第001話 一日十枚
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公文式教室 進度記録表 算数
氏名 たかなし しゅうま
入会 2003年4月(年中)
月 教材 1日の枚数 1日の平均時間 直しの平均
4月 6A 5 12分30秒 1.2
5月 6A 5 10分40秒 0.8
6月 5A 5 9分20秒 0.6
7月 5A 5 8分50秒 0.4
8月 5A 10 16分10秒 0.9
9月 4A 10 15分30秒 0.7
10月 4A 10 14分00秒 0.5
11月 3A 10 13分20秒 0.4
12月 3A 10 12分10秒 0.3
1月 2A 10 13分40秒 0.6
2月 2A 10 12分00秒 0.4
3月 A 10 11分30秒 0.3
※3月末時点。学年より2学年先の教材に進んでいます。
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紙を数えるとき、僕はいまも五枚ずつ持ち上げる。
仕事で使う用紙は数えるほどの量ではない。それでも指が同じ動きをする。親指を紙の端に当てて、少しずらして、そこで止める。止まる位置が決まっている。
同じ動きをする人を、職場で見たことがある。前の会社で長く事務をやっていたと聞いた。それ以上は訊かなかった。
夜の建物は、床から冷える。立ったまま紙を数えていると、足の裏から順に温度が下がっていく。
いつからこうなったのかは分かる。分かるが、その日のことは覚えていない。
*
いちばん古い記憶は、蛍光灯の下にある。
教室は火曜と金曜だった。四時から七時のあいだに行けばいいことになっていて、母はいつも六時前に着くようにしていた。遅い時間になると直しの列が長くなるからだ。そう聞いたのは、ずっとあとになってからだ。
公文の教室はマンションの三階にあった。もとは誰かが住んでいた部屋で、玄関で靴を脱いで上がる。台所がそのまま残っていて、冷蔵庫が置いてあった。中を見たことはない。
部屋には長い机が三つ並んでいた。生徒は十人くらいで、みんな下を向いている。鉛筆が紙をこする音がして、それが十人ぶん重なると雨のような音になる。
いちばん奥に大きい子がいた。中学生だったと思う。その子だけ椅子の背に体を預けて、時々天井を見ていた。
入口に近い机で、小さい女の子が泣いていた。声は出していない。鼻をすする音がして、隣に座っていた子が一度だけそっちを見て、また下を向いた。
先生はその子のところへ行かなかった。行かないのが決まりなのか、そのときだけそうしたのかは分からない。しばらくして、その子は自分で袖を目に当てて、続きを書きはじめた。
先生の名前を、僕は覚えていない。
女の人で、五十くらいだったと思う。紺色のカーディガンを着ていた。声が低い。僕の前に紙を置いて、上のところを指で二回たたいた。
「ここに、なまえ」
僕はひらがなで名前を書いた。四文字ある。「ま」が下手だった。
紙には数が並んでいた。1から10まで。書いてある数の続きを書く。それだけだ。
先生が壁の時計を見て、紙の上に時刻を書いた。それから僕の顔を見て、うなずいた。始めろという意味だと分かった。
書き終えて顔を上げると、先生がまた時計を見て、もう一つ時刻を書いた。
五枚で十二分三十秒だった。その数字を僕は覚えている。名前は覚えていないのに、そこだけ残っている。
直しが一つあった。6の書き方が違うと言われた。丸の閉じ方だ。書き直すと、赤い丸をつけてくれた。
直しのある子は、先生の机の横に立って順番を待つ。その日は三人並んでいた。僕は二番目だった。
六時四十分に、先生が今日はここまでと言った。壁の時計の針は、僕の位置からだと少しゆがんで見える。
*
母は部屋の隅の丸椅子に座って待っていた。
千尋を抱いている。一歳になったばかりで、教室では寝ていることが多かった。寝ないときは母が外の廊下へ出て、戻ってくると千尋は寝ていた。
ほかの子の母親と話すこともあった。母は全部知っている。子どもの名前も、下の子の呼び名も、どの子が何曜日に来るかも。
先生に挨拶をするときの母の声は、家で出す声より少し高い。ありがとうございました、と言って頭を下げる。下げたあと、教室の玄関で千尋の靴下を履かせ直した。片方だけ脱げていた。
「宮下さんとこの子、Bまで行ったんですって」
帰り道に母がそう言った。宮下という子を、僕は知らない。
エレベーターで一階まで降りる。母がボタンを押して、僕は数字が光るのを見ていた。
外は暗かった。母は自転車の前に千尋を、後ろに僕を乗せて、僕のヘルメットのあごひもを締めた。締めたあとに一度、指を入れて確かめる。指一本ぶん入るのが正しいらしい。
「五枚で十二分だって」
母がそう言った。前を向いたまま言ったから、僕は母の顔を見ていない。
「速いね」
その言い方を、僕は覚えている。
途中の角に酒屋があって、その前に赤い自動販売機が置いてあった。母はそこで一度だけ止まって、温かいお茶を買う。缶を僕の手のひらに乗せて、両手で持ちなさいと言った。手袋ごしでも熱い。
母は自分では飲まない。僕が持って帰るためのものだ。家に着くころにはぬるくなっている。
缶を渡すときに母の指が触れる。指の腹が硬い。水仕事のせいで、冬になると母の手はひび割れる。寝る前にハンドクリームを塗って、綿の手袋をして寝ていた。においが甘い。
坂を上がるとき、母は立ちこぎになる。自転車が左右に振れて、千尋の頭が少し揺れる。母の背中は汗のにおいがした。冬なのに汗をかいている。
家まで七分くらいだ。
途中で公園の横を通る。七時をすぎているのに、まだ子どもの声がしていた。何人いるのかは見なかった。母の背中と、前かごの中の千尋の帽子が視界にあって、その先は見ていない。
*
その年の四月から、一日五枚をやることになっていた。
やるのは夕食のあとだ。夕食は七時半で、始めるのは八時になる。テレビは消す。父はまだ帰ってこない。帰るのは十一時すぎで、その時間に僕は起きていない。
母は台所で洗い物をしていて、僕はリビングの机に紙を並べる。翌日ぶんの紙は、前の晩のうちに母が机の端にそろえて置いてある。
鉛筆は使う前に母が削っておく。削りかすは新聞紙の上に落として、まとめて捨てる。消しゴムは角が丸くなると新しいものに替わっていて、いつ替わったのかを僕は知らない。
母は洗い物の途中で、二回か三回、こちらへ来る。
来るときの足音でわかる。速く来る日と、そうでない日がある。速い日は机の横に立って紙をのぞき、それから何も言わずに台所へ戻る。そうでない日は、僕の隣の椅子に座って、頬杖をついて見ている。
どちらの日が多かったかは、覚えていない。
千尋がベビーサークルの中で立ち上がって、柵を持って揺らす。音がする。母が来て抱き上げて、また戻す。それを何度か繰り返して、そのうち千尋は寝る。
八時をすぎると眠くなる。字が二つに見えてくる。一度、鉛筆を持ったまま前に倒れて、額を机につけた。
母が来た。
「終わるまで寝ちゃだめよ」
怒っていない。声も大きくない。僕は起きて、残りの二枚をやった。
ねむい、とは言わなかった。
母が「早くしなさい」と言ったことは一度もない。速いね、と言っただけだ。
やり残した日は、翌朝にやる。起きて、朝食の前に五枚。朝は頭がまだ動かないので、時間が余計にかかった。
*
八月から、一日十枚になった。
夏休みだからと母は言う。九月になっても十枚のままだったが、そのことについて誰も何も言わなかった。
夏は手のひらが汗ばむ。紙の下のほうが波打って、鉛筆の先が引っかかる。扇風機を当てると紙が飛ぶので、僕の側には向けない。母は僕の背中側に立って、うちわで自分をあおいでいた。
十枚だと終わるのが九時を回る。風呂が九時半で、寝るのは十時前になる。それでも僕は、五枚の日より十枚の日のほうを、たぶん好きだった。
枚数が増えると、一枚あたりにかかる時間が短くなる。同じ十六分でも、五枚のときと十枚のときでは中身が違う。違うということが、数字を見れば分かる。
紙の右上には、教室で書かれた時刻が二つ並んでいる。始めたときと、終わったときだ。その差を引く。それが自分の速さになる。
僕は生まれて初めて、自分を数で言えるようになった。
書いてある中身のことは、誰も何も言わなかった。何を解いたかではなく、どれだけで解いたか。教室でも、家でも、話に出るのはそちらだった。
そのころ、僕は足し算が面白いと思っていたはずだ。思っていたと思う。ただ、面白いと言った記憶がない。言う場面が無かったのかもしれないし、訊かれなかったのかもしれない。
*
教室でもらう紙は、白い紙に薄い青で線が引いてある。裏は白いままだ。裏に絵を描いてはいけないとは言われていない。描いたことがないだけだ。
*
三月の記録表を、母は冷蔵庫に貼った。
磁石を四つ使った。四隅を留めないと端がめくれる。二学年先、と書いてある行のところに、母の指が一度だけ触れた。
父が帰ってきて、それを見た。ふうん、と言って風呂場のほうへ行った。鞄を廊下に置いたままだった。母がそれを拾って、いつもの場所に立てた。
母はしばらく、貼った紙の前に立っていた。
僕はテレビを見ていて、母の顔を見ていない。
次の日、教室でもらった紙を、僕は五枚ずつ数えてから鞄に入れた。誰にもそうしろとは言われていない。




