31. 優勝争い
七月下旬――。
照りつける陽射しは、街路樹の葉を白く照らし、球場には真夏の熱気が渦巻いていた。
夏は、確実に終盤へ向かっていた。
ジャガーズは白星を積み重ね、貯金を13まで伸ばしていた。
しかし、首位を走るパイレーツとの差は、なお六ゲーム。
決して絶望的な数字ではない。
だが、希望を語るには、まだ遠すぎる差だった。
それでも、チームには確かな変化が生まれていた。
パイレーツの四番、バークランド。
シーズン序盤から豪快なアーチを量産し、その本数はすでに三十四本。
誰もが今年のホームラン王は彼で決まりだと信じて疑わなかった。
だが、その背中を追う男がいた。
田村――。
この一週間だけで八本ものホームランを放ち、通算二十九本。
差は、わずか五本。
スタンドは、まだ口にはしない。
ベンチも、あえて話題にはしない。
それでも誰もが感じていた。
静かだった夏が、今まさに動き始めようとしていることを。
八月の初め。
その頃、大地は集中治療室の白い天井を見上げることさえできず、静かに眠り続けていた。
規則正しく鳴り続ける心電図の電子音だけが、小さな命をつなぎ止めている。
面会は許されない。
両親はガラス越しに我が子を見守ることしかできなかった。
主治医の阿部は、重い表情のまま二人に向き直る。
「……今後、回復の見込みは、極めて厳しいと言わざるを得ません」
その一言は短かった。
だからこそ、胸に深く突き刺さった。
ひとみは唇を噛みしめ、幸雄は何も言えなかった。
現実を受け止めるには、あまりにも残酷すぎた。
一方、その知らせを聞いた田村は、病院へ向かうことはなかった。
行けなかったのではない。
行かなかったのだ。
――ホームラン王になる。
――優勝する。
そして、大地ともう一度笑って会う。
その約束を果たさない限り、自分には会う資格はない。
そう心に決めていた。
だから田村は、すべての思いをバットへと込めた。
八月中旬。
その執念が、チームを奇跡へと導く。
七連勝。
一勝、また一勝。
苦しい試合をものにするたび、ジャガーズは首位との差を縮めていった。
そして――。
ついにゲーム差は二。
誰もが不可能だと思っていた大逆転優勝が、現実味を帯び始める。
田村のホームランは三十六本。
バークランドは三十八本。
差は、わずか二本。
ホームラン王争いも、優勝争いも。
その主役は、いつしかバークランド一人ではなくなっていた。
新聞は田村の名を一面に載せ、テレビは連日のようにその一打を映し出す。
それでも田村の心にあったのは、歓声でも記録でもない。
病室で眠り続ける、一人の少年だった。
約束は、まだ終わっていない。
その約束は、一本のホームランとなり、一つの勝利となり、少しずつ未来へ近づいていた。
大地のもとへ届く、その日を信じて――。




