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25.大地の誕生日

幸雄とひとみが病院に着いたのは、午前十時を少し回った頃だった。


病棟の廊下には、朝特有の静けさが流れている。

窓から差し込む柔らかな陽射しが白い床を照らし、看護師たちの足音だけが、遠くからかすかに聞こえていた。


病室のドアを静かに開けると、ベッドの上の大地が二人に気づき、ゆっくりと顔を上げた。


「大地、誕生日おめでとう」


ひとみが優しく微笑む。


その言葉に、大地は少し照れくさそうに笑って、小さく頭を下げた。


「……ありがとう」


幸雄はそんな息子の顔を見つめ、安心したようにうなずくと、いつもの明るい調子で声をかけた。


「よし、それじゃあ出発するぞ」


「え?」


思いがけない言葉に、大地は目を丸くした。


「出発って……どこへ?」


「大阪ドームだ」


あまりにも突然の答えだった。


大地は首をかしげる。


「大阪ドーム? 何があるの? 遊ぶところ?」


その様子に、ひとみはくすりと微笑み、大地の手をそっと包み込んだ。


「遊ぶところじゃないの。」


優しく言葉を選びながら続ける。


「田村選手がね、『大地くんに大阪ドームへ来てほしい。応援してほしい』って言ってくださったのよ。」


その言葉を聞いた大地は、一瞬きょとんとした表情を浮かべた。


意味を確かめるように、幸雄とひとみの顔を交互に見つめる。


そして、次の瞬間――。


「……タムがいるところ?」


幸雄は力強くうなずいた。


「ああ。タムが待ってる。」


その一言だけで十分だった。


大地の瞳がみるみる輝き始める。


「行く!」


弾かれたように声を上げた。


「ぼく、絶対行く!」


病室いっぱいに響くその声は、何日ぶりだろう。


幸雄とひとみは顔を見合わせ、思わず笑みをこぼした。


その笑顔が見られただけで、胸の奥に張りつめていた不安が少しだけほどけていく。


午前十一時。


三人は病院をあとにした。


久しぶりに浴びる夏の陽射しに、大地は少し目を細め、大きく息を吸い込む。


外の空気は、病室で吸う空気とはまるで違っていた。


タクシーに乗り込むと、窓の向こうを大阪の街並みがゆっくりと流れていく。


信号待ちをする車、歩道を行き交う人々、高架を走る電車――。


そのすべてが、大地には久しぶりの景色だった。


この日の試合はデーゲーム。


午後一時、プレーボール。


タクシーは、大阪ドームへ向かって走り続ける。


そして大地は、まだ知らない。


この誕生日が、自分の人生で決して忘れることのできない、かけがえのない一日になることを――。


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