第026話 将来の夢(清書)
二月十日の三時間目に、卒業文集の原稿用紙が配られた。
四百字詰めが一枚。テーマは「将来の夢」で、全員が同じテーマだ。締め切りは二月二十四日。
書き方の見本が黒板に貼られた。書き出しは「ぼくの/わたしの将来の夢は」で始めること。段落は三つか四つにすること。
名前は最後に書くのではなく、右上に先に書く。書いてから始める。
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書く時間は、国語の授業のうちに二回とられた。
一回目の四十五分で、僕は名前と題だけ書いた。あとは白いままにした。
まわりは書いていた。前の席の子は、二回目の途中で書き終えて、そのあと消しゴムで直していた。
鉛筆の音が四十人ぶんある。書いている音と、止まっている音は違う。止まっている人の数は、音で分かる。
その時間、止まっていたのは僕だけだった。
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僕は三日、何も書かなかった。
書けなかったのではない。書きはじめる前に、決めることが決まらなかった。
将来の夢が何かを、そのとき僕は持っていない。持っていないものについて四百字を書く方法を、誰も教えていなかった。
持っていないと書けばいい、という考えは、四日目まで出てこなかった。書くのは持っている人だと思っていたからだ。
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六歳のときに、一度答えたことがある。
親戚が集まった席で、大きくなったら何になるのかと訊かれた。エレベーターの中に入っていく人、と答えた。
あれは答えだった。訂正されて、答えでなくなった。
訂正されたことは覚えている。何と訂正されたかも覚えている。
そのあと、僕は同じ質問に、二度と自分の言葉で答えていない。
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四日目の夜、八時から下書きを書いた。
書き出しは見本のとおりにした。そのあとは、思ったとおりに書いた。
まだ決まっていません、と書いた。やりたいことがないわけではありません、とも入れた。ただ、はっきりしていません、と続けた。
六年生になっていくつかやめたことも書いた。ピアノと書道だ。やめたのは自分で決めました、と書いた。
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そのあとに、一行書いた。
書いてから、線を引いて消した。
消したのは、母に見せる前だ。
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その一行は、書くのに時間がかからなかった。手が止まらずに最後まで行った。
行ってから、読み返した。読み返して、線を引いた。
線は二本引いた。一本目を引いたあとに、まだ読めたからだ。
二本目を引いても読める。三本目は引かなかった。
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消し方は、鉛筆で二重線を引くやり方にした。消しゴムを使わなかった。
消しゴムで消すと、あとが残る。二重線なら、そこに何かがあったことだけが残る。
どちらが残るかを、そのとき選んだ。
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下書きを母に見せた。
母は座卓で読んだ。読んでいるあいだ、二回うなずいた。うなずいたのは、はじめのほうだ。
読み終わって、しばらく黙っていた。それから、こう言った。
「よく書けてるけど、これだと読む人が困っちゃうかもね」
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困る、というのが分からなかった。
文集を読む人が困る、という意味だ。書いた本人が困るのではない。
困らせないほうがいい。それは分かる。
分かるので、直されることに反対しなかった。反対する材料が、こちらに無い。
母の言っていることは、はじめから終わりまで筋が通っていた。通っていない話なら、たぶん何か言えた。
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母は消したところに触れなかった。
二重線のところを、指でなぞりもしない。目は通ったはずだ。位置が真ん中にある。
読んだのに触れないのか、読んで触れないほうがいいと決めたのか、そこは分からない。訊けば答えたと思う。
訊かなかったのは、答えが返ってくるのがこわかったからではない。訊くという動作が、そのとき手元に無かった。
何も言われなかったので、こちらも言わなかった。
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母が直したのは、三箇所だ。
まだ決まっていません、を、人の役に立つ仕事につくことです、に変えた。
はっきりしていません、を消して、そのぶんに、目標を持ってこつこつと努力を続けることが大切だと思います、を入れた。
最後に、六年間の感謝を書く段落を足した。先生と友だちのことだ。
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「感謝は入れておいたほうがいいのよ」
母はそう言った。理由は言わない。
人の役に立つ仕事、という言い方を、母がどこで見たのかは分からない。母の言葉ではない気がした。
どこかで読んだものを、正しい形として持ってきている。母はそういうことをする人だ。悪いことだとは、そのときも思っていない。
いまも、悪いこととは書けない。母は正しい形を探して、見つけて、渡した。渡されたものは、たしかに正しい形だった。
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直すあいだ、母は下書きを持たなかった。座卓に置いたまま、上から見て言う。
言い方は、こう書きなさい、ではない。こう書いたほうが伝わるわよ、だ。
伝わる、という言葉が三回出た。三回とも、相手は読む人のことだった。
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直しは、口で言われた。母は僕の紙に書き込まなかった。
書き込まないので、僕が自分で書き直したことになる。
新しい紙をもらって、清書した。九時十分から始めて、四十七分かかった。
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清書の字は、下書きより整っている。
書く内容が決まっていると、字がそろう。迷いが手に出ない。
枡目からはみ出したところは一つも無かった。書き直しも無い。
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清書を見せたとき、母は下書きと並べなかった。
並べれば、どこが変わったかが分かる。母は並べない。清書だけを見た。
「うん、これでいい」
十時二分だった。その時刻を覚えているのは、寝る時刻を三十二分すぎていたからだ。
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提出したのは二月二十二日だ。締め切りの二日前になる。朝の会の前、八時二十分に職員室へ持っていった。
職員室は八時二十分でも人が少ない。ストーブが一つついていて、その前に誰もいない。
先生は受け取って、その場で目を通した。それから、いいね、と言った。
いいね、と言われたのは、その一回だけだ。書道では六年半、一度も言われていない。
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千尋も同じころ、学校で作文を書いていた。
二年生の題は「いちばんたのしかったこと」だ。千尋は運動会のことを書いた。玉入れの数まで書いてある。白が三十四で、赤が二十九だ。
母はそれを読んで、声を出して笑う。直さなかった。
直す必要が無かったのだと思う。読む人が困る話ではない。
千尋の作文は、教室の後ろに貼られた。文集には載らない。貼るほうが先に無くなる。
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文集は三月十四日にできた。帰りの会で配られる。三時十分だった。
厚さは一センチくらいある。表紙は水色で、学校の絵が描いてあった。描いたのは同じ学年の子だ。名前が下に小さく入っている。
僕のは名前の順で、そのページの上から二番目にある。
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航のを読んだ。
「ぼくの将来の夢は、車を直す人になることです」
そのあとに、理由が書いてある。近所の工場を見たことがあって、そこの人が、走らない車を走るようにしたのを見た、という話だった。
どの車の、どこが壊れていたかまで書いてある。四百字のほとんどが、その話だった。
夢の話は、はじめと終わりの二行だけだ。
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航の文には、感謝が入っていない。
先生のことも、友だちのことも書いていない。読む人が困るかどうかは、頭に無かったはずだ。
僕はそれを二回読んだ。
ほかの子のも読んだ。四十人ぶんある。感謝が入っているのは二十六人だった。数えたのは、家に帰ってからだ。
医者と書いた子がいる。パティシエもサッカー選手もいる。まだ決まっていませんと書いた子は、一人もいなかった。
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文集は家に持って帰った。
母は自分のぶんとして、もう一冊もらっている。学校が家庭用に配ったものだ。
母は僕のページを開いて読んだ。読んでから、いいじゃない、と言った。
言われたことは合っている。書いてあることは正しい。正しいものを、正しいと言われた。
そのとき、こちらの体はどこも動かなかった。耳も熱くならない。手も冷たくならない。
何も起きないというのは、そのころには珍しくなっていた。珍しくないことのほうが、あとから見ると珍しい。
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下書きは捨てなかった。
捨てる場面が来ない。机の引き出しに入れて、そのままになった。答案の束の上だ。いちばん下ではない。
母は一度も、下書きを見せろとは言わなかった。清書を見て、それで終わっている。
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その一行を、僕はいまでも書ける。
消したのは十二年前で、二重線の下の字は、いまも読める濃さで残っている。
書けるのに、ここにも書かない。
書かない理由は、うまく言えない。書けば話が片づくのは分かっている。片づくものにしたくない、というのとも少し違う。
言えないまま、ここは空けておく。




