第017話 隆はもっとできたのにねえ
八月十四日に、父の実家へ行った。
車で一時間四十分かかる。九時に出て、十時四十分に着いた。父が運転して、母が助手席に乗る。後ろに僕と千尋だ。
年に二回行く。正月と、盆だけだ。
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母は前の日に手土産を用意していた。
駅前の店の最中で、箱に十二個入っている。のしをかけてもらって、紙袋に入れて、前の日の夜から玄関に置いてあった。
箱の向きまで決まっている。紙袋から出したときに、字が相手のほうを向くように入れる。
僕は塾のテキストを持っていった。車の中では読まない。読むと酔う。膝の上に置いたまま、一時間四十分乗っていた。
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出る前に、父が車の窓を四枚とも開けた。
中にたまった熱が抜けるまで、七分かかる。そのあいだ、誰も乗らない。乗ってからも、しばらく背中がシートに張りついた。
父は運転しているあいだ、ほとんど話さない。
高速に乗る前に一度、この先が混むかもしれない、と言った。それだけだ。
母が二回、道の話をした。父は、ああ、と答えた。二回とも同じ長さの返事だった。
実家に近づくと、父の運転が変わる。速度が落ちる。ハンドルの持ち方が変わって、上のほうを両手で持つようになる。
最後の角を曲がるところで、一度だけ大きく息を吸った。それも運転のうちだと、そのときは思っていた。
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家は古い。廊下が広くて暗い。歩くと途中で二回鳴る。
においがある。線香と、たたみと、古い木のにおいだ。台所のほうから、煮ているもののにおいが混ざる。
仏間の窓は二枚とも開いている。扇風機が一つ、首を振らずに縁側のほうを向いていた。風は入るが、部屋の奥までは来ない。奥の壁ぎわだけ、空気が動かない。
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仏間には柱時計がある。
振り子のあるやつで、一時間ごとに鳴る。十一時に十一回鳴った。鳴り終わるまでに三十秒近くかかる。
うちの時計は音がしない。数字が変わるだけだ。
僕はその日、柱時計が鳴るのを四回聞いた。
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仏壇には位牌が四つ並んでいた。四つのうち一つだけ新しい。祖父のものだ。三年前に亡くなっている。
鈴を鳴らすのは僕の役だ。棒で一度たたく。鳴りやんだあとに、音が残る。
数えたら、十二まで数えられた。母方の家の鈴は七つで終わる。
千尋が横で見ていて、自分もやりたがった。祖母がいいよと言ったので、千尋が二回たたいた。二回目のほうが弱くて、そのぶん長く残った。
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祖母は七十八だ。
手が茶色い。甲のところに、大きい染みが三つある。指の関節が太くなっていて、湯呑みを両手で持つ。
僕たちが着くと、まず麦茶を出す。氷を一つずつ、指でつまんで入れる。入れる数が人によって違う。父のには三つ、僕のには二つだった。
母が最中を渡すと、祖母はその場では開けなかった。箱のまま仏壇に上げて、手を合わせた。開けたのは昼のあとだ。
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家に上がってから、父はすぐ座った。
自分の家にいるときと座り方が違う。背中が壁につかない。テレビの正面ではなく、少し横に座る。
あぐらをかいて、片方の膝の上に手を置いた。その手が、あいだ何度か動いた。膝を軽く二回たたいて、また止まる。
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テレビは高校野球だった。
七回で四対一だ。画面の下に、球数と、その回の投球数が出ている。
父はそれを見ていた。見ながら、コップを持ったまま置かない。
点を取られた側の投手が交代した。マウンドを降りるときに、帽子を取って一度だけ礼をした。ベンチの誰も立たなかった。
父はそこで立って、庭に出た。最後までは見なかった。
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祖母が僕に訊いた。
「秀真くんは、勉強のほうはどうなの」
母が答えた。
「まあ、ぼちぼちです」
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数字は言わなかった。
順位も、テストの点も、塾の名前も出さない。二か月前の廊下では言ったのに、ここでは言わない。
理由を、僕は訊かなかった。
母はそのあと、麦茶の礼を言って、話を千尋のほうへ動かした。千尋が一年生になったことと、給食が好きだという話だ。
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祖母は僕のほうを見て、こう言った。
「秀真くんはよくできるねえ」
それから、庭のほうを見た。父が戻ってきて座ったところだった。
「でも、隆はもっとできたのにねえ」
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父は言い返さなかった。
麦茶を飲んで、コップを置いた。置いた場所が、さっきより二センチくらい右にずれた。
それからテレビのほうを向いた。画面はもう次の回になっていた。
誰も、その言葉に何も言わなかった。母も言わない。祖母は次の話に移った。
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そのとき父がどんな顔をしていたかを、僕は見ていない。
庭のさるすべりの花が、縁側の近くまで落ちていたのは覚えている。ピンクで、乾いて、色が薄くなっていた。踏んでも音がしない。
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仏間の壁に、額が二つ掛かっている。
父の賞状だ。中学と、高校のものらしい。紙が黄色くなっていて、字の色が抜けている。判を押したところだけ、まだ赤い。
額のガラスに埃がのっていた。下のほうだけ、拭いた跡がある。誰かが時々拭いている。全部は拭かない。手の届くところまでだ。
僕が生まれる二十年以上前のものが、まだ掛かっている。
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祖母が父の昔の話をした。
中学のときに何番だったとか、学年で一人だけ何かに受かったとか、そういう話だ。数字がいくつも出てくる。年を言うときに、少しだけ言い直した。
父は話に入らない。うなずきもしない。テレビの音が続いている。
途中で祖母が、ねえ、と父に言った。父は、そうだったかな、と答えた。
お父さんは何番だったの、とは訊かなかった。
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父は、自分の点数の話を家でしたことがない。
一度もだ。中学がどうだったとか、高校でどうだったとか、そういう話が出てこない。
その話は、この家に来たときだけ、他人の口から出る。
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三年前の盆に、祖父はまだ生きていた。
その年に来たときも、僕は仏間で紙をやっていた。祖父は横に座って、庭の木の名前を順番に言った。それだけだ。何年生のやつだとは訊かなかった。
覚えているのは、木の名前を三つと、祖父の声の低さだ。
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千尋は祖母の膝に乗った。
祖母は千尋の髪を触って、大きくなったねえ、と言った。それだけだ。千尋に勉強の話はしない。
千尋は膝の上で、仏壇の鈴のほうを見ていた。もう一回たたきたいらしい。祖母が、あとでね、と言った。
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母は台所を手伝おうとして、二回断られた。
いいからいいから、と言われて、そのたびに座る。三回目に、皿だけ運んだ。運ぶのは断られない。
母は座っているあいだ、ずっと背筋が伸びていた。家では伸びていない。
膝の上で手を重ねて、指の位置が動かない。動かないというのは、そこを見ているということだ。
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昼は太巻きと煮物だった。十二時に卓に出た。
太巻きは祖母が朝から巻いたものだ。切り口が全部そろっていない。端の二切れだけ、具の位置が中心からずれている。
煮物のかぼちゃの煮方が、うちのと同じだった。皮を市松に剥いて、面取りをする。母がいつからそうしているのかは知らない。
父は太巻きを六切れ食べた。うちで食べるときより、噛む時間が長い。
母は、おいしいです、と言った。祖母は、そう、とだけ答えた。
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一時すぎに、父は庭に出て煙草を吸った。
縁側に腰かけて、背中だけがこちらを向いている。灰を落とすのは、右側に置いた空き缶だ。缶の中に水が少し入っていて、落ちると音がする。
うちでは吸わない。母が嫌がるからではないと思う。家では吸わないと決めているらしい。
僕が父の煙草を見たのは、その日が初めてだった。三本吸って、戻ってきた。
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母は一度も、父の実家の悪口を言わなかった。
帰りの車でも、家に着いてからも、一度も言っていない。祖母の話を家でしないので、僕は祖母のことを、その家にいるあいだしか知らない。
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帰り際に、祖母が僕と千尋に千円ずつくれた。
同じ額だ。ぽち袋の柄も同じだった。渡すときの言い方も同じで、二人とも取っときなさいと言われた。
それから母に、畑のもらいものだというなすを持たせた。母は、そんな、と言いながら受け取って、紙袋を両手で持った。
祖母が誰かと誰かを比べるのを、僕はその日に一度しか聞いていない。
比べられたのは、父だけだ。
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三時十分に出た。
帰りは道が混んでいて、二時間かかった。家に着いたのは五時十分だ。千尋は乗って十分で寝た。
高速に乗ってから、母が父に言った。
「お義母さん、お元気そうでしたね」
父は、ああ、と答えた。
母はそれ以上言わなかった。ラジオをつけて、音を小さくした。
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帰りの車で、父が信号待ちのときにこう言った。
「ばあちゃんの言うことは、気にしなくていい」
誰に向かって言ったのかが分からなかった。
後ろの席には僕と千尋がいて、千尋は寝ていた。




