第019話 内申に響くから
九月十日の体育で、五十メートルを計った。
二人ずつ走る。僕は八番目だった。スタートの線は白いテープで、剥がれかけているところを足で押さえてから構えた。
走り終わって列に戻ると、先生がストップウォッチをもう一度見た。それから押し直して、僕をもう一本走らせた。
二本目は一人で走った。誰も横にいない。
横に誰もいないと、自分の足の音だけが聞こえる。ゴールのところで先生が座っていて、その手だけが動いた。
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そのとき何秒だったかを、僕は覚えていない。
先生が二回、時計を見直したことは覚えている。二回目のときに、口が少し開いた。
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放課後に呼ばれた。四時ちょうどだった。
市の記録会に出す選手を決めるらしい。五年生からは二人だ。練習は火曜と木曜の放課後で、四時半まで。
やってみないか、と言われた。
家に訊いてみます、と答えた。
先生は、そうか、と言った。それから、走るのが好きかと訊いた。
好きかどうかを訊かれたのは、そのときが初めてだった。何かを続けているあいだに、好きかと訊かれたことがない。
考えて、たぶん、と答えた。
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予定表に空きが無い。
火曜は公文で、木曜は塾だ。四時半までなら、公文は三十分うしろにずらせる。塾はずらせない。
その計算を、帰り道で三回やった。三回とも同じ答えになる。
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やりたい、と言うのに三日かかった。
声をかけられたのが九月十日で、母に言ったのが九月十三日だ。
そのあいだ、口の中で何度も並べ直した。順番を変えると、通りやすくなる気がした。
考えた順番は三つある。
一つ目は、時間の話から入るやり方だ。公文を三十分ずらせば入ります、という言い方になる。
二つ目は、記録の話から入るやり方。学年で二番目に速かったので選ばれました、という言い方だ。
三つ目は、ただ、やりたい、と言うやり方。
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三つ目でいく、とは決めなかった。
夕飯のあと、七時二十分に、台所の壁の前に立った。立ったときに、口のほうが先に動いた。
「陸上をやりたい」
時間の話も、記録の話も、そのあとに続かなかった。用意した二つが、両方とも出てこない。
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母は拭いた手をエプロンでもう一度拭いてから、表のほうを見た。
見て、しばらく黙っていた。
「考えさせて」
それだけ言って、皿を片づけた。怒っていない。反対もしていない。
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自分から何かをやりたいと言ったのは、たぶんそれが初めてだ。
言ったあと、耳の後ろが熱かった。断られることを考えていたのではない。言うという動作そのものに、体が慣れていなかった。
その夜、寝るまでのあいだに、天井のほうを二回見た。二回とも、何も無い。
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三日かかった。
三日のあいだ、僕は毎日、表を見た。表は何も変わらない。火曜のところも木曜のところも、先週と同じ字のままだ。
二日目の夜に、母が計算機を使っている音がした。月謝の計算だと思う。記録会に金はかからない。それでも何かを計算していた。
三日目の夜、九時前に母が言った。
「いいわよ」
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その夜、母は表を書き直した。
火曜の公文が三十分うしろにずれて、ピアノが三十分から二十分になった。
削られたのはピアノだ。公文でも塾でもない。
僕はそのことに、そのときは気づかなかった。表の空いたところに「陸上」と書いてあるのを、二回読んだ。
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父にはその週の電話で伝えたらしい。
出張から帰ってこない週で、母が受話器を持ったまま、廊下でしばらく話していた。
あとで母が言った。お父さんも、へえ、って言ってたわよ、と。
父が本当にそう言ったのかどうかは知らない。母が言ったことだけが残っている。
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土曜に靴を買いに行った。
母は一番安いのを選ばなかった。僕に四足履かせて、しゃがんで、つま先のところを親指で押した。
「ここが当たると、あとで痛くなるから」
選んだのは真ん中の値段のやつだ。青と白で、底の溝が深い。
店の人に紐の結び方を訊いて、二回やってもらって、覚えて帰った。家で一度、僕の前でやってみせた。指が途中で止まって、やり直して、二回目で通った。
その結び方を、僕はいまでもできる。
新しい靴は、はじめのうち、かかとが当たった。母が絆創膏を出して、貼る場所を指で押さえて決めた。そのうち当たらなくなる。
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練習が始まった。
体育の先生は、体育館の裏で長靴を履いてラインを引く人だ。ラインカーを押す速さが一定で、曲がるところで一度だけ止めて、向きを変えて、また同じ速さで押す。
その線の上を走らせる。線からはみ出しても何も言われない。
走る前に、みんなで同じ体操をする。号令をかける役が日ごとに変わって、その日は僕だった。前に立って、腕を回す。回しながら、全員の腕がそろっていないのを見ていた。
土のグラウンドを走ると、音が三つに分かれる。踏むときと、蹴るときと、次の足が着くときだ。
速く走ると、その三つが近くなる。近くなって、そのうち一つに聞こえる。
六年生に一人、僕より速い子がいた。背が高くて、腕を振る幅が小さい。走り方を真似してみて、真似できないことが分かった。
追いつけない。追いつけないのに、走っているあいだ、そのことを考えていない。
考えていないという状態が、その年の僕には二回目だった。
はじめのうち、それは落ち着かなかった。紙をやっているときは次の問題がある。ピアノには次の小節がある。走っているときは、次が足の下にしかない。
息は、最初の一周でいちばん上がる。そこを越えると戻ってくる。脇腹が痛くなるのは決まって右側で、痛くなる位置が毎回同じだ。
腿の前側が、次の日にいちばん張る。階段を下りるときに分かる。上るときは平気で、下りるときだけ来る。
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四時半に終わって、水道で顔を洗う。
水が冷たい。九月の終わりでも、まだ温い日がある。日によって温度が違うのが分かる。
シャツを絞ると、水が落ちる。落ちた先の土の色が変わって、しばらくしてまた戻る。
十一月になると、グラウンドの土が朝だけ固い。午後にはゆるむ。同じ場所なのに、踏んだときの音が朝と午後で違う。
塾のある日は、そこから走って帰る。四時四十分に家を出るので、四時半に終わってから十分しかない。
十月のはじめに、航が校庭の隅からこちらを見ていた。鉄棒のところに座って、何も言わずに見ている。
次の日に、廊下ですれ違ったときにこう言われた。
「はやいな」
うん、と答えた。それだけで終わった。航は褒めるときに理由を言わない。
速いね、と言われたことは前にもある。テストの点のことでも、そう言われる。
言い方が違う。どう違うのかは、そのときには出てこなかった。
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千尋が一度、走るのを見にきた。
母と二人で、金網の外に立っていた。手を振ったので、こちらも振り返した。振り返してから、走っている途中だったことに気づいた。
母が金網の外に立っていたのは、その一回だけだ。ほかの日は、練習が終わる時刻に家にいる。
家に帰ってから、千尋が訊いた。
「おにいちゃん、はやいの?」
二番目だ、と答えた。千尋は、そう、と言って、それ以上訊かなかった。一番でないことを、千尋は気にしない。
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十月三十日に、母が塾の面談から帰ってきた。
紙を一枚持って帰っていた。座卓の上に、他の郵便物と一緒に置いてある。
六年生の日程と、志望校の書き方と、そのあとのことが並んでいる。中学に入ってからの話も少し出てくる。
内申、と書いてあるところに、丸がついていた。母の丸だ。ボールペンで、二重に囲ってある。
その下に、実技四教科、とある。線が引いてあった。定規で引いた線だ。
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母はその日、こう言った。
「体育も、ちゃんとやっておいたほうがいいものね」
言い方は明るい。台所から、こちらを見ないで言った。
なんで、とは訊かなかった。
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母は一度も、走るのをやめなさいとは言わなかった。
六年生の夏まで続けさせてくれた。やめると言ったのは僕のほうだ。
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走ることは、そのあとも変わらなかった。
土の音は三つのままで、水道の水は日によって温度が違う。追いつけない子には、その年も追いつかなかった。
変わったものは無い。何も変わっていないということを、そのとき何度か確かめた。
確かめる、という動作が要るということ自体を、僕はまだ数えていなかった。
走るのは、続けたいから続けた。理由の話とは別のところにある、と思っていた。別のところにあるうちは、それでよかった。
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僕はその紙を、置いてあったとおりに戻した。
他の郵便物の下から二番目だ。角の向きまで合わせた。
合わせてから、自分の手がずいぶん慣れていることに気づいた。




