36.ジャガーズ最後の攻撃
ナイターの照明が、夜空を白く焦がしていた。
スコアボードには、無情な数字が浮かぶ。
4―2。
九回裏。
あと三つのアウトで、この試合は終わる。
この夜も、このシーズンも――積み重ねてきた夢さえも。
スタンドを埋め尽くしたジャガーズファンは、誰一人として席に腰を下ろしていなかった。
祈るようなざわめきだけが、波となってグラウンドを包み込む。
マウンドには菅野。
七回、八回を危なげなく抑えた右腕は、汗ひとつ感じさせない静けさをまとっていた。
「ジャガーズ、九回裏の攻撃。先頭は一番・風間です」
実況の声が球場に響く。
風間はゆっくりと打席へ向かった。
深く息を吸う。
焦りはある。
恐怖もある。
それでも前へ進むしかない。
初球。
乾いた打球音が夜空を裂いた。
鋭く弾けた白球は、センター前へ一直線に抜けていく。
ヒット。
一瞬遅れて、球場が揺れた。
歓声が爆発する。
まだ終わっていない。
希望は、まだグラウンドに残っている。
続く中谷。
菅野が静かにうなずき、第一球は外角高めへ。
ボール。
二球目。
中谷は不意にバットを寝かせた。
コツン、と弱く転がる打球。
セーフティーバント。
菅野は一瞬だけ二塁を見た。
だが間に合わない。
迷いを振り切るように一塁へ送球した。
打者走者はアウト。
その間に風間は二塁を蹴り、三塁への足掛かりをつくる。
まだ終わらない。
終わらせない。
三番・高木。
球場は、水を打ったように静まり返る。
振り抜いた打球は、高々とライトへ舞い上がった。
ライトが下がる。
さらに下がる。
フェンスを背に、大きく跳んだ。
白球は、そのグラブへ吸い込まれる。
大きなため息。
しかし、その刹那。
風間は三塁へ向かってスタートを切っていた。
タッチアップ成功。
ツーアウト、三塁。
あと一本。
あと一本あればいい。
四番クルーズ。
菅野は低めを丁寧に突く。
一球、二球。
慎重な配球が続く。
そして三球目。
内角へ鋭く食い込んだ一球が、クルーズの左足をかすめた。
鈍い音が響く。
デッドボール。
球場がどよめく。
二死一、三塁。
ベンチから代走・亀山が飛び出し、一塁へ向かう。
そして――
スタンドの空気が変わった。
歓声とも悲鳴ともつかないざわめきが、一気に広がる。
五番・田村。
ゆっくりとベンチを離れ、打席へ向かう男。
今夜すでに四十二号アーチを放ち、バークランドの記録に肩を並べたスラッガー。
だが、この打席で求められるものは記録ではない。
勝利。
チームの未来。
そして、この夜を信じ続けたすべての人の願い。
田村は静かに打席へ入り、夜空を見上げた。
照明の向こうに、小さな頃の自分がいる気がした。
砂だらけのグラウンド。
夢中で白球を追いかけ、日が暮れるまでバットを振り続けた少年。
あの頃と何も変わらない。
打つ。
ただ、それだけだ。
菅野がセットポジションに入る。
球場中が総立ちになっていた。
誰も息をしない。
夜風が、ほんのわずかに芝を揺らす。
運命を左右する一球が――
静かに、田村へ向かって放たれた。




