第094話 二度目
二度目のセンターは、一月十三日と十四日だった。
会場は去年と同じ大学になる。教室だけが違って、二号館の三階だった。
番号の下二けたが席になるのも同じだ。こちらは三十一番になる。
教室は四十六人で、去年より二人少ない。
試験は九時三十分に始まって、最後が十七時十分に終わる。
時間割は去年と一分も変わっていない。きちんと同じ形で刷ってあった。
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持ち物は、前の日の夜に並べた。
受験票、写真票、鉛筆が五本、消しゴムが二つ、鉛筆削りが一つ。
時計と、財布と、弁当になる。去年と一つも変わっていない。
数を三回確かめたところまで、去年と同じだった。
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立派な会場ではない。去年と同じ、古い建物になる。
廊下の窓の建てつけが悪いところも、直っていなかった。
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カイロは、右のポケットに入っていた。
封は切ってある。振ってあるので、持ったときにもう温かい。
三年目になる。入れたのは母で、今年も言われていない。
言われないほうが、こちらにはやりやすい。礼を言う場面が出てこないからになる。
やりやすい、と書くのは、たぶんずるい書き方になる。
ずるいと分かっていて、ほかの書き方がやはり出てこない。
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時計は、去年と同じものを机に置いた。
置いて、今年は見た。一日目で十四回、二日目で十一回になる。
合わせて二十五回だ。去年は零だった。
見るようになった理由を、こちらは書けない。書けないので、回数だけ数えた。
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自己採点は、一月十八日にやった。
予備校の教室で、既卒が七十人ほど集まる。冊子は現役と同じものだった。
合計は、九百点のうち六百八十二点になる。
去年が五百四十一点なので、百四十一点上がっている。
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七十五・八パーセントになる。
第一志望に要るのは七十五パーセント以上だった。〇・八だけ上に出ている。
〇・八というのは、九百点でいうと七点ぶんになる。
七点は、大問の一つ半だ。マークの塗り直し二十六か所ぶんより少ない。
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七点ぶんの余裕を、こちらは三日かけて計算し直した。
三回とも同じ数が出る。出たので、そこで終わった。
終わったあとに、何も残らない。去年と、そこは同じだった。
せっかく百四十一点上がったのに、出す先がやはり無い。
無いままにしておくのを、情けないとは思っていなかった。
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自己採点の紙を、その年も家では出していない。
母のほうも訊かなかった。父も同じになる。千尋は、終わったの、とだけ訊いた。
終わった、と答えている。去年と同じやりとりになる。
やりとりの形が二年続けて同じなのを、そのときは数えていなかった。
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二次試験は、二月二十五日と二十六日だった。
会場も、科目も、去年と同じになる。数学と物理、化学と英語だ。
一科目が九十分で、四つで三百六十分になる。
去年は、この三百六十分のことをほとんど覚えていない。今年は書ける。
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数学の大問の三つ目で、去年と同じ形の問題が出た。
同じではない。数だけが変えてある。解き方が同じになる。
解きながら、去年これを埋めたことを思い出した。
思い出しても、手は止まらなかった。止まらなかったのは、その日が初めてになる。
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玄関のカレンダーを、その年も二月に見た。
母の予定だけが鉛筆で書いてあるやつになる。
二月の欄に、駅の名前は書いていなかった。
去年の二月十一日には書いてあった。今年は無い。
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無い理由は、たぶん去年行ったからだと思う。
一度行った場所に、この人は二度行かない。手順は一度で覚える。
覚えたものを、次の年に使う。そこは九年ずっと同じだった。
同じなので、書いていないことのほうが、こちらには読めた。
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合格発表は、三月九日だった。
去年と同じ日になる。掲示板も同じで、ベニヤが六枚並んでいる。
人の数は、去年より少し多い。九十人くらいいた。
朝の空気が去年より冷たい。手はもう冷たいので、差が分からない。
着いたのは十時二十分ごろで、掲示が出るのは十時半になる。
十分待った。待っているあいだ、こちらは人数を数えている。
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一人で行った。
行ってくる、とは言っていない。朝、いつもの時間に出ている。
母は玄関に立っていた。行ってらっしゃい、と言う。
言い方は、二年とも同じだった。
気をつけて行きなさい、とも言われていない。普通は、そこで一言足すものになるらしい。
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僕の番号は、一〇九三になる。
紙の三枚目に、一〇〇〇番台が並んでいた。去年と同じ位置だ。
上から順に見た。一〇九〇、一〇九三、一〇九五と続く。
一〇九三がある。
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一度だけ見た。
去年は二回見ている。一度目で自分の番号を探して、二度目で前と後ろを確かめた。
今年は、前と後ろを見ていない。見る必要が出てこなかった。
無いほうは二回で、あるほうは一回になる。
一度しか見なかったことを、恥ずかしいとは思っていない。
普通は、二度見て確かめるものらしい。去年は、そうしている。
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その差を、こちらはあとで何度か考えた。
考えても、答えは同じところに戻る。あるものは、それで済むからになる。
済んでしまうと、そこに時間がかからない。
かからなかったぶん、その日のことは去年より覚えていない。
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掲示板から駅までは、歩いて十一分だった。
去年は測っていない。今年は測った。測ったのは癖になる。
電車は座れた。座って、窓の外を見ている。
外に何があったかは、やはり出てこない。
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家に着いたのは、十二時四十分ごろになる。
母が玄関にいた。こちらの顔を見る。二秒くらいだったと思う。
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あった、と言った。
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母は、そう、と言った。
それだけになる。去年、だめだった、と言ったときと同じ言い方だった。
同じ言い方だったことを、こちらはその場で分かっている。
分かったが、何も言わなかった。言う形が出てこない。
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母は、そのあとで手続きのことを訊いた。
書類はいつまでか、振り込みの期限はいつか、写真は何枚要るか。
三つとも、こちらは答えられる。要項に書いてあるからになる。
三つとも答えて、それで玄関の話は終わった。
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四年前の三月九日には、母は泣いている。
県立の高校に受かった日で、声を出さずに泣いた。
その日と同じ日付で、今年は泣いていない。
泣かなかった理由を、こちらは訊いていない。
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なんで泣かないんですか、と訊こうとした。
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その日の夜に、母が電話をかけた。
相手は伯母だと思う。廊下から声が聞こえた。
こちらは、途中から聞いている。最初のところは聞いていない。
部屋にいて、下りていく途中だった。三段目が鳴ったところで、もう話していた。
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聞こえたのは、受かりました、という一言になる。
そのあと、はい、が二回と、ありがとうございます、が一回入った。
それで終わっている。通話の長さは、たぶん一分ない。
最初に何と言ったのかは、いまも分からない。
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分からないので、こちらはそこを埋めていない。
埋めようとしたことは、そのあと何度かある。
埋めるたびに、違う言い方が出てくる。出てくるものは、全部こちらが作ったものになる。
作ったものを、事実のところに置くわけにはいかない。
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夕飯は、いつもと同じ皿の数だった。
四つになる。増えても減ってもいない。
赤飯は出ていない。鯛も無かった。世間ではそういうものを出すらしい。
うちでは、九年で一度も出たことが無い。
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出ないことについて、こちらは何も書けない。
書けるものが無いからになる。無いものを、あとから足すのはここではやらない。
やらないと決めたのは、この記録を書きはじめてからだ。
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千尋が、おめでとうと言った。夕飯の途中で、しっかりこちらを見て言う。
九年で、この語を家の中で聞いたのは四回になる。四回とも千尋が言っている。
母は言わない。父も言わない。
言わないのが、この家では当たり前になっていた。
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母は一度も、よかったねと言わなかった。
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言うかわりに、次の日から手続きの紙が机に並んだ。
入学の書類が六枚、振り込みの用紙が二枚、写真の申し込みが一枚になる。
九枚とも、きちんと封を切って、順に重ねてある。上から期限の早い順だった。
並べたのは母で、期限は一つも間違えていない。
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並べ方が九年前の予定表と同じだった。上から順に、期限の早いものが来る。
ちゃんと並べてあるものを、こちらは順に処理していく。
処理するのは得意になる。九年やってきたのはそこだった。
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三月のうちに、九枚とも出した。
出したのはこちらで、書いたのもこちらになる。
書く欄は全部で四十七個あった。四十七個とも埋めている。
空けたところが一つも無いのを、そのとき数えた。
数えて、去年の秋の紙のことを思い出した。
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あの紙は、まだ引き出しに入っている。
番号が一から十まで並んで、十個とも空欄になっている。
埋まる紙と、埋まらない紙が、同じ机の上下にある。
埋まらないのを、だらしないとは思っていない。だらしないなら、埋め方が決まる。
上下にあることを、こちらはそのころ並べて考えていない。
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番号があった紙のほうを、僕は一度しか見ていない。




