第033話 そう呼ばれていたらしい
二年生の五月に、千尋がそれを言った。
夕飯の席だ。七時半で、母が台所にいて、僕と千尋が座卓にいる。
「おにいちゃん、しんどうって言われてるよ」
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誰に、と訊いた。
千尋は、しらないひと、と答えた。
学校の帰りに、同じ学年の子の母親が、千尋にそう言ったらしい。お兄さんはしんどうって言われてるんでしょう、と。
千尋はその人の名前を知らない。顔も、そのとき初めて見た人だと言う。
場所は、学校から四つ目の角のところだ。千尋はそこまで説明した。説明の細かさが、僕のやり方に少し似ている。
似ているのは、たぶん同じ家にいるからだ。似ていることを、千尋は知らない。
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千尋は、それをおもしろい話として持って帰った。
言われた内容よりも、知らない人に話しかけられたことのほうが千尋には出来事だったらしい。
母は台所から、そう、とだけ言った。手は止まっていない。
止まっていないのは、水の音が続いたからだ。皿を置く音の間隔も変わらない。
変わらなかったことを、僕はそのとき確かめている。確かめたということは、変わるかもしれないと思っていたことになる。
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その語を、僕はそれまで聞いたことがなかった。
いや、聞いたことはある。言葉としては知っている。本に出てくる。テレビにも出る。
自分に向けて使われているのを知ったのが、その日だ。知ってから、その語の形が急に固くなった。
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どこから出た言い方なのかは、いまも分からない。
塾ではない。塾には僕より上がいる。学校でもないと思う。学校では、先生も生徒も、そういう言い方をしない。
残るのは、学校の外の大人ということになる。
外の大人が僕を見る機会は多くない。数えれば出る。参観と、記録会と、地区の陸上大会と、正月の親戚だ。年に六回か七回になる。
六回か七回で、呼び名がつく。ついたものが、家の外を回っている。
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母がその語を使ったことは、一度も無い。
三年間、家の中でその語が出たのは、千尋が持ち帰ったあの一回だけだ。
母は使わない。使わないのに、外では出ている。
どこかで出ているものが、家に入ってこない。入ってこないようにしているのか、たまたまなのかは分からない。
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六月に、母がママ友の集まりから帰ってきた。二時前に出て、四時二十分に戻っている。
帰ってきて、いつもと同じ形で、その日にあったことを少しだけ話した。誰と誰がいて、何を食べたか、というところまでだ。
中身は言わない。誰が何を言ったかは出てこない。
その日、母は一度だけ、笑うところではないところで笑った。
思い出し笑いに近い。何を思い出したのかは訊いていない。訊けば言ったと思う。訊く場面を作らなかった。
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外での話し方を、僕は小学校の廊下で一度聞いている。
あのとき母は、うちは何もさせてない、と言った。順位は、母数のほうを先に言ってから出した。
あの言い方が続いているのなら、その語は母の口から出ていない。出ていないのに、まわりが勝手にそう呼ぶ。
勝手に呼ばれたものを、こちらから止めることはできない。
止めようとするなら順位を落とすしかない。落とすというやり方があることに、そのとき初めて気づいた。
気づいただけで、やらなかった。やらなかったのは、落とし方が分からなかったからではない。
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止められないものが自分についているというのは、そのとき初めて分かった。
テストの順位は、自分でどうにかできる。走る速さも、練習で動く。
呼ばれ方は動かない。動かす方法が無い。
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僕はその語を、一度も自分で使っていない。
口に出したことも、書いたこともない。この記録に書いたのが、たぶん初めてになる。
使わなければ自分のものにならない、と思っていた。
思っていたのは、そのころではない。あとになってから、そう思っていたことにした可能性がある。
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使わなくても、外側からは同じに見える。
学年で一位を取り続けている生徒が一人いる。部活もやっている。それを外から見ている人が何かの言葉で呼ぶ。呼ばないと話ができないからだ。
呼ばれ方に、こちらの都合は入らない。
入らないものが増えると、外にいる自分と、家にいる自分の形が少しずつずれる。
ずれていることに気づくには、両方を同時に見る場所が要る。そういう場所を、僕は持っていなかった。
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二年生の教室では、僕はふつうに扱われた。
特別な扱いをされた記憶が無い。話しかけられるし掃除の班にも入る。給食の当番も回ってくる。
テストの日の前後だけ、少し違う。何点だったと訊かれる回数が増える。増えるのは三日くらいで、それを過ぎると元に戻る。
戻るまでの日数を数えていたことに、いま気づいた。
三日というのは、二年生の一学期のぶんだ。二学期は二日で、三学期は一日半になった。
半日というのは、午前だけということだ。午後には誰も訊かない。
短くなっていくのは、飽きられていくのに近い。飽きられるほうが、こちらには楽だった。
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一度だけ、はっきり言われたことがある。
二年の秋だ。昼休みの終わりごろ、一時十五分ごろになる。同じクラスの子が、こう言った。
「高梨って、負けたことないの」
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ある、と答えた。
実際にある。走るほうでは、追いつけない人がいる。中学に入ってからも、県の大会で前に人がいる。
言った子は、へえ、と言った。それから、あ、勉強でってこと、と言い直した。
勉強でなら、無い。中学に入ってから、一位以外を取ったのは四回だ。四回とも二位で、一度も三位より下に行っていない。
二位は負けたことになるのかどうかを、僕はその場で考えた。考えているあいだに、話が終わった。
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答えなかった。
答えないでいると、相手はたいてい別の話に移る。移ってくれたので、そのままにした。
五時間目の開始が一時二十五分で、話が終わったのはその二分前だ。二分あれば、何か言うことはできた。
言わなかったぶんの二分を、僕はいまでも覚えている。
二位は負けか、という問いを、そのあと自分で片づけていない。
片づけないまま、四回ぶんが残っている。
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小柳亜季は、その四回のうち三回で一位だった。
残りの一回は別の子だ。名前は覚えている。その子はそのあと一度も上に来ていない。
一度だけ上に来た子が、そのあと来なくなる。来なくなった理由を、僕は知らない。
知らないまま、名前だけが残っている。名前だけ残るというのは、この学校でよく起きる。
三回のうち、二回は五教科の合計で三点差だった。もう一回は十一点ある。
差の数字を、僕は全部言える。言えるのに、言う相手がいない。
小柳とは、そのころまだ一度も話していない。同じ掲示の上と下に、一年半いる。
一年半で、口をきいた回数は零だ。零という数え方が成り立つことに、そのとき気づいた。
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母は、二位のときも紙を両手で持った。七時五十分ごろ、夕飯のあとになる。
持って、しばらく見て、それから訊いた。
「どこ間違えたの」
小学校のときと同じだ。言い方も、間の長さも変わっていない。
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母は一度も、一位でいなさいとは言わなかった。
二位の紙を見たあとも、次は取り返しなさいとは言っていない。訊くのは、どこを間違えたか、だけだ。
間違えたところを直すのは、正しい。正しいので、反対する材料が無い。
材料が無いまま、四回とも同じやりとりをした。
四回目のときに、少しだけ違うところがあった。母が紙を見る時間が、前の三回より短い。
短くなった理由は分からない。慣れたのか、飽きたのか、それとも別の何かか。
その日も、どこ間違えたの、とは訊かれた。訊かれ方だけが同じで、長さが違う。
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千尋は、そのあとその語を使っていない。九時前に寝る子で、話す時間はそもそも短い。
一度言って、それきりだ。おもしろい話は、一度話せば済む。
千尋の中で、その日の出来事は「知らない人に話しかけられた日」のままになっている。
僕の中では、別のものになった。
別のものになった日付を、僕は言える。五月十七日の火曜だ。
日付を覚えているのに、そのとき自分がどう感じたかは書けない。書けるのは、次の日の朝に七時十二分に家を出たことくらいになる。
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同じ日を、二人が別の名前で持っている。
持ち方が違うことを、僕は千尋に言っていない。
言っても伝わらないと思ったのではない。伝えるほどのことだと思わなかった。
思わなかったことのほうが、あとになって残る。
残るというより、減らない。減らないものが、この記録には多い。
減るはずのものが減らないのは、たぶん、置き場所を作らなかったからだ。




