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自慢の息子  作者: 智珠
第一部 よくできました

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第024話 母が泣いた日

 運動会は九月二十六日だった。


 中学の話より前になる。前になるのに、あとに書いている。


 この年のことを、僕は順番に並べられない。並べようとすると、九月のところだけが手前に出てくる。


            *


 朝は五時四十分に起きた。


 弁当があるので、母は四時半に起きている。台所の音で分かった。包丁の音と、油の音と、水の音の順番だ。順番はいつも同じで、その日は油の音が二回あった。


 空は晴れていた。前の日の予報では、昼から曇るとなっていた。曇らなかった。


            *


 前の日の夜に、母は仕込みをした。


 から揚げは前の日に揚げて、冷ましてから入れる。ひじきは前の日に煮る。卵焼きだけは当日の朝に焼く。焼きたてを冷ますと巻きがゆるむからだと言っていた。


 三段の重箱は、ふだんは使わない。押入れの上のほうにしまってある。出すのは運動会と正月だけだ。


 ふたの内側に紙が貼ってあって、買った年が書いてある。母の字ではない。祖母の字だと思う。


            *


 場所取りは父がやった。


 父が運動会に来たのは、そのときが二度目だ。一度目は一年生のときで、写真が残っている。写真の中の父は、いまより髪が多い。


 六時に行って、テントの右手の、本部から三つ目の区画を取った。母と千尋は八時に来た。


 シートは青いやつで、四隅にペットボトルを置いて留めた。中身は入れたままにする。空だと風で飛ぶ。


            *


 リレーの選手は九月の第一週に決まった。


 体育の時間に、学年全員でタイムを計る。上から四人が選手で、そのあとの二人が補欠になる。


 僕は二番目だった。六年生でいちばん速い子が、五年生のときも僕より速かったあの子だ。まだ追いついていない。


 走る順番は先生が決めた。いちばん速い子が三走で、僕がアンカーになる。理由は言われなかった。


            *


 開会式は八時四十分に始まった。


 入場行進のとき、六年生は先頭ではなく最後だ。低学年から順に入って、六年生が締める。


 行進の速さは、太鼓に合わせる。合わせようとすると、かえって合わない。前の子の足を見ると合う。


 校長の話は四分だった。長いと言う人がいるが、そんなに長くない。前の年も測っている。


            *


 午前の種目は、徒競走と、組体操と、応援合戦だ。


 徒競走は九時二十分からだった。百メートルを六人で走って、一位になった。


 スタートのとき、隣の子の手が線から出ていた。係の六年生がそれを直させた。直させているあいだ、僕は空を見ていた。


 組体操では、僕は下の段だった。背が高くない。土台のほうが向いている。


 肩に乗る子の膝が、右の肩甲骨のところに当たる。当たったところが、あとで赤くなった。押すと痛い。痛いのは三日続いた。


 応援合戦は赤白で交互にやる。赤が先だった。


 声を合わせるところと、合わせないところがある。合わせないところのほうが大きく聞こえた。


 校庭の白線は、前の日に六年生が引いた。石灰の粉が、朝のうちはまだ盛り上がっている。踏むと崩れて、午後には線が細くなる。


 午後の白線は、朝の白線と別のものに見えた。同じ線なのに、そう見える。


            *


 昼は十一時五十分からだ。父も一緒に食べた。


 弁当は三段だ。上がおにぎりで、真ん中がおかず、下が果物。おかずは六種類あった。卵焼き、から揚げ、ウインナー、ブロッコリー、ひじき、それとかぼちゃの煮物だ。


 かぼちゃは皮を市松に剥いてある。父の実家で出てくるのと同じ剥き方だ。


 千尋はから揚げを三つ食べた。母は数えていない。母のぶんは、たぶん残りだった。


 父は缶ビールを一本だけ飲んだ。飲んでから、午後の途中で帰った。仕事だと言った。


 帰るときに、僕の頭に一度手を置いた。置いて、すぐ離した。


            *


 午後の最後がリレーだった。二時十分の予定で、五分遅れて始まった。


 招集がかかるまで、テントの前で待つ。待っているあいだ、ゼッケンの紐を二回結び直した。ゆるんでいたわけではない。


 母がその場にいたかどうかを、僕は書ける。いたと書ける。書けるが、見たかどうかは別だ。


 僕はそのとき、前の走者のほうを見ていた。


 各学年から選ばれた子が走る。六年生の四人が最後で、僕はアンカーだ。


 バトンは、前の走者が右手で持って、こちらが左手で受ける。練習では十回やって、十回とも落とさなかった。


 受けたとき、二位だった。前に一人いる。差は五メートルくらいだ。


            *


 抜いたのは、最後のカーブを出たところだった。


 抜いてからゴールまでは、前に誰もいない。前に人がいない状態で走るのは、練習のときと同じだ。


 音は自分の足の音だけになる。放送も、応援も、そこでは聞こえない。


 テープは胸のところで切れた。切れた感じは、思ったより弱い。紙のテープなので、そういうものらしい。


            *


 そのタイムを、僕は覚えていない。


 何秒差だったのかも覚えていない。順位は覚えている。一位だ。


 僕は数字を覚える人間だ。その日の数字だけが、出てこない。


            *


 二時二十分すぎに、テントに戻った。母が泣いていた。


 目のふちが赤い。鼻の頭も赤かった。


 ハンカチを出して、目のところを二回押さえた。押さえてから、たたみ直して、また鞄に入れた。たたみ方が、いつもの母のたたみ方だった。


 それから笑った。


 「よくがんばったね」


            *


 母が泣くのを見たのは、そのときが初めてだった。


 泣いてるの? とは訊かなかった。


            *


 その日の写真は三十二枚ある。


 入場と、徒競走と、組体操と、玉入れと、閉会式と、弁当のところ。全部そこに入っている。


 リレーの写真は一枚も無い。


 母はカメラを構えていなかったことになる。構えていれば、何枚か撮れたはずだ。


 撮らなかった理由を、僕は母に訊いていない。訊く場面が無かった。写真を見たのは、現像から戻ってきた次の週だ。


 その週にはもう、運動会の話は家から消えていた。


            *


 千尋が母の袖を引いた。


 「おかあさん、ないてる」


 母は、風で目に入ったのよ、と言った。


 その日は風があった。砂も飛んでいた。だから、そうかもしれない。


 風は午後になってから出た。午前は無かった。テントの布が鳴りはじめたのは、昼を食べたあとだ。


 砂が目に入ることは、たしかにある。その日、僕も一度こすった。


            *


 母は一度も、勝てとは言わなかった。


 運動会の前の日も、いつもと同じだった。表のとおりに紙をやって、いつもの時刻に寝た。


 当日の朝も、がんばってね、とは言っていない。行ってらっしゃい、と言っただけだ。


            *


 航はリレーに出ていない。


 六年生の応援団にいた。太鼓をたたく役だ。声が大きいので、そこに入れられたらしい。


 太鼓は昼から午後の終わりまで鳴っている。強く鳴らすときと、弱く鳴らすときで、革の音が違う。弱いほうが、あとに残る。


 航の親は来ていなかった。テントの中も、外の立ち見のところも見た。いない。


 太鼓の音は、僕が走っているあいだも鳴っていた。走っているあいだは聞こえないのに、鳴っていたことは知っている。


            *


 千尋は二年生の玉入れに出た。


 入れた数は、白が三十四で、赤が二十九だった。千尋は白組だ。


 数えるとき、全員で声を出す。一、二、三、と数えて、途中で誰かがずれる。ずれても、最後の数は係の人が言う。


 千尋が何個入れたかは分からない。あれは数えられない。


            *


 閉会式は三時十分に終わった。


 優勝は白組だった。千尋の組だ。千尋は賞状を持った子の後ろで、跳んでいた。


 跳ぶ理由は無い。自分が賞状を持っているわけではない。それでも跳ぶ。


 僕は赤組で、負けた。負けたことについては、家で何も言われていない。


            *


 帰り道で、母は運動会の話をした。


 徒競走のことと、組体操のことと、リレーのことだ。三つとも順番に話した。話しながら、二回笑った。


 夕飯は五時半に食べた。いつもより早い。母が朝から起きているので、早く終わらせたのだと思う。


 その夜、台所でペンの音がした。長かった。


 僕は肩甲骨のところを、風呂で自分で押した。押すと痛い。鏡に映して見ると、赤い部分が丸ではなく、細長い形をしていた。


 膝の形だ。乗っていた子の膝が、そこに三分いたことになる。組体操のあの形は、三分だった。


            *


 その日のことで覚えているのは、母が泣いたことだけだ。


 順位も、種目も、弁当のおかずの数も言える。それは覚えているというより、書けるというだけだ。


 目のふちが赤かったこと。ハンカチを二回。そのあとの笑い方。


 それだけが、いまも同じ強さで残っている。


 強さが変わらないというのは、たぶん、いいことではない。ほかの記憶は薄くなる。薄くならないものだけが、手をつけられていないということになる。


 手をつけていないのか、手を入れたのか。そこは自分では分からない。

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