3.五年前の悪夢
シーズンを終え、私は久しぶりに我が家へ戻った。
慌ただしい一年だった。
ようやく訪れた束の間の休暇に、私は妻・紀子と、来春生まれてくる我が子を連れ、東北の温泉へ出かけることにした。
二泊三日の旅は、穏やかで幸せな時間だった。
温泉に浸かり、美味しい料理を味わい、まだ見ぬ我が子の名前を二人で考える。
そんな何気ない時間が、私には何よりも愛おしかった。
帰り道。
夕暮れに染まる高速道路は、帰宅する車で混み始めていた。
「まだ二時間くらいはかかりそうだな」
私が苦笑すると、助手席の紀子が優しく微笑んだ。
「仕方ないでしょ。もう少しだから、頑張って運転してね」
「わかったよ」
私は前を向いたまま左手で軽くピースサインを作ると、紀子は小さく笑った。
その笑顔を見たのが、最後だった。
渋滞は少しずつ流れ始め、車は再び速度を上げる。
「やっと動き出したな」
そう思ったのも束の間だった。
数十分後、再び車列が止まる。
私はブレーキを踏み、何気なくルームミラーへ視線を向けた。
その瞬間、全身の血の気が引いた。
一台の中型トラックが、異様な速度のままこちらへ迫ってきていた。
――止まれ。
心の中で何度も叫ぶ。
しかし、トラックは減速する気配を見せない。
「……嘘だろ」
距離はみるみる縮まる。
次の瞬間、私は叫んでいた。
「ぶつかる!」
激しい衝撃音が高速道路に響き渡った。
トラックは勢いそのままに、私たちの車へ追突したのだ。
車体が大きく跳ね上がり、視界が激しく揺れる。
耳鳴り。
ガラスの砕ける音。
金属が軋む音。
一瞬で世界が壊れた。
やがて車が止まり、静寂が訪れる。
私はシートベルトに支えられ、肩に鋭い痛みを感じながらも意識はあった。
「紀子!」
振り返ると、後部座席から苦しそうな声が聞こえた。
「……痛い……」
紀子はお腹を押さえ、苦痛に顔を歪めていた。
シートベルトは締めていたものの、激しい衝撃で頭部と腹部を強く打っていたのだ。
私の怪我は軽かった。
だが、紀子は重傷だった。
そして、そのお腹には、私たちが心待ちにしていた、小さな命が宿っていた。




