第096話 一日に三通
母からの連絡は、五月から一日に三通になった。
四月は一日に一通だった。五月の連休のあとで、二通に増える。
六月から三通で、そこから四年ほとんど変わらない。
内訳は朝と昼と夜になる。それぞれ一通ずつだ。
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来る時刻は、だいたい決まっている。
朝が七時前後になる。昼は十二時半あたりだ。夜は二十二時を過ぎる。
夜のぶんだけが日によって前後した。早い日は二十一時に来る。
早い日が何を指すのかは分からない。分かるようになる気配も無かった。
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朝の一通は、たいてい天気のことだった。
こっちは雨、と書いてある。うちの町の天気で、こちらの町のではない。
二つの町は、電車で一時間十分離れている。天気は、たいてい違う。
違うことを、母は書かない。こちらも言っていない。
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昼の一通は、物のことになる。
洗剤はあるか、米は足りているか、風邪薬の期限は切れていないか。
九月からは、換気扇のフィルターと、排水口のことも入った。
どれも、こちらが訊かれるまで考えたことのないものだった。
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夜の一通は、確認だった。
帰ったか、鍵を掛けたか、明日は何時に出るか。
三つとも、答えられる。答えられるものだけが訊かれている。
九年前から、その形が一つも変わっていない。
ちゃんと返しているつもりだった。しっかり読んでから返している。
三通来るのが当たり前になっていて、来ない日のほうが落ち着かない。
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こちらの返事は、たいてい二文字だった。
うん、が多い。はい、と、ある、と、大丈夫、も使う。
いちばん長い返事は、四月の三日目に送った十四文字になる。
十四文字の中身は、ゴミの日の紙の場所を訊いたものだった。
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文字数を、こちらは数えている。
五月から十二月までで、母が送った文字は合わせて三万一千四百ほどになる。
こちらが返した文字は、二千二百八十だった。
比でいうと、十三・八対一になる。
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十三・八対一という数を、こちらは十二月に出した。
出したあと、返事を長くしようとしたことがある。
二日やって、やめた。長くすると、母の次の一通が短くなるからになる。
短くなる理由は分からない。分からないまま、元に戻した。
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せっかく来たものに、二文字しか返していない。
二文字でも、母は同じ数だけ送ってくる。減らしも増やしもしない。
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母は、返事が無くても次の日に送る。
催促は、四年で一度も来ていない。
どうしたの、とも、見た?、とも書かれたことが無い。
書かれないので、返さないでいることが、こちらの側では起きていないことになる。
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返さなかった日は、その年で二十六日ある。
五月が二日、六月が一日、七月が四日になる。
八月が九日で、いちばん多い。九月が三日、十月が二日、十一月が一日、十二月が四日だ。
八月が多いのは、実家に帰っていたからになる。同じ家にいると、連絡が来ない。
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来ない日が、その年に一日だけあった。
八月十四日で、実家にいた日になる。同じ家にいたので、送る用が無い。
その日を、こちらは数え方では零に入れている。
零に入れたのが正しいのかどうかは、いまも決めていない。
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同じ家にいるあいだ、母は何も送ってこない。
送る用が無いからだと思う。目の前にいれば、口で言えば済む。
済むのに、口で言われることも少なかった。
八月に家で交わした言葉を数えると、十日で四十一往復になる。
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四十一往復のうち、こちらから始めたのは三回だ。
三回とも、持ち物の確認になる。用の無い話を、こちらは一度もしていない。
連絡だと三通あるものが、同じ家だと一日四往復まで減る。
離れているほうが、言葉の数は多い。
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その差を、こちらは八月のうちに計算した。
計算して、どこにも書かなかった。書く先が無いからになる。
九年、そういう数だけがきちんと出る。
出るものと、置く場所が、いつまでも合わない。
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実家までは、電車で一時間十分かかる。
乗り換えが一回ある。運賃は片道で千二百六十円だ。
その年に帰ったのは、五月の連休と、八月と、十二月になる。
合わせて三回で、日数は二十八日だ。
三回とも、母が日程を訊く前に、こちらから言っている。
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洗剤は、言われる前に切らしたことがない。
きちんと数えて、残りが三割になったところで買う。
九年やってきたやり方が、ここでも同じに働いた。
働いているあいだ、こちらは何も決めていない。決める場面が来ないからになる。
来ないのを、情けないとも思っていなかった。
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連絡は消していない。
残っているものを数えると、その年だけで千件を超える。
開き直したことは一度も無い。開く用が無いからになる。
用の無いものを、この人は消さない。母のやり方と同じだ。
同じであることに、そのころは気づいていなかった。
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母の文面は、四年でほとんど変わらない。
句読点の打ち方も同じで、絵文字は一つも入っていない。
最後に、じゃあね、が付く日と付かない日がある。
付く日を数えたら、七割ほどだった。付かない日に何があるのかは、分からない。
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返す文面も毎回同じ形になる。
考えて書いているわけではない。手が先に出る。
出たものを、こちらはあとで読み返さなかった。
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母の文面には、こちらの状態を訊く行が一つも入っていなかった。
元気か、とも書かれない。どうしてる、も来ていなかった。
訊かれないので、答える必要そのものが立ち上がらない。
出てこないほうが、こちらには楽だった。楽だ、と書けるのはそこだけになる。
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一度だけ、確認ではない一通が来た。
六月十一日の昼になる。文面は、そっちの紫陽花、咲いた?、だった。
紫陽花のことを、母がそれまで書いたことは無い。
うちの庭には無い。実家の近所にも、こちらは見た覚えが無かった。
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返事に、四分かかった。
いつもは十秒で返す。十秒で返せないものが来たのは、その一通だけになる。
まだ、と返した。二文字だ。
実際には、見ていない。咲いているかどうかを確かめていない。
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嘘ではない。まだ、というのは、見ていない状態でも成り立つ。
成り立つことを、そのとき考えて選んだ。
選んだのは、こちらになる。選んだと分かっているのは、その一通だけだ。
ほかの返事は、選ばずに出ている。
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なんで紫陽花なんですか、と訊こうとした。
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返したあと、部屋を出て、道の左右を見た。
三軒先の塀の内側に、紫陽花があった。青いほうで、もう咲いている。
咲いていたことを、母には言っていない。
言わなかった理由は、いまも書けない。
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紫陽花の一通のあと、母はその話をしなかった。
次の日の昼は、洗剤のことに戻っている。
戻り方が速い。速いので、あの一通が何だったのかが分からなくなる。
分からないものを、こちらは数の中に入れていない。
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連絡が来る相手は、その年で三人しかいない。
母と、千尋と、学科の連絡係になる。
千尋からは月に一度か二度だ。中身はたいてい短い。
普通は、大学に入ると相手が増えるものらしい。
増えなかったのを、恥ずかしいとは思っていない。思う形をやはり持っていない。
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電話は、四年でほとんど鳴らなかった。
母からかかってきたのは、その年で二回になる。
一回目が四月の引っ越しの週で、二回目が十二月の帰省の日程だ。
どちらも、三分かからずに終わっている。
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鳴るときの音は、机の上の振動になる。
木の板に当たると、低い音が出る。連続で四回鳴って、止まる。
四回で止まるのを、こちらは五月のうちに覚えた。
覚えているので、音の三回目でもう手が伸びる。
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手が伸びるのは、九年やってきた形になる。
台所からの足音で機嫌を当てていたころと、順番が同じだ。
音が先に来て、身体が動いて、そのあとで内容が分かる。
その順番を、こちらは変えられなかった。
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世間では、こういうのは過干渉だと言うらしい。
大学生の子どもに毎日連絡する親の話が、そういう名前で出てくる。
名前がついているのを、こちらは二年のときに知った。
知って、当てはめてみて、少しずれると思った。
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ずれるのは、母が何も指示していないからになる。
勉強しなさいも、帰ってきなさいも、四年で一度も出ていない。
来るのは、洗剤と、換気扇と、鍵の三つだ。
三つとも、指示ではない。確認になる。
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確認だけを四年続けるのは、たぶん立派なことでも、だらしないことでもない。
どちらでもないものに、世間の名前はついていない。
ついていないものを、こちらは名前の無いまま持っている。
持っているものが、そのころにはもう何十個もあった。
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母は一度も、電話に出なさいと言わなかった。
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十二月の帰省は、二十七日から一月三日までにした。
八日間になる。夏は十日いたので、二日短い。
短くしたのは、こちらが日程を先に言ったからだ。
母は、そう、とだけ言って、それ以上は訊かなかった。
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返さなかった日を、こちらは数えている。




