19.誠の嫉妬
大地はベッドの上でサインボールを両手に包み込み、何度も眺めては嬉しそうに頬を緩めていた。
その様子に気づいた同室の誠が、興味津々に身を乗り出す。
「大地君、そのボールどうしたの?」
大地は誇らしげに胸を張った。
「ジャガーズのタムにもらったんだ」
「えっ、本当?」
誠の目が輝く。
「いいなあ。ちょっと見せてよ」
しかし、大地は首を横に振ると、ボールを大事そうに胸へ抱え込んだ。
「だめ」
「なんで?」
「僕の宝物だから」
その言葉には迷いがなかった。
誠は唇を尖らせる。
「ケチ。ママに言いつける」
「いいよ」
大地は少し得意げに笑った。
誠は悔しそうな顔をしながらも、それ以上は何も言えなかった。
翌日――。
誠は母・美代子に甘えるように言った。
「ママ、僕もサインボールが欲しい」
「サインボール?」
「うん。ジャガーズの選手の」
美代子は首をかしげる。
「どうして急に?」
「大地君が持ってるんだ」
「えっ、大地君が?」
誠はうなずいた。
「タムにもらったんだって」
美代子は少し驚いた表情を浮かべる。
「でも、どうして田村選手が大地君に?」
「知らない……。」
誠は少し寂しそうに目を伏せた。
数日後。
病室の廊下で、美代子はひとみに声をかけた。
「村山さん、少しお聞きしてもいいですか?」
「はい」
「誠から聞いたんですが、大地君、ジャガーズの選手のサインボールをもらったそうですね」
ひとみは穏やかに微笑んだ。
「ええ。少し前に田村選手がお見舞いに来てくださって、その時にいただいたんです」
「そうだったんですか」
美代子は納得したようにうなずいたが、すぐに遠慮がちに続けた。
「もし、また田村選手がお見えになることがあれば……誠にもサインボールをお願いできないでしょうか」
ひとみは困ったように笑った。
「お気持ちは分かります。でも、田村選手がいつ来られるかも分かりませんし、お約束はできません」
「そうですよね」
美代子は苦笑した。
「プロ野球選手ですもの。お忙しいでしょうし……」
少しの沈黙が流れる。
そして美代子は、何気ない口調でつぶやいた。
「でも、不思議ですよね」
「え?」
「どうして田村選手は、こんなに何度も病院へ来るのかしら。知り合いのお子さんだけなら分かるけれど……。」
ひとみは一瞬だけ表情を曇らせた。
田村が大地と交わした約束は、誰にも話すつもりはなかった。
「……私にも、よく分からないんです」
そう答えるのが精いっぱいだった。
美代子も、それ以上は聞かなかった。
それから数日後のことだった。
美代子は病院のロビーで、偶然にも田村の姿を目にする。
帽子もサングラスも身につけず、静かにエレベーターへ向かうその背中を見送りながら、近くにいた幸二へ声をかけた。
「あの人……ジャガーズの田村選手ですよね」
その、何気ない一言が――。
やがて田村の運命を大きく狂わせる記事へとつながっていくことを、この時の誰も知る由はなかった。




