にいたのなら、寝込んでいたのではない。そこまでは分かる。分かったところで、次の一手が無い。


            *


 訊けば答えたと思う。


 訊かなかった理由は、そのときにはあった。あったはずだ。いま書こうとすると出てこない。


 出てこないので、無かったことになる。


            *


 航の手を、そのころよく見ていた。


 爪の際が黒い日がある。油のようなものだと思う。石けんで落ちていない。


 右手の親指の付け根に、皮がむけた跡があった。同じ場所が何度もむけているらしく、そこだけ色が違う。


 僕の手には、鉛筆だこしかない。豆はできるが、それは足の裏になる。手ではない。


            *


 油の話を、僕は訊かなかった。


 訊けば、たぶん、その日のうちに答えが出た。近所の工場のことか、家のことか、そのどちらかだろうと思う。


 どちらだとしても、そこから先の話になる。先の話を、こちらが受け取れる形にしていなかった。


 受け取れる形、というのが何なのかは、いまも説明できない。


 こちらの一日は、分で区切ってある。区切ったものの中に、人の話が入る場所は用意していない。


 用意していないところに何かが入ると、そのぶんが後ろへずれる。ずれると、寝る時刻が動く。


 寝る時刻を動かしたのは十四回だと、僕は数えている。十四回の中に、人の話で動いたぶんは一つも入っていない。


            *


 二年生の合唱祭で、僕は指揮をやった。


 推薦だ。手を挙げていない。学級委員がやるものだと、そのクラスでは決まっていた。


 棒の振り方は、音楽の先生が放課後に教えた。四時十五分から三十分だけ、何日かに分けてある。腕ではなく、肘から先を使う。速さは曲で決まっているので、こちらが決めるところは少ない。


 本番は十時四十分からだった。うちのクラスは金賞ではない。銀賞だ。


 クラスの何人かが、指揮がよかったと言った。よかったと言われても、こちらは棒を振っただけになる。


 歌ったのはクラス全員だ。振っていた側は、声を出していない。


 出していない者が褒められる形になっているのが、そのときは少し落ち着かなかった。落ち着かない、と書けるようになったのはあとだ。


 航のクラスは、そのとき最下位だった。歌っていない子が何人かいたと、あとで聞いた。誰かは聞いていない。


            *


 母は一度も、航のことを訊かなかった。


 中学に入ってから、航の名前が家で出た回数は零だ。僕が出さないからだが、母のほうからも出ない。


 小学校のころは出た。同じ学校で、隣の家で、行事で顔を合わせるからだ。


 合わせなくなると、名前は出なくなる。


 合唱祭には、母が来ている。体育館の後ろで見ていた。


 航のクラスの番も、そこで見ているはずだ。見たかどうかを、母は言わなかった。


            *


 家は隣のままだ。


 通路の壁は、夏になれば片側だけ熱くなる。両方に手をつければ、右と左で温度が違う。


 その通路を、僕は毎日通らない。学校への道が違う方向だからだ。


 通るのは、ゴミを出しに行くときだけになった。母に頼まれた日だけだ。


            *


 ゴミの日に、航の家の前を通ることがある。七時前だ。


 玄関の横に、自転車が二台置いてある。片方は弟のだ。小さい。


 冷蔵庫のメモのことを、僕はまだ覚えている。テープで留めてあった千円札のことも覚えている。


 あの家に上がったのは、四年生の夏の三時間だけだ。それ以来、一度も上がっていない。


 上がらなくなった理由を、母のせいにすることはできる。あまり遊ばないでね、と言われたのは事実だ。


 言われたのは一度きりで、そのあと何も言われていない。行かなくなったのはこちらの側になる。


 どちら側かをはっきりさせると、都合の悪いほうが残る。


 残るのが分かっているので、はっきりさせない。はっきりさせないでおくやり方を、僕はいくつも持っている。


 いくつあるかは数えていない。数えると、持っていることがはっきりする。


 数えない、という判断を自分でしたのは、たぶんそれが初めてだ。


            *


 三年生の四月に、また別のクラスになった。


 掲示の前で、航が先に見つけた。


 「またかよ」


 うん、と答えた。


 それだけだ。掲示の前には人が多くて、後ろから押されるので、すぐ動くことになる。


            *


 三年間で、廊下を通った回数を計算したことがある。


 週に三回か四回で、一年に四十週として、三年ぶんになる。四百回くらいになる。


 そのうち、会話が三往復以上になったのが、たぶん二十回ないと思う。


 残りの三百八十回は、よう、で終わっている。


            *


 よう、というのは、短い言葉だ。


 短いのに、無くなっていない。三年間、一度も無くならなかった。


 無くならないものを、僕は数えていない。無くなったものだけを数えている。


 数え方が偏っていることに、いま気づいた。


 無くなったものは、数えると形になる。形になると、置いておける。


 無くならないものは、数えないので形にならない。形にならないものは、そこにあっても手に取れない。

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