第032話 分単位
十月に、表が最後に書き直された。
十月三日の日曜だ。母が座卓で書いて、その日のうちに壁へ貼った。
それからあとは、書き直されていない。三年間、同じ一枚が貼ってある。
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書き直さなくなった理由は、たぶん簡単だ。
変わるところが無くなった。部活が月曜から金曜まで、放課後の二時間で固定された。塾が月曜と木曜と土曜になった。学校の時間割は年に一度しか変わらない。
動くものが無くなると、表は一枚で足りる。
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平日の形はこうなる。
六時四十分に起きる。七時十二分に家を出る。二中に七時二十六分。朝練は無いので、教室で始業まで座っている。
授業が三時三十五分に終わる。掃除と帰りの会で十五分。そこから部活が二時間ある。着替えて、六時四十分に家へ着く。
風呂に入って、七時半に夕飯。八時十五分から机につく。九時四十五分まで。十時十分に寝る。
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塾のある日は、そこが入れ替わる。
部活を早めに抜けて、五時四十分の電車に乗る。塾は三時間ある。帰りが九時四十分になる。
夕飯はそのあとになる。母が待っている。待たせているという言い方は、家では出ない。
塾の日の睡眠は、五時間半になる。週に三日ある。
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塾のクラスは、曜日を移したときに変わった。
前のクラスには小学校からの顔がいた。新しいほうには一人もいない。中学が全部ばらばらで、名前を覚える前に席替えがある。
名前を覚えなくても、順位は分かる。掲示に出る。掲示に出る名前だけを、僕は先に覚えた。
顔と結びつくのは、そのあとになる。順番が逆だと、覚えるのに時間がかかる。
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この時刻の並びを、僕は表を見ずに言える。
言えるようになったのが、いつかは分からない。覚えようとした記憶が無い。
毎日同じことをやっていると、覚えるという段階が無くなる。段階が無くなると、始まりの日も無くなる。
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その週から、僕は表を見なくなった。
朝も、帰ってからも、寝る前も見ない。小学校のときは一日に三回見ていた。
見なくても、同じものが入っている。
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見なくなったことを、母には言っていない。
言うようなことではない。表は壁にある。剥がしてもいない。
母のほうも、何も言わなかった。見ているかどうかを確かめる場面が、そもそも無い。
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管理の中身が、そのころから少しずつ移った。
母が決めるのは、枠だけになる。何時から何時までが何、という外側だ。
中で何をやるかは、僕が決める。数学の問題集を何ページやるか、英単語を何個覚えるか、そういうものは表に書いていない。
書いていないところに入るものを、僕は自分で決めるようになった。
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決めるやり方は、塾で教わったものと同じだ。
範囲を回数で割る。一日あたりの量を出す。出した量を、時間で割る。一問あたり何分かけていいかが出る。
出た数より速いと、その日は余る。遅いと、寝る時刻が動く。
寝る時刻を動かしたことは、中学のあいだに十四回ある。数えている。
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ストップウォッチは、まだ使っていた。
母が小学五年の冬に買ってきたやつだ。黒くて、ボタンが三つある。紐だけが青い。
紐は使わない。机の右上に置いて、押すのはボタンだけだ。
電池を一度替えた。中一の夏で、替えたのは僕だ。裏の小さいねじを外して、丸い電池を入れ替える。ねじは無くさなかった。
替えたことを、母には言っていない。動かなくなったことも言っていない。動かない道具を渡した側になるのが、たぶん嫌だったのだと思う。
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走るときには、いまも持っていかない。
持っていく理由は、あると言えばある。自分でラップを取ればいい。ほかの部にはそうしている子がいた。
やらなかった。やらない理由を、そのころは考えていなかった。
いまも、はっきりとは書けない。
書けないことのほうが、書けることより少ない。少ないので、書けないところだけが目につく。
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余った時間ができるようになったのは、その秋からだ。
塾の無い日に、二十分か三十分ほど余る。決めた量を、決めた時間より早く終えたぶんだ。
余った時間に、僕は何もしなかった。
次のぶんを前倒しでやることはできる。やると、次の日の量が減る。減ると、その日にまた余る。余りが動いていくだけで、どこかで消えるわけではない。
だから、やらなかった。
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何もしない二十分の使い方を、僕は持っていない。
机に座ったまま、シャープペンの芯を出したり戻したりしていた。誰かが同じことをしているのを、前に見ている。
それをやってみて、七回で飽きた。
窓の外は、うちの二階からだと、隣の家の屋根と、その向こうの電線が見える。電線は三本ある。風の強い日に、三本が別々の揺れ方をする。
揺れ方を見ていると、二十分が終わる。
学校でも、余る時間ができるようになった。
授業で当てられるまでのあいだ、こちらは答えを持っている。持ったまま待つ。待っているあいだに、教室の中を見ることになる。
どの子がノートを取っていないか。取っていない子が、どこで顔を上げるか。上げた先に何があるか。
見ているだけで、こちらから何かをするわけではない。ただ、見えたものは残る。
残ったものの置き場所が、そのころの僕にはまだ無かった。
置き場所が無いものは、たまる。たまっているという感じもしないまま、たまる。
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冬の練習は、走る量が増える。
夏は暑いので短く区切る。冬は長く走る。土のトラックが固くなって、足の裏に来るものが強くなる。
息が白い。前の人の息が、こちらの顔に当たるくらい近いときがある。
汗はかく。かいたぶんが、止まった瞬間に冷たくなる。冷たくなるまでの時間が、夏より短い。
その短さが、僕には分かりやすかった。分かりやすいものは、覚えやすい。
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千尋は、そのころ水泳の進級に受かったり落ちたりしていた。
落ちた日は、母が何も言わない。次はがんばりなさい、とも言わない。
千尋のほうも、落ちた話をそのままする。夕飯の席で、落ちた、と言う。母は、そう、と答える。
その二往復が、うちでいちばん短い会話だと思う。短いのに、詰まっているところが一つも無い。
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僕の会話は、それより長い。
テストの紙を出す。母が両手で持つ。しばらく見る。よかったね、と言う。引き出しに入れる。
四つの動作がある。四つあると、そのぶん時間がかかる。
かかっている時間が、中身の量とは関係していないことに、そのころは気づいていなかった。
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母は一度も、時間の使い方を確かめなかった。
机に向かっている時間が何分かを、母は測っていない。部屋のドアは閉めている。閉めていることを、注意されたことも無い。
中で何をやっていても分からない。分からないのに、外側の枠だけが正確に守られている。
守っているのは僕だ。
守れと言われた覚えは無い。言われていないものを守るのは、言われたものを守るより難しくない。
難しくないので、続く。続いているうちに、守っていること自体が見えなくなる。
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母の一日を、僕は知らない。
朝は僕より早く起きている。夜は僕より遅く寝る。あいだのことを、僕は見ていない。
昼に何をしているかも知らない。買い物へ行っているのは分かる。冷蔵庫の中身が入れ替わるからだ。
母には表が無い。母の時間を、母は誰にも見せていない。
見せる相手がいないのか、見せる形にしていないのかは、分からない。
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守らなかった日が、一度だけある。
十二月の水曜で、部活が短い日だ。終わってから、五時二十分に家へ着いた。
表では、そこから四十分ぶんが空いている。空いている枠が、その一箇所にだけ残っていた。
その四十分を、僕は使わなかった。
布団に入って、天井を見ていた。眠っていない。四十分たってから起きて、そのあとは表のとおりに動いた。
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その日のことを、母は知らない。
知らせる理由が無い。何もしていないので、報告する中身も無い。
僕はそれを、その冬に三回やった。三回とも水曜だ。
三回目のあとで、その枠に「読書」と書き足した。書いたのは僕だ。母の字ではない。
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母はそれに気づいた。
気づいて、こう言った。
「あら、自分で書いたのね」
それだけだ。何を読んでいるのかは訊かなかった。
読んでいない、とは言わなかった。
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三年間、同じ一枚が壁にある。
紙が日に焼けて、上のほうだけ色が変わった。画鋲の穴は四つのままだ。刺し直していない。
書き足した二文字だけが、母の字ではない。
その二文字を、母は消さなかった。
消さないことが許可なのかどうかを、僕は確かめていない。確かめる方法も思いつかない。
消されていない、という状態だけが、三年間そこにあった。




