第014話 千尋の部屋
十一月十八日に、冷蔵庫に絵が貼られた。
千尋が幼稚園で描いたものだ。四つ切りの画用紙で、扉の半分を占める。上の二箇所をマグネットで留めてある。マグネットは白い丸で、四つあるうちの二つを使った。
貼る場所は正面だ。予定表の隣ではない。予定表は壁で、絵は冷蔵庫の扉になっている。
母は少し下がって、位置を見た。それから一度はがして、二センチくらい右にずらして貼り直した。扉の取っ手にかからない位置だ。開け閉めのたびに端がめくれるのを、母は嫌う。
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母は千尋にこう言った。
「上手ねえ。ここのところ、どうやったの」
千尋が説明した。長い説明だった。
クレヨンを寝かせて塗ったところと、指でこすったところがあるらしい。途中から話が別のところへ行った。同じ組の子が水色のを折ったという話になって、折れた片方が机の下に落ちて、まだそこにあるという話になった。
母は最後まで聞いた。相槌の位置が正しい。千尋が息を吸うところで、うん、と言う。
絵の話には戻らなかった。母は戻さなかった。
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僕の答案は、引き出しに入る。
百点を取ると、母はそれを見て、日付を確認して、机の右の引き出しに入れる。上から順にたまっていく。三年ぶんで、厚さが五センチある。
貼るという発想が、この家には無い。
僕のも貼ってほしい、とは言わなかった。
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絵は十一日貼ってあった。
十一月十八日に貼られて、十一月二十九日にはがされた。次の絵に替わったからだ。はがしたものは母が丸めて、輪ゴムで留めて、押入れの上の段に入れた。
何の絵だったのかを、僕は覚えていない。人が描いてあったのは確かだ。色が多かった。空が水色ではなかった気がする。
貼ってあった日数だけを覚えている。
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僕の一日には、時刻がついている。
六時四十分に起きる。七時十二分に家を出る。四時二十分に帰る。四時半から公文の紙。五時十五分からピアノ。六時半に夕飯。八時から漢字。九時半に寝る。
千尋の一日には、時刻がついていない。
起きたら起きたときで、帰ったら帰ったときだ。夕飯は同じ時刻に食べる。それ以外に、千尋の時刻は無い。
同じ家の中で、二人は違う速さで動いていた。
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千尋の足音は軽い。
母の足音は速いか、そうでないかのどちらかだ。千尋の足音は、速さが途中で変わる。廊下を走って、畳のところで一度止まって、また走る。
止まる場所が決まっていない。
決まっていないというのが、僕には分からなかった。止まるなら、止まる理由があるはずだ。理由が無いのに止まる人間を、僕はそれまで見たことがない。
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千尋は僕の部屋に入ってくる。
ノックはしない。入ってきて、机の横に立って、何をしているのかを見る。見て、飽きて、出ていく。長いときで二分、短いときは十秒だ。時間を測ったことがある。三日ぶん測って、平均を出して、それをやめた。出したところで使い道が無い。
鉛筆の動きを目で追っている。息が肩に当たるくらい近いことがある。
母はそれを止めない。
「お兄ちゃんは勉強中よ」とは言う。言うだけで、追い出しはしない。千尋が自分で出ていくまで待つ。
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千尋の机には、何も貼っていない。
机はある。母が買った。学習机で、上に棚がついていて、蛍光灯もついている。僕のと同じ型で、色だけが違う。
千尋はそこで絵を描く。宿題を出されていない。時間割も持っていない。貼るものが一枚も無い。
棚には折り紙と、シールの帳面と、幼稚園でもらった鈴が置いてある。千尋は用が無いときにそれを振る。
鳴りやんだあとに、音が少し残る。残る長さは振り方で変わる。強く振ると短くて、弱く振ると長い。
僕はそれを数えたことがある。長いときで四秒あった。千尋は数えない。振って、置いて、別のことをする。
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千尋が僕の答案を見たことがある。
机の上に出しっぱなしになっていたやつだ。両手で持って、逆さのまま見ていた。
「これなに」
テストだ、と答えた。
「なにするの」
答えられなかった。何をするものかを、僕は考えたことがない。やって、丸をつけてもらって、引き出しに入る。それで終わりだ。
千尋は答えを待たずに机へ置いて、出ていった。置き方が雑で、右下の角が少し折れた。
折れたところを、僕は爪で伸ばした。伸ばすと折り目が白く残る。
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僕は一度だけ、母に訊いた。
「千尋は公文やらないの」
夕飯のあとで、母は洗い物をしていた。手を止めずに答えた。
「あの子はあの子だから」
水の音がして、皿を立てる音がした。それから、母はこう続けた。
「千尋には千尋のいいところがあるでしょう」
母は水を止めて、手を拭いて、こちらを向いた。
「秀真は、そういうことを気にしてくれるのね」
褒められたのだと分かった。分かったので、それ以上は訊かなかった。
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僕はうなずいた。
うなずいてから、自分の部屋に戻った。
そのとき僕が思ったのは、千尋がかわいそうだということだ。何もやらせてもらえない。このままだと将来こまる。
本当にそう思った。思っただけで、誰にも言っていない。
母の言い方には、隠すところが一つも無かった。母は千尋のことを、そのまま言っている。
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十二月に千尋が熱を出した。
三日間だ。母は枕元にいた。氷まくらを替えて、額に手を当てて、二時間おきに熱を測る。三十八度二分から下がらない日があった。
台所と部屋を行き来する足音が、その三日だけ、速さの区別が無くなった。速いのでも、そうでないのでもない。ただ動いている。
僕が熱を出したときも同じだった。同じようにしてもらったのを覚えている。梨をすったのを匙で食べさせてもらった。母の手は冷たくて、額に置かれると、そこだけ温度が下がる。
僕が熱を出した日は、公文の紙が翌日に繰り越される。二日休めば二十枚だ。
千尋の熱の日には、繰り越されるものが無い。
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正月に父が帰ってきて、千尋を膝に乗せた。
乗せたまま、みかんの皮をむいて渡していた。千尋は父の腕にもたれて、テレビのほうを向いている。父の膝は、そのあいだ動かない。
アルバムに、父の膝の上にいるのは千尋だけだ。三枚ある。
僕が写っている写真は、賞状を持っているものが多い。数えたことがある。十四枚だ。どれも同じ立ち方をしている。両手で紙の下の角を持って、胸の高さで前に出す。
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千尋の絵は捨てない。丸めて、輪ゴムで留めて、押入れの上の段の箱に入る。箱は二つある。ふたに年が書いてあった。
僕の答案も捨てない。引き出しがいっぱいになると、母が段ボールに移す。移すときに順番は崩さない。
両方とも取ってある。片方は一度壁に出てから箱に入り、もう片方は、はじめから引き出しに入る。
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二月に幼稚園の生活発表会があった。
千尋は木の役だった。台詞は無い。三人で並んで両手を上げて立っている。曲が終わるまで動かない役だ。
母はビデオを撮った。十一分撮ってあって、そのあいだずっと千尋を追っている。木の役は三人いるのに、画面の真ん中は動かない。
帰りに母が言った。
「ちゃんと立ってたね」
千尋は、木だったから、と答えた。
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母は一度も、千尋と僕を比べなかった。
どちらが上だとも下だとも言わなかった。お兄ちゃんを見習いなさい、という台詞をこの家で聞いたことがない。千尋のように育てばよかった、とも言われていない。
比べられたことが一度も無い。
比べられていたら、たぶん、もっと早く気づいた。
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二月に、千尋が絵をくれた。
「おにいちゃんの」
人が二人描いてある。片方が大きい。大きいほうの手が、指まで描き分けてあった。五本ある。
僕はそれを見て、裏を返して、日付が書いていないことを確かめた。それから机の右の引き出しを開けて、答案の束の上に置いた。
壁には貼らなかった。
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三月の日曜に、千尋が折り紙を持ってきた。
鶴の折り方を知りたいらしい。僕は本を見ないで折れる。一年生のときに覚えて、それきり手が忘れていない。
目の前で一度折って、広げて、折り目だけの紙を渡した。折り目のとおりに折れば同じものになる。
千尋は途中で違うところを折った。首が背中から出た鶴ができた。
それを笑って、そのまま机の上に置いた。次の日も置いてある。
正しく折れたほうは、どこかへ行った。間違えたほうが残った。
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千尋の机の前の壁には、何も貼っていない。
僕の机の前の壁には、六枚貼ってある。予定表の写し。公文の進度表。時間割。ピアノの練習表。目標。漢字の一覧。全部、母が書いたか、母が貼ったかのどちらかだ。
六枚と、零枚。
どちらが多くもらっているかは、そのときの僕には明らかだった。




