第008話 五年通って、一度も
```
通知表 三年二組 高梨 秀真
担任 村瀬 佳織
【一学期 行動の記録・所見】
計算が速く、まわりの子が困っているとそっと教えに行く姿が見られました。係の仕事も最後まできちんとやります。
秀真くんは、自分から手を挙げることが少し少ないようです。
二学期は、思ったことを声に出してみましょう。
【二学期 行動の記録・所見】
学習面はたいへん良好です。テストの平均も学級で上位です。
生活面も問題ありません。
秀真さんは落ち着いて学校生活を送っています。
【三学期 行動の記録・所見】
係の仕事を一年間、一度も忘れずにやりとげました。
給食のとき、こぼした子の机を黙って拭いていたことがあります。
秀真くんは人をよく見ています。
四年生でも、そのままの秀真くんでいてください。
```
英会話に通いはじめたのは小学二年生の四月だった。
きっかけは、母がどこかで聞いてきた話だ。これからは英語ができないと、と母は言った。誰が言っていたのかは知らない。ママ友の誰かかもしれないし、テレビかもしれない。
教室は駅前のビルの四階にある。エレベーターがあって、そこは止まったことがない。二階が歯科で、三階が保険の会社だ。四階まで上がると、廊下に子どもの声が満ちている。
授業は金曜の六時半から七時半までだった。公文が六時に終わって、自転車で十五分走って、六時二十分ごろに着く。着いてから始まるまでのあいだに、おにぎりを食べる。
一クラス六人で、僕はいちばん背が低かった。
月謝は公文より高い。金額を知ったのはあとになってからだ。八月は休みだから、通うのは年に十一か月ぶんになる。五年で五十五か月。それを月謝にかけた数字を、僕は二十を過ぎてから一度だけ計算した。計算したあと、誰にも言っていない。
*
先生はニックといった。
カナダの人だと聞いたが、確かめていない。背が高くて、しゃがむと膝が机の下に入らない。声が大きくて、教室の外の廊下まで聞こえる。
授業は決まった順番で進む。
最初に歌をうたう。同じ歌を三か月使って、次の三か月で別の歌になる。
そのあとがカードだ。りんご、犬、青、木曜日。ニックが一枚ずつ上げて、僕たちが単語を言う。言えたら次へ移る。言えなかったら、もう一度だけ見せて、それでも出てこなければ答えを言って先へ行く。
それからゲームをする。ビンゴか、椅子取りか、カードを裏返して同じ絵を探すやつだ。ゲームのあいだは英語を使わなくてもいい。使う子はいない。
最後にもう一度歌をうたって、終わる。
*
単語は覚えた。
二年目には、カードを二百枚くらい言えるようになっていた。動物と、色と、食べ物と、身の回りのもの。数は千まで数えられる。
文は作れなかった。
ニックが何かを訊く。僕はその文の中の単語をいくつか聞き取る。聞き取れても、それを組み立てて返すことができない。
答えられずにいると、ニックは待つ。三秒か、四秒だ。それから笑って、隣の子に同じことを訊く。
隣の子も答えられない。その次の子も答えられない。誰かが単語を一つだけ言って、ニックが大きくうなずいて、それで先へ進む。
毎回そうだった。五年間そうだった。
ニックは日本語も少し話せる。おはよう、ありがとう、じょうずだね、の三つは確実に言えた。授業の中でその三つが出ると、教室の空気がゆるむ。ゆるんだところで、また英語に戻る。
いま思うと、ニックはよくやっていたのだと思う。六人の子どもを一時間、飽きさせずに座らせておくのは、たぶん難しい。彼が悪いのではない。教室が悪いのでもない。
*
教室の壁に、生徒の写真が貼ってあった。
クリスマスの会と、ハロウィンの会の写真だ。とんがり帽子をかぶった僕が写っている。笑っている。
母はその写真を、参観のときに見に来て、いいわねえと言った。
その写真の中の僕は、たしかに笑っている。とんがり帽子のゴムが顎に食い込んでいて、その線まで写っている。
参観は年に二回ある。始まりは七時で、終わりは八時だ。授業の時間を三十分ずらして、そのぶん遅くまでやる。母は二回とも来た。うしろの壁ぎわに、ほかの母親と並んで立つ。僕は前を向いているから顔は見えない。声だけ聞こえる。授業が終わると、母たちは少し話して帰る。
その日、母は帰り道でこう言った。
「ニック先生、ほめてたわよ」
何をほめていたのかは訊かなかった。
*
三年生の三学期の終わりに、通知表をもらった。
終業式の日で、その日は十一時半に帰る。体育館で校長の話を聞いてから、教室に戻って一人ずつ呼ばれる。前で受け取って、両手で持って、頭を下げる。もらった子から順に、廊下に並んで待つ。
式のあいだ、体育館の床は冷たかった。三月でもまだ冷える。
僕は自分のを廊下で開けた。開けてはいけないとは言われていない。
通知表は二つ折りで、白い厚紙の表紙がついている。開くと、左に成績の欄、右に所見の欄がある。成績のほうは丸の位置を見ればすぐ分かる。三段階で、いちばん上に丸がついている数を数えればいい。
所見の欄は、読むのに時間がかかる。字が並んでいるだけで、数字が一つも無いからだ。
三学期のところに、給食のときのことが書いてあった。こぼした子の机を拭いたと書いてある。
そんなことをした覚えは、僕にはなかった。
やっていないという意味ではない。たぶんやったのだと思う。ただ、覚えていない。誰かがそれを見ていて、書き留めていて、三か月たってから紙になって返ってきた。
二学期のことは、あまり覚えていない。
*
家に着いたのは十二時十分だった。
母は昼の支度をしていた。終業式の日は給食が無いので、家で食べる。その日は焼きそばだった。
*
食べ終わってから、母に渡した。
母は流しの前で手を止めて、ふいてから受け取った。所見の欄を、上から下まで読んだ。三つの学期ぶんを続けて読んだ。
読み終わって、こう言った。
「よく見てくださってるのね」
それから、成績の欄のほうを見た。三段階の評価で、いちばん上に丸がついている数を、母は数えたと思う。声には出していない。
通知表はその日のうちに、机の引き出しにしまわれた。冷蔵庫には貼らない。学校のものは貼らないことになっていた。
母は一度も、英語ができるようになったかとは訊かなかった。訊く必要がなかったのだと思う。通っている、ということが答えになっていた。
いま同じ立場になったら、僕も訊かないかもしれない。訊いて、できていないと分かったら、そのあとをどうするかを決めなければならなくなる。決めずに済むほうが、たぶん楽だ。
母を責めるつもりでこれを書いているのではない。
*
英会話は、そのあとも同じ形で続いた。
四年生になっても、五年生になっても、授業の順番は変わらない。歌、カード、ゲーム、歌。ニックは同じ大きさの声で笑う。
新しく入ってくる子がいて、やめていく子がいる。六人のうち、五年間ずっと同じだったのは僕を入れて二人だった。
やめる子は、たいてい急にいなくなる。先週まで座っていた席に、次の週は誰も座っていない。ニックはそのことを説明しない。人数が減ったぶん、カードが一人あたり一枚ずつ増える。
もう一人は女の子で、五年目には僕より単語を知っていた。その子も文は作れなかった。
その子の母親も、参観に必ず来ていた。うちの母と並んで立って、終わったあとに少し話す。二人が何を話していたのかは、聞こえる距離にいたはずなのに覚えていない。
教室でいちばん長くいる二人が、二人とも文を作れない。そのことについて、誰も何も言わなかった。
*
五年生のあいだに、僕は一度だけ、家で英語の文を作ろうとしたことがある。
教科書のようなものは無いので、カードの単語を並べた。犬。走る。公園。並べても、正しいかどうかを確かめる方法がない。合っているかどうかを教えてくれる人が、家にいなかった。
紙に書いて、そのまま捨てた。捨てたのは覚えている。書いた文は覚えていない。
*
六年生の三月に、最後の日が来た。
中学に上がると部活があるから、そこでやめることになっていた。決めたのは母だ。僕は聞いただけだ。
その日は六時半に始まって、いつもより短くゲームをやって、七時十分から写真を撮った。壁の写真がまた一枚増えた。
五年前の写真と、その日の写真が、同じ壁に並ぶことになる。並べて見た人がいるかどうかは知らない。僕は見なかった。
帰るとき、ニックが僕に手を出した。
握手をした。手が大きくて、僕の手のひらが半分くらい隠れた。ニックは僕の目を見て、何か言った。
文だった。単語ではなく、文だ。
僕はそれを聞き取れなかった。
「ありがとうございました」
日本語でそう言った。ニックは笑って、うんうんとうなずいた。うなずき方が、授業のときと同じだった。
*
あの日ニックが何と言ったのかを、僕はいまでも知らない。
単語だけなら拾えたはずだ。拾って、あとで調べることもできたはずだ。そうしなかったのは、たぶん、聞き取ろうとしていなかったからだと思う。
五年通って、僕は一度も英語で文を作らなかった。
自転車を停めて、母の車に乗った。母は運転席から後ろを向いて、教室の入口のほうを見ていた。ニックがまだ立っていたのかもしれない。僕は前を向いていたので、見ていない。
母は、通わせてよかったと言った。
何がよかったのかは、言わなかった。




