第031話 秀でて、真である
十月の国語で、名前について書く課題が出た。
自分の名前の由来を家の人に訊いて、四百字にまとめる。それだけだ。締め切りは十日後で、原稿用紙が一枚配られた。
小学校の卒業文集と同じ大きさの紙だった。同じ紙を使うことが多いのだと思う。
枡目の数も同じだ。二十字が二十行で四百になる。数えたのは小学校のときで、そのときの数がそのまま使える。
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訊いたのは、その日の夕飯のあとだ。七時四十分だった。
母は流しにいた。手を止めずに答えた。
「秀でて、真である」
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言い方が用意されていた。
用意されている、というのは、その場で考えた形をしていないということだ。前にも同じ順番で言ったことのある人の言い方になっていた。
僕はそのとき、初めて訊いたつもりでいた。初めてではなかったのかもしれない。
訊いた記憶が無いだけで、聞いたことはあるのかもしれない。
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母は手を拭いて、座卓のところへ来た。
それから、秀の字の話をした。
秀でる、というのは、まわりより高く出ているという意味だと言う。稲の穂が伸びて、上に出ているところから来た字らしい。
字を紙に書いて見せた。上の部分が「禾」で、これが稲だ。下が「乃」になる。
「稲は、みんな同じ高さに生えるでしょう。その中で一本だけ先に伸びるのがあるの。それを秀っていうの」
言いながら、母は手で高さを示した。座卓の上で、右手を水平に置いて、左手の指を一本だけ立てる。
立てた指は、水平の手より少しだけ上にある。ずいぶん上ではない。少しだけだ。
その少しの差が、稲の中では見えるのだと言った。
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八時ちょうどに、母は辞書を持ってきた。
名前用の辞典で、背が厚い。付箋が三枚ついている。付箋は色が違う。黄色が二枚と、青が一枚だ。
その辞典を、母はいつ買ったのだろうと思った。買った時期を訊いていない。
開いたページには、秀の字があった。付箋は黄色のほうだ。
線が引いてある。母の線だ。定規で引いてある。
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真の字については、そのとき何も出なかった。
辞典の別のところを開くことも、線が引いてあるかどうかを見せることもしなかった。
訊いた。真は、と訊いた。
母は、真は真よ、と言った。それから、まっすぐ、とだけ足した。
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まっすぐ、というのは意味の説明ではない。
説明ではないことは分かる。分かったが、それ以上は言われなかった。
言われないので、そこで止まった。
止まったところに、こちらから何かを入れることはできる。辞典を自分で引けばいい。字の成り立ちなら、学校の図書室にも本がある。
引かなかった。引くと、母の言わなかったことが、自分の手で出てくることになる。
そこまで言葉にして考えたのではない。手が動かなかった、というほうが近い。
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付箋は三枚ある。
秀のところに一枚。あとの二枚が、どこについているかを、僕はその日に確かめていない。
辞典は八時十五分に本棚へ戻された。戻す場所も決まっている。左から四冊目だ。
次の日に見に行こうと思って、行かなかった。理由は無い。行かなかっただけだ。
いま思えば、開けばよかった。開いても怒られない。怒られる場面が、この家にはそもそも無い。
無いのに、開かない。何が止めているのかを、そのころの僕は言葉にできなかった。
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名前は、場所によって呼ばれ方が違う。
学校では高梨だ。先生も、同じクラスの子も、そう呼ぶ。部活では高梨か、タカナシになる。上級生はカタカナのほうの言い方をする。
塾では下の名前で呼ばれる。高梨が二人いるからだ。もう一人は女子で、別の中学から来ている。
家では秀真だ。母だけが、四文字のうちの下二文字を使う。
しゅうちゃん、と呼ぶ人は、もういない。呼ばなくなった日を、僕は特定できない。
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千尋の名前の話は、その場で出た。
訊いていない。母のほうから続けた。
「千尋は、深いっていう意味なの。海の深さの単位で、千尋の海っていう言い方があるのよ」
言い方が、秀のときと同じ形をしていた。用意されている形だ。
千尋のときは、二つの字を続けて説明した。千と、尋を、分けずに一つで言う。
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僕の名前は、二つに分かれている。
秀と、真だ。分けて話すことができる。分けて話せるので、片方だけ話すこともできる。
千尋の名前は、分けられない。
その差に気づいたのは、そのときではない。書いているいま気づいた。
千尋にその話をしたことがある。中学に入ってからだ。
千尋は、ふうん、と言って、それから、いみあるんだ、と言った。
自分の名前に意味があることを、千尋はそのとき初めて考えたらしい。考えていなくても、九年生きられる。
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作文は、次の日の夜に書いた。八時十分から始めて、九時五分にできた。
書いたのは、秀の字のことだ。稲の話をそのまま写した。まわりより高く出ているところ、という言い方を、母の言い方のまま使った。
真については、まっすぐ、とだけ書いた。一行になる。
四百字のうち、秀が三百字くらいで、真が一行だ。残りは、名前を書いてくれた人への感謝を書いた。
感謝は入れておいたほうがいい。それは、前に教わっている。
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母には見せなかった。
見せろとは言われていない。卒業文集のときは見せた。あれは学校が家庭にも配るものだからだ。
この作文は、教室の中で終わる。教室の中で終わるものを、僕はそのころから見せなくなった。
いつからそうしているかは、はっきりしない。
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提出したのは締め切りの三日前だ。朝の会の前、八時二十分に出した。
国語の先生は、全員ぶんを読んで、四人ぶんを授業で読み上げた。僕のは読まれていない。
読まれた四人のうち、二人は、名前の由来を知らなかった、という話を書いていた。
訊いたけれど覚えていないと言われた、という子がいた。教室が少し笑った。書いた子も笑っていた。
その時間は三時間目で、十一時十分から始まっている。読み上げは終わりの十分で、四人ぶんで八分かかった。
四人ぶんの時間を測っていたことに、あとで気づいた。読み上げを聞きながら、時計を見ている。
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笑えることなのだと、そのとき知った。
由来を知らないというのは、うちでは起きないことになっている。訊けば出てくる。出てくるものが、用意された形で出てくる。
用意されていないほうが、笑える話になる。
読まれた四人のうち、もう二人は、生まれた季節や、産院の窓から見えたものの話を書いていた。
そういう由来があるのを、そこで初めて知った。字の意味ではないところから名前が来ることが、あるらしい。
うちの由来には、季節も、場所も、天気も入っていない。字の意味だけでできている。
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父は、その週も家にいなかった。
名前の話を父に訊くという考えは、出てこなかった。
出てこなかったのは、父がいなかったからではない。いる週でも訊かなかったと思う。
名前のことは母に訊くものだ、というのが、どこかで決まっていた。決めた覚えは無い。決めた人も分からない。
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母は一度も、名前に負けないようにとは言わなかった。
名前の意味を言ったあとに、そこへつなげる言い方をしなかった。つなげれば言えるところで、つなげない。
言われていたら、たぶん、そのときに反発した。反発する材料が、こちらにできてしまう。
言われなかったので、名前は説明だけになって、そのまま僕の中に置かれた。
その夜、台所でペンの音がした。九時をすぎている。
表はもう貼ってある。書いているのは表ではない。
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置かれたものは、動かない。
高梨秀真という四文字を、僕は一日に何回も書く。
ノートの表紙が九冊。プリントの右上が、多い日で十二枚。提出物の欄と、部活の名簿と、下駄箱の名札がある。
一日に十五回から二十回のあいだになる。数えたのは中学二年のときで、三日ぶん数えて、平均を出して、そこでやめた。
出したところで使い道が無い。使い道が無いものを数えるのは、そのころにはもう癖になっている。
書くたびに意味を思い出すわけではない。ほとんど思い出さない。
思い出さないのに、そこにある。
テストの右上に書くとき、四文字のうちで、真の字だけが少し大きくなる日がある。
大きくなる理由は無い。画数の問題だと思っていた。
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秀でて、真である。
二つのうち、片方の話だけを、僕は何度も聞いた。
もう片方は、辞典のどこに線が引いてあるかも知らないままになっている。
線が引いてあるかどうかも、確かめていない。引いていない可能性のほうが高い。
高いと思いながら、確かめない。確かめないでおくほうが、こちらには都合がよかった。




