第025話 そうか
書道教室は、毎週水曜の四時半から六時までだった。
桑野先生の家の和室で、生徒は五人しかいない。増えたことも減ったこともある。ずっと五人ということではない。ただ、六人になった年は無かった。
僕は年長の秋から通っている。六年半になる。
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和室は八畳ある。
床の間に掛け軸が一つ。中身は変わらない。六年半、同じものが掛かっていた。字は読めない。読み方を訊いたことも無い。
畳は、机を置くところだけへこんでいる。五人ぶんのへこみが、決まった位置にある。へこみは、はじめから五つあった。僕が来る前から、そこに五人いたということだ。
窓の外に木が一本ある。名前は知らない。冬に葉が全部落ちる木だ。
掛け軸の字は、最後まで読めなかった。一字目が「山」に見える日と、見えない日がある。
読める人は五人のうちにいたのかもしれない。訊いた者はいない。
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その年の五人は、僕と、三年生の姉妹と、四年生が一人と、中学生が一人だった。
中学生は女の子で、部活のあとに来る。制服のままで、上だけ脱いで書く。来る時刻がばらばらで、遅れても先生は何も言わない。
姉のほうが先に来て、妹の机も出しておく。
五人とも、名前は知っている。それ以外は知らない。六年半いて、誰の家がどこにあるかも知らないままだった。
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墨を磨る日と、先生が磨ったのを分ける日がある。
磨る日は、水を硯に入れて、墨を立てて、前後に動かす。円を描くとむらになると、最初に教わった。
磨る音は、机の板を通って手に来る。音というより、手のほうで先に分かる。
濃さは、筆をつけて紙の端で試す。にじみ方で決める。時間では決めない。何分磨れば濃くなる、という話を、先生は一度もしなかった。
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書くときは、息が止まる。
止めろとは教わっていない。止まる。一画目の途中から止まっていて、最後の払いで戻る。
二文字で、息が一回だ。
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六年半のあいだに、先生は僕に「これ」としか言わなかった。
褒めることをしない。直しもしない。理由は最後まで言わなかった。
筆の持ち方を直すことはある。直すときは、手首のところを下から支える。言葉は使わない。支える手が、乾いていて、少し冷たい。
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最初に「これ」と言われた日を、僕は覚えている。
年長の秋だ。書いたのは「山」で、選ばれたのは五枚目だった。
家に持って帰って、母に見せた。母は、上手ね、と言った。
上手だから選ばれたのだと、そのときは思った。思ったまま、六年半が過ぎた。
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選ばれる一枚には、法則が無い。
上手い一枚ではない。それは早いうちに分かった。
いちばん時間をかけた一枚でもない。最後の一枚でもない。たいてい途中のどれかだ。
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僕は法則を探した。
三年生のときに、選ばれた紙が何枚目だったかを記録しはじめた。半年でやめた。数字がばらけて、何にもならなかったからだ。
やめてからも、書きながら考えていた。この一枚が選ばれるかどうかを、書いている途中に考える。
考えていると、選ばれない。
考えないで書いた日に、選ばれる。それに気づいたのは五年生のときだ。気づいてから、考えないようにした。
考えないようにすると、それは考えていることになる。
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六年半で、書いた字は覚えている。
年長が「山」と「川」と「日」。一年生から二字になった。三年生で三字が入る年があって、四年生の秋に「不言実行」を書いた。
いちばん長く書いたのは「思無邪」だ。三字だが、三字のほうが二字より難しい。真ん中が余る。
どの字も、意味を先生から聞いていない。書く前に意味を言う人ではなかった。
意味は家で辞書を引いた。引いてから書くと、かえって書けなくなる日がある。
意味を知らないほうが手が動く、というのは、そのころの僕には受け入れにくい話だった。分かってからやるのが正しいと思っていた。
書道だけが、そうならない。そうならない場所が一つだけあったことを、いまは分かる。
和室のにおいは、墨と、たたみと、古い紙のにおいだ。夏でも冷たい部屋で、足の裏がすぐ冷える。
冷えるので、正座を崩す子がいる。先生は崩しても何も言わない。姿勢のことを言われた記憶が無い。
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やめると言ったのは、三月十日の水曜だった。
母には前の週に話してある。中学に入ると部活があるので続けられません、という言い方をした。母は、そう、と言った。反対しなかった。
部活を何にするかは、そのとき決めていない。決めていないのに、部活があるからと言った。
結局、中学で入ったのは陸上部だ。それは四月に決まる。三月の時点では、まだ何も決めていない。
決めていないことを理由にして、決まっているものをやめた。順番が逆になっている。
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言い方は、道で決めた。
中学に入ると部活があるので、続けられません。ありがとうございました。
その二文を、自転車を押しながら三回、口の中で言った。三回とも同じ言い方になった。
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四時二十五分に着いて、いつもどおり座った。
その日は磨る日だった。五時十分まで磨っていた。水は多めに入れた。濃くしたかったのではない。手を長く動かしていたかっただけだと思う。
紙は一人二十枚まで。それより多く書いた人を見たことがない。
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その日の課題は「不動」だった。
六年生の最後は、毎年この二文字になるらしい。上級生が書いているのを、下の学年のときに見ている。
僕は十四枚書いた。二十枚まで書ける日に十四枚でやめたのは、初めてだ。
十五枚目の紙は、机の上に置いたままにした。白いまま、そこにあった。
置いたままにしたのは、まだ書けたからだ。書けるのに書かなかったのは、六年半で一度しかない。
その一枚を、片づけのときに自分で戻した。使わなかった紙は、束の下に返す決まりになっている。
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終わりの十分前に、先生は全員の紙を見る。
一人ぶんずつ、床に並べて、上から見る。しゃがまない。立ったまま、少しだけ首を前に出す。
並べるのは生徒がやる。書いた順に、左から右へ並べる決まりだ。順番を変えてはいけないとは言われていない。それでも、誰も変えない。
それから一枚を取って、「これ」と言う。
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その日も、先生は一枚取った。
十四枚のうちの、七枚目だった。
「これ」
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僕はそのあとに言った。
「今月でやめます。中学に入ると部活があるので」
道で三回言った言い方と、少し違った。ありがとうございました、が抜けた。
抜けたことに気づいたのは、言い終わってからだ。足すこともできた。足さなかった。
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先生は、そうか、と言った。
それだけだ。理由も訊かない。惜しいとも言わない。
うなずきもしなかったと思う。顔は覚えている。動いていなかった。
ほかの四人はそれぞれの机にいて、こちらを見ていない。見なかったのか、見えなかったのかは分からない。
中学生の子だけが、そのあとで一度こちらを見た。目が合って、すぐ紙に戻った。
その子とは、六年半で三回しか口をきいていない。どれも道具の貸し借りの話だった。
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やめた子を、僕は前に一度見ている。
四年生のときだ。中学に上がる子が、同じように最後の日に言った。理由は覚えていない。
先生は、そうか、と言った。同じ言い方だった。
その子にも、玄関で紙を渡していたのかどうかは分からない。僕は先に帰っている。
特別なことをされたのだと思いたい気持ちが、いまもある。確かめる方法は無い。
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残りの時間は、いつもと同じだった。
時計が六時ちょうどを指す。先生が、はい、と言う。そこで終わる。六年半、その終わり方が変わったことはない。
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片づけをして、帰る用意をした。
筆を洗う。洗い場は台所の隣で、水が冷たい。三月の水はまだ冷たい。
台所は、いつも片づいている。皿が出ていたことがない。人がもう一人いる気配も無い。
先生に家族がいるのかどうかを、僕は六年半のあいだ知らないままだった。訊く場面が一度も来なかった。
墨は落ちきらない。落ちきらないのは、根元のところだ。指の腹に残ったのが、次の日まで薄く見える。
硯を拭いて、袋に入れた。袋の紐は、内側で一度結んである。ほどけないようにしたのは母だ。
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玄関で靴を履いていると、先生が来た。
さっき取った一枚を持っている。
いつもは、選ばれた紙は生徒が自分で持って帰る。渡されたのは、そのときが初めてだった。
「持っていきなさい」
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僕はそれを受け取った。
両手で受け取って、そのまま持って帰る。丸めなかった。折らなかった。
自転車の前かごに、平らに入れて、上に鞄を置いた。押して帰った。乗ると風で飛ぶ。
六時十分に出て、家に着いたのが六時三十五分だ。ふだんは十二分で帰る道になる。
三月の六時はもう暗い。街灯がところどころ切れていて、暗いところが二か所ある。
暗いところで、前かごの中を一度見た。紙は動いていない。鞄が重しになっている。
途中に踏切がある。開いていた。開いていたのに、そこで一度止まった。止まる理由は無い。
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何が書いてあるかは、ここには書かない。
書いてあるものは分かっている。分かっているが、書かない。
踏切の向こうに、遮断機の下りるときに鳴る箱がある。鳴っていないと、そこに箱があることに気づかない。
止まっているあいだ、その箱を見ていた。何も鳴らない。しばらくして、また押しはじめた。
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母は玄関で、遅かったのね、と言った。
押して帰ったから、と答えた。母はそれ以上訊かなかった。
紙のことは、何も言われていない。見せていないからだ。
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紙は、まず机の上に置いた。置いてから、どこへ入れるかを考えた。
壁に貼るという考えは出てこない。この家では、そういうことをしない。
その紙は、答案の束の下に入れた。
上ではない。下だ。
いちばん下に入れたのは、その一枚だけになる。
入れてから、引き出しを閉めた。閉めるときに、いつもより力が要った。
その夜、指の腹の墨を石けんで洗った。落ちない。爪の際に入ったぶんは、二日残った。
落ちるまでのあいだ、鉛筆を持つと、そこが見える。見えるたびに、水曜のことを思い出さなかった。思い出さないことのほうが、あとで残っている。
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母は一度も、書道をやめろとは言わなかった。
六年半、月謝を切らしたことがない。月謝袋は毎月、前の日の夜に用意してある。
袋の表には、月と、名前と、金額を書く欄がある。母はそこを毎月、同じ濃さの字で埋めた。
中に入れる札の向きも決まっている。表を上にして、肖像が袋の口のほうを向くようにする。
最後の月の袋も、同じように用意してあった。
やめると言ったのは、こちらからだ。母は止めていない。
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六年半で、先生に選ばれた紙は三百枚以上ある。
全部は残っていない。半分くらいは無くなった。捨てた記憶が無いのに、そうなった。
最後の一枚だけが、いまも同じ箱に入っている。
折り目が四つついている。四つついたのは、あとになってからだ。




