第030話 二番目にいる人
中間テストは五月十九日と二十日にあった。始まりは八時四十分で、五教科ぶんの時間割が前の週に配られる。
二日で五教科をやる。一日目が国語と数学と英語、二日目が理科と社会だ。
範囲は教科書の頁で指定される。どこからどこまでかを黒板に書かれて、それを写す。写す時間が五分あった。
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中学のテストは、小学校のものと形が違う。
小学校のテストは、その単元が終わった日に配られて、その時間のうちに返ってくる。中学は二日かけてやって、返ってくるのが一週間あとだ。
あいだの一週間に、何も起きない。起きないのに、終わったことにならない。
その一週間のあいだ、答案は職員室のどこかにある。どこにあるかは知らない。中身はもう決まっていて、こちらの手だけが届かない。
決まっているのに知らされない状態が、僕はあまり好きではなかった。好きではない、と書けるようになったのは、あとになってからだ。
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勉強のやり方は、塾のものをそのまま使った。
範囲が決まっているなら、範囲を回数で割る。何日で何周するかを先に決めて、そのとおりにやる。一周目に間違えたところへ印をつけて、二周目はそこだけやる。
三周目まで残ったところが、だいたい二割になる。二割は本番でも出る。
この方法を教わったのは、小学校五年の塾だ。教わったときは、そういうものだと思った。中学に入ってから、まわりがそうしていないことに気づいた。
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テスト前の一週間は、部活が止まる。
止まったぶんの二時間が、そのまま机に移る。移した先の予定は、母が書いた。四時から六時が、そのまま勉強になっている。
止まっているあいだ、グラウンドの前を通ると、誰もいない。誰もいないトラックは、人がいるときより広く見える。
広く見えることを、僕は誰にも言っていない。言うようなことではない。
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結果は五月二十七日に返ってきた。六時間目の終わり、三時十分だった。
答案は教科ごとに返る。順位の紙は、担任から一人ずつ渡される。
紙を受け取るとき、名前を呼ばれる。呼ばれて、席を立って、教卓のところまで取りに行く。
教卓の上には、四十枚が伏せて重ねてあった。順位の順ではない。名前の順だ。
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学年で一位だった。
二百四十人中の一位になる。五教科の合計が四百七十八点で、平均との差が上に百二十一ある。
母はその紙を、両手で持った。持って、しばらく見た。
「よかったね」
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そのあとに、母がこう訊いた。
「二番の子は誰?」
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知らない、と答えた。
嘘ではない。二位が誰かを、僕はそのとき本当に知らずにいた。
紙には自分の順位しか印字されていない。上に誰がいるかも、下に誰がいるかも載らない。
載っていないものを知るには、こちらから探しに行くことになる。
探しに行かなかった。行く必要を感じなかった。上に誰もいないからだ。
誰もいないほうを、僕はいつも先に確かめる。誰かがいるほうは、確かめなくても順番が決まっている。
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母は、そう、と言った。
それだけで、話は終わった。次の日も、その次の日も、母はその話をしていない。
母は一度も、二番の子を調べておきなさいとは言わなかった。訊いただけだ。訊いて、そのままにした。
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教室では、点数を言い合う子と、言わない子がいる。
言い合うのは、たいてい真ん中あたりの点の子だ。上の子と下の子は言わない。理由は違うのだと思う。
僕は訊かれた。何点だった、と訊かれて、答えた。答えると、そこで会話が終わる。
終わるのが分かっているのに、答え方を変えなかった。ぼかす言い方を、そのころ持っていない。
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職員室の前の廊下に、掲示板がある。
テストのあとに、上位十人の名前が貼り出される。学年ごとに一枚ずつだ。点数は出ない。名前と順位だけが並ぶ。
貼られるのは結果が返った日の放課後で、次の定期テストまでそのままになる。
僕はそれを、五月二十七日には見ていない。
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見に行ったのは、五月三十日の朝だ。七時五十分だった。
三日おいてから行った。三日のあいだに何を考えていたかを、僕は書けない。考えたという実感が無い。
行こうと思ってから行くまでが三日かかった、というだけになる。
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掲示は思ったより小さい紙だった。
紙は一枚だけ。上から順に十人ぶん。字は印刷ではなく手書きで、太いペンで書いてある。書いた人の字が、途中から少し傾く。
一番上に自分の名前がある。二段目に、小柳亜季、と書いてあった。
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名前は知っている。同じ学年だ。
顔が出てこなかった。
名前と顔が結びつかない人が、学年にどれくらいいるかは分からない。ただ、二番目にいる人の顔を知らないというのは、そのとき初めて具合の悪いことになった。
具合が悪い、というのは、こちらの都合の話だ。向こうには何の関係も無い。
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その日の昼休みに、二組の教室の前を通った。
通る用事は無い。三組から階段までのあいだに二組がある、という言い方もできる。実際そうなので、嘘にはならない。
窓ぎわの列にいた。名札で分かった。
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髪は肩より少し上で、後ろで一つに結んでいる日と、結んでいない日があった。その日は結んでいない。
机の上に、教科書ではないものが開いてある。文庫本だった。表紙は見えない。カバーがかかっている。
昼休みに本を読んでいる子は、そのクラスにもう一人いた。そちらは漫画だ。
小柳は、こちらを見なかった。通っただけなので、見る理由が無い。
読んでいる姿勢が、少し前のめりだった。机に肘をついていない。背中は丸まっているのに、肩は落ちていない。
その姿勢を、僕はどこかで見ている。ピアノの教室の廊下で、鞄を持ったまま座っていた子の座り方に近い。近いだけで、同じではない。
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次に見たのは、掲示板の前だった。
六月のはじめだ。昼休みの終わりごろで、一時十五分ごろになる。誰かが小柳に、すごいね、と言っていた。
小柳は、うん、と答えた。それだけだ。
うん、で終わる返事を、僕はそのときまで持っていなかった。ありがとう、でもない。そんなことない、でもない。うん、だ。
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言われたほうが、否定も肯定もしない。
否定すると話が続く。肯定しても話が続く。うん、だと続かない。
続かせないための返事なのか、それとも本当にそれだけなのかは、外からは分からない。
言われた側の顔を見た。動いていない。目のあたりも、口の端も、そのままだ。
うれしそうにも見えないし、その逆にも見えない。見えないというより、そこに読むものが置かれていない。
人の顔が動くところを、僕はよく見ている。動かない顔を見たのは、そのときが初めてに近い。
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小柳の名前を、僕は家で出していない。
母が訊いたのは一度だけで、そのときは知らなかった。知ってからは、訊かれていない。
訊かれていないので、言わなかった。言わない理由を、そのときの僕は持っていない。
持っていないのに言わなかったことを、いまは書いておく。
家で名前が出る人と、出ない人がいる。出る人は、母がその名前を覚える。覚えたあとは、母のほうから出てくるようになる。
出さなければ、覚えられない。覚えられなければ、家の中にその人はいないことになる。
そこまで考えて言わなかったのではない。考えていない。ただ、結果としてそうなった。
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期末テストは六月三十日と七月一日だった。
同じやり方でやった。範囲を回数で割って、印をつけて、二周目はそこだけやる。
結果は七月八日に返ってきた。同じ三時十分だ。一位だった。
紙を受け取って、席に戻って、それから掲示を見に行く。
三日おかなかった。四時前に行った。部活の前になる。
行くのが速くなったことに、そのときは気づいていない。速くなったのは、探すものが決まったからだ。
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二段目は、また小柳亜季だった。
三段目から下は、五月とは順番が変わっている。何人かが入れ替わっていた。
上の二つだけが、動いていない。
動かないものが二つあるとき、人はそれを一つの組として見る。見られていることに、そのときの僕は気づいていない。
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九月の実力テストからは、掲示の前に人がいる時間を避けるようになった。
放課後の早い時間か、朝の早い時間に行く。誰かと一緒に見る形にならないようにする。
避けている、と自分では思っていない。空いている時間に行くほうが速い、と思っていた。
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次のテストから、僕は掲示を最後まで読むようになった。
十人ぶんを、上から下まで読む。読んでも、覚えるのは二段目だけだ。
一位のところだけでは足りない。
足りない、と思ったのがいつからかを、僕は特定できる。母に、二番の子は誰、と訊かれた日からだ。




