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自慢の息子  作者: 智珠
第六部 空欄

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第094話 二度目

 二度目のセンターは、一月十三日と十四日だった。


 会場は去年と同じ大学になる。教室だけが違って、二号館の三階だった。


 番号の下二けたが席になるのも同じだ。こちらは三十一番になる。


 教室は四十六人で、去年より二人少ない。


 試験は九時三十分に始まって、最後が十七時十分に終わる。


 時間割は去年と一分も変わっていない。きちんと同じ形で刷ってあった。


            *


 持ち物は、前の日の夜に並べた。


 受験票、写真票、鉛筆が五本、消しゴムが二つ、鉛筆削りが一つ。


 時計と、財布と、弁当になる。去年と一つも変わっていない。


 数を三回確かめたところまで、去年と同じだった。


            *


 立派な会場ではない。去年と同じ、古い建物になる。


 廊下の窓の建てつけが悪いところも、直っていなかった。


            *


 カイロは、右のポケットに入っていた。


 封は切ってある。振ってあるので、持ったときにもう温かい。


 三年目になる。入れたのは母で、今年も言われていない。


 言われないほうが、こちらにはやりやすい。礼を言う場面が出てこないからになる。


 やりやすい、と書くのは、たぶんずるい書き方になる。


 ずるいと分かっていて、ほかの書き方がやはり出てこない。


            *


 時計は、去年と同じものを机に置いた。


 置いて、今年は見た。一日目で十四回、二日目で十一回になる。


 合わせて二十五回だ。去年は零だった。


 見るようになった理由を、こちらは書けない。書けないので、回数だけ数えた。


            *


 自己採点は、一月十八日にやった。


 予備校の教室で、既卒が七十人ほど集まる。冊子は現役と同じものだった。


 合計は、九百点のうち六百八十二点になる。


 去年が五百四十一点なので、百四十一点上がっている。


            *


 七十五・八パーセントになる。


 第一志望に要るのは七十五パーセント以上だった。〇・八だけ上に出ている。


 〇・八というのは、九百点でいうと七点ぶんになる。


 七点は、大問の一つ半だ。マークの塗り直し二十六か所ぶんより少ない。


            *


 七点ぶんの余裕を、こちらは三日かけて計算し直した。


 三回とも同じ数が出る。出たので、そこで終わった。


 終わったあとに、何も残らない。去年と、そこは同じだった。


 せっかく百四十一点上がったのに、出す先がやはり無い。


 無いままにしておくのを、情けないとは思っていなかった。


            *


 自己採点の紙を、その年も家では出していない。


 母のほうも訊かなかった。父も同じになる。千尋は、終わったの、とだけ訊いた。


 終わった、と答えている。去年と同じやりとりになる。


 やりとりの形が二年続けて同じなのを、そのときは数えていなかった。


            *


 二次試験は、二月二十五日と二十六日だった。


 会場も、科目も、去年と同じになる。数学と物理、化学と英語だ。


 一科目が九十分で、四つで三百六十分になる。


 去年は、この三百六十分のことをほとんど覚えていない。今年は書ける。


            *


 数学の大問の三つ目で、去年と同じ形の問題が出た。


 同じではない。数だけが変えてある。解き方が同じになる。


 解きながら、去年これを埋めたことを思い出した。


 思い出しても、手は止まらなかった。止まらなかったのは、その日が初めてになる。


            *


 玄関のカレンダーを、その年も二月に見た。


 母の予定だけが鉛筆で書いてあるやつになる。


 二月の欄に、駅の名前は書いていなかった。


 去年の二月十一日には書いてあった。今年は無い。


            *


 無い理由は、たぶん去年行ったからだと思う。


 一度行った場所に、この人は二度行かない。手順は一度で覚える。


 覚えたものを、次の年に使う。そこは九年ずっと同じだった。


 同じなので、書いていないことのほうが、こちらには読めた。


            *


 合格発表は、三月九日だった。


 去年と同じ日になる。掲示板も同じで、ベニヤが六枚並んでいる。


 人の数は、去年より少し多い。九十人くらいいた。


 朝の空気が去年より冷たい。手はもう冷たいので、差が分からない。


 着いたのは十時二十分ごろで、掲示が出るのは十時半になる。


 十分待った。待っているあいだ、こちらは人数を数えている。


            *


 一人で行った。


 行ってくる、とは言っていない。朝、いつもの時間に出ている。


 母は玄関に立っていた。行ってらっしゃい、と言う。


 言い方は、二年とも同じだった。


 気をつけて行きなさい、とも言われていない。普通は、そこで一言足すものになるらしい。


            *


 僕の番号は、一〇九三になる。


 紙の三枚目に、一〇〇〇番台が並んでいた。去年と同じ位置だ。


 上から順に見た。一〇九〇、一〇九三、一〇九五と続く。


 一〇九三がある。


            *


 一度だけ見た。


 去年は二回見ている。一度目で自分の番号を探して、二度目で前と後ろを確かめた。


 今年は、前と後ろを見ていない。見る必要が出てこなかった。


 無いほうは二回で、あるほうは一回になる。


 一度しか見なかったことを、恥ずかしいとは思っていない。


 普通は、二度見て確かめるものらしい。去年は、そうしている。


            *


 その差を、こちらはあとで何度か考えた。


 考えても、答えは同じところに戻る。あるものは、それで済むからになる。


 済んでしまうと、そこに時間がかからない。


 かからなかったぶん、その日のことは去年より覚えていない。


            *


 掲示板から駅までは、歩いて十一分だった。


 去年は測っていない。今年は測った。測ったのは癖になる。


 電車は座れた。座って、窓の外を見ている。


 外に何があったかは、やはり出てこない。


            *


 家に着いたのは、十二時四十分ごろになる。


 母が玄関にいた。こちらの顔を見る。二秒くらいだったと思う。


            *


 あった、と言った。


            *


 母は、そう、と言った。


 それだけになる。去年、だめだった、と言ったときと同じ言い方だった。


 同じ言い方だったことを、こちらはその場で分かっている。


 分かったが、何も言わなかった。言う形が出てこない。


            *


 母は、そのあとで手続きのことを訊いた。


 書類はいつまでか、振り込みの期限はいつか、写真は何枚要るか。


 三つとも、こちらは答えられる。要項に書いてあるからになる。


 三つとも答えて、それで玄関の話は終わった。


            *


 四年前の三月九日には、母は泣いている。


 県立の高校に受かった日で、声を出さずに泣いた。


 その日と同じ日付で、今年は泣いていない。


 泣かなかった理由を、こちらは訊いていない。


            *


 なんで泣かないんですか、と訊こうとした。


            *


 その日の夜に、母が電話をかけた。


 相手は伯母だと思う。廊下から声が聞こえた。


 こちらは、途中から聞いている。最初のところは聞いていない。


 部屋にいて、下りていく途中だった。三段目が鳴ったところで、もう話していた。


            *


 聞こえたのは、受かりました、という一言になる。


 そのあと、はい、が二回と、ありがとうございます、が一回入った。


 それで終わっている。通話の長さは、たぶん一分ない。


 最初に何と言ったのかは、いまも分からない。


            *


 分からないので、こちらはそこを埋めていない。


 埋めようとしたことは、そのあと何度かある。


 埋めるたびに、違う言い方が出てくる。出てくるものは、全部こちらが作ったものになる。


 作ったものを、事実のところに置くわけにはいかない。


            *


 夕飯は、いつもと同じ皿の数だった。


 四つになる。増えても減ってもいない。


 赤飯は出ていない。鯛も無かった。世間ではそういうものを出すらしい。


 うちでは、九年で一度も出たことが無い。


            *


 出ないことについて、こちらは何も書けない。


 書けるものが無いからになる。無いものを、あとから足すのはここではやらない。


 やらないと決めたのは、この記録を書きはじめてからだ。


            *


 千尋が、おめでとうと言った。夕飯の途中で、しっかりこちらを見て言う。


 九年で、この語を家の中で聞いたのは四回になる。四回とも千尋が言っている。


 母は言わない。父も言わない。


 言わないのが、この家では当たり前になっていた。


            *


 母は一度も、よかったねと言わなかった。


            *


 言うかわりに、次の日から手続きの紙が机に並んだ。


 入学の書類が六枚、振り込みの用紙が二枚、写真の申し込みが一枚になる。


 九枚とも、きちんと封を切って、順に重ねてある。上から期限の早い順だった。


 並べたのは母で、期限は一つも間違えていない。


            *


 並べ方が九年前の予定表と同じだった。上から順に、期限の早いものが来る。


 ちゃんと並べてあるものを、こちらは順に処理していく。


 処理するのは得意になる。九年やってきたのはそこだった。


            *


 三月のうちに、九枚とも出した。


 出したのはこちらで、書いたのもこちらになる。


 書く欄は全部で四十七個あった。四十七個とも埋めている。


 空けたところが一つも無いのを、そのとき数えた。


 数えて、去年の秋の紙のことを思い出した。


            *


 あの紙は、まだ引き出しに入っている。


 番号が一から十まで並んで、十個とも空欄になっている。


 埋まる紙と、埋まらない紙が、同じ机の上下にある。


 埋まらないのを、だらしないとは思っていない。だらしないなら、埋め方が決まる。


 上下にあることを、こちらはそのころ並べて考えていない。


            *


 番号があった紙のほうを、僕は一度しか見ていない。

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