第029話 続けます
仮入部は四月十一日から四月二十二日までだった。
その期間なら、いくつ回ってもいい。三つ回った子もいるし、初日から一つに決めた子もいる。決め方に決まりは無い。
僕は初日から陸上部に行った。回らなかった。
回るという考えが出てこない。決まっているものを、確かめに行っただけだ。
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二中の陸上部は、男女合わせて三十人ほどいる。
上級生がいて、そこへ一年生が入る。その年の一年生は十四人で、二十二日を過ぎると十一人になった。
減った三人のうち、二人は野球部へ移った。もう一人は、どこにも行かなかったらしい。
らしい、というのは、僕がその子の名前を覚えていないからだ。
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顧問は社会科の先生だった。
四十くらいで、背が高くない。ジャージの上下で、上着のファスナーをいつも半分だけ上げている。
声を張らない。集合をかけるときも、手を二回たたくだけだ。たたく音が乾いていて、グラウンドの端まで届く。
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最初の日に、種目を訊かれた。
小学校で千五百をやっていました、と答えた。
「じゃあ、長距離な」
それで決まった。時間にして五秒くらいになる。
小学校の記録会のタイムは訊かれない。持っていったつもりも無いのに、口に出したくなった。出さなかった。
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中学のトラックは、小学校のより一周が長い。
小学校は一周が二百メートルだった。二中は二百五十ある。同じ距離でも、周回の数が変わる。七周半から六周になった。
六周だと、数えやすい。半端が無いというのは、それだけで違う。
土は小学校のより固い。踏んだときの返りが速い。速いぶん、足の裏に来るものも強くなる。
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練習は放課後の四時から六時までだ。
水曜だけ早く終わる。職員会議がある日だからだと聞いた。理由を聞いたのは二年生になってからで、一年のあいだは、水曜は短い日だとだけ思っていた。
冬は日が落ちるので、五時半で終わる。
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最初の一か月は、走らせてもらえない。
体操と、動きづくりと、流しだけだ。流しというのは、七割くらいの速さで短い距離を走ることを言う。息が上がりきらないところで止める。
止めるのが難しい。全部出すほうが簡単だ。七割で止めておくには、自分がいまどれくらい出しているのかを、走りながら測ることになる。
測れるようになるのに、六月までかかった。
小学校では、速く走ることしか教わっていない。中学は、速さを置いておくことを先に教える。
置いておく、というのは、出さないでいるということだ。出さないでいるあいだ、体のどこかに力が残る。残っている場所を、そのときは肩だと思っていた。肩ではない。
どこなのかは、二年生の秋まで分からなかった。
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長距離は、僕を入れて五人いた。
上級生が四人と、一年生は僕だけになる。短距離のほうが人数が多い。
三年生の一人が、走り方を一度だけ直した。腕の振りではなく、あごの位置だ。引きすぎだと言われた。
直したあと、何も言われていない。直っているかどうかを、その人は確かめに来なかった。
確かめに来ないのに、直したままにしている。誰も見ていないところで直っているものが、そのとき初めてできた。
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靴は、小学校のときのを最初の月まで履いた。
五月に新しいのを買った。母が一緒に行って、しゃがんで、つま先のところを親指で押した。
「ここが当たると、あとで痛くなるから」
同じことを言った。同じ言い方だった。
紐の結び方は、こちらがもう覚えている。店の人に訊かなかった。母も訊かなかった。
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入部届は四月二十日に出した。
締め切りより早い。担任に渡すと、その場で受け取って、名簿に印をつけた。
紙には、部活名と、保護者の名前と、印を押す欄がある。母の字と、母の印だ。
書いてもらうときに、母は理由を訊かなかった。
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訊かれたのは、その前の週だ。
夕飯のあとに、部活は決めたのか、と訊かれた。
陸上、と答えた。
母は、そう、と言った。それから、続けるのね、とだけ言った。
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続けます、と答えた。
なんで、とは訊かれなかった。
訊かれなかったので、僕はその答えを、いまも作っていない。
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表には、月曜から金曜まで、四時から六時が入った。
入ったぶん、塾が動いた。曜日は月曜と木曜と土曜になる。動かしたのは母だ。塾に電話をして、クラスを移してもらった。
移った先のクラスに、知っている顔は一人もいなかった。
電話をしている母の声が、廊下まで聞こえた。低い声だった。参観日の廊下の声とは違う。
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夕飯の時刻は七時半になった。
六時に終わって、着替えて、歩いて帰ると六時四十分になる。七時に風呂へ入って、それから食べる。
千尋は先に食べる。母は僕と一緒に食卓につく。父はたいていいない。
六年生の土曜と同じ形が、平日に移った。移っただけで、形は変わっていない。
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航はサッカー部に入った。
入部届を出したのは締め切りの当日だと、あとで聞いた。
六月に、来なくなったらしい。やめたのではなく、来ない。名簿には残っている。
それを僕は、同じクラスの子から聞いた。航からは聞いていない。廊下で会うので、訊けば答えたと思う。
訊かなかった。
訊かないでいるうちに、訊けなくなる。訊けなくなるまでの日数を、僕は数えていない。数えるようなものだと思っていなかった。
いま数えようとすると、始まりの日が出てこない。終わりの日も出てこない。
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六月の練習で、初めて千五百を通した。五時二十分だった。
顧問が時計を持って、フィニッシュのところに立っている。
四分五十八秒だった。
小学校の記録会が五分二十八秒だ。縮んだぶんは三十秒になる。そのあいだに二年たっている。
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顧問は、タイムを言っただけだった。
「四分五十八」
それだけだ。速いとも、遅いとも言わない。次にどうしろとも言わない。
言われなかったので、そのまま次の練習に行った。
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家では、タイムの話をしていない。
訊かれていない。母は部活の日程を表に入れたが、記録を訊いたことは一度も無い。
紙が出るものだけを、母は見る。部活の記録は紙にならない。
ならないものは、家の中に存在しないのと同じになる。存在しないものについて、話が起きようがない。
その静かさが、僕には都合がよかった。都合がよかった、と書けるようになるまでに、ずいぶんかかっている。
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母は一度も、部活をやめろとは言わなかった。
三年間、一度もだ。表から陸上の枠が消えたことも無い。
消えたのは、僕が言ったあとになる。
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走っているあいだのことを、僕はうまく書けない。
六周のうち、二周目と三周目のことが出てこない。一周目は出てくる。ラストの一周も出てくる。
真ん中が抜ける。抜けているのに、そこを走らなかったわけではない。
紙をやっているときは、抜けない。どの問題で止まったかを、あとから全部たどれる。
走っているときだけ、たどれないところができる。たどれないのに、体は前へ進んでいた。
進んでいたことは、タイムで分かる。分かるが、それは外から見た証拠にすぎない。
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部活には、決まった言い方がいくつかある。
グラウンドに入るときは、失礼します。出るときは、ありがとうございました。先輩とすれ違うときは、おつかれさまです。
どれも意味を考えずに言える。考えずに言えるものが増えるのは、こちらには楽だった。
覚えるのが速い、と一度だけ言われた。言ったのは上級生で、褒めたのかどうかは分からない。
言葉が決まっている場所は、失敗の形も決まっている。何を言えば間違いになるかが先に見える。見えると、間違えない。
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部室は無い。器具庫の横で着替える。
器具庫の中は、ハードルと、砲丸と、跳躍用のマットが入っている。マットは湿っていて、においがある。雨の日は、その中で腹筋をやった。
においを覚えている。名前をつけられないにおいだ。
夏は、水道で頭から水をかぶる者がいる。僕はかぶらない。かぶると、そのあとの授業までに乾かない。
乾かなくても、部活のあとに授業は無い。無いのに、そう思った。
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一年生の夏の大会は、出ていない。
一年は原則として出ない決まりがある。応援に行く。
三年生の千五百を、そこで初めて見た。うちの学校の三年生は、四分三十秒台で走る。
その差がどれくらいの距離になるかを、僕はその場で計算した。計算してから、意味が無いことに気づいた。
僕はまだ一年で、その人は三年だ。二年後の僕がどうなるかは、その数字の中に入っていない。
入っていないものを計算する癖が、そのころにはもうついている。
ついていることに気づいたのは、計算をやめてからになる。




