17.幸二が大地の見舞いへ
大地が入院してから、一か月が過ぎようとしていた。
長い入院生活の中で、彼にとって一番の楽しみは、病室の小さなテレビで大阪ジャガーズの試合を観ることだった。
だが、病室は二人部屋である。
テレビを観られるのは、消灯前の午後八時まで。それが病院の決まりだった。
その日も、大地は試合開始に合わせて嬉しそうにテレビの電源を入れた。
しかし、数秒後、その笑顔が曇る。
「ママ……タムが出てないよ」
ベッド脇で雑誌を読んでいたひとみが顔を上げ、画面をのぞき込んだ。
「えっ、本当?」
「うん。どこにもいない」
ひとみもスターティングメンバーの表示を見つめ、小さく首をかしげる。
すると、椅子に座って新聞を読んでいた幸雄が口を開いた。
「怪我でもしたんじゃないか」
何気ない一言だった。
だが、大地は心配そうに唇を結ぶ。
「タム、怪我したの……?」
「大丈夫だ。きっと軽い怪我だよ。すぐ戻ってくるよ」
幸雄は安心させるように微笑んだが、大地の表情は晴れなかった。
その時だった。
コンコン――。
面会終了を知らせる放送が流れる頃、一人の青年が病室へ入ってきた。
「こんばんは。大地くん、元気?」
「幸二くん!」
大地の顔がぱっと明るくなる。
「忙しいのに来てくれてありがとう」
ひとみが頭を下げると、幸二は照れくさそうに頭をかいた。
「いやいや、僕なんて相変わらず暇人ですから」
その言葉を聞いた幸雄が、苦笑混じりに言う。
「暇なら、そろそろちゃんと働け。まだフリーターなんだろ」
「兄貴は会うたびにそれだな」
幸二は肩をすくめて笑った。
幸二は私立大学を卒業後、一度は会社勤めをしたものの半年で退職した。その後は職を転々とし、現在はフリーのカメラマンとして写真を撮りながら、記事の執筆も請け負って生計を立てている――そんな話を幸雄は母から聞いていた。
「でも今回は、思ったよりギャラが良かったんだ」
幸二は持っていた紙袋を持ち上げた。
「だから、大地くんにお土産」
「ギャラってなあに?」
大地が首をかしげる。
「幸二」
幸雄が低い声でたしなめる。
「余計な言葉を覚えさせるな」
「あ、ごめん、ごめん」
幸二は苦笑しながら言い直した。
「ギャラっていうのは、お仕事を頑張ったごほうびにもらうお金のことだよ」
そう言って紙袋から筆箱と鉛筆を取り出し、大地へ差し出した。
「来年、小学校へ行く時に使って」
「まだ十か月も先の話だぞ」
幸雄は呆れたように笑う。
それでも大地は嬉しそうに何度も頷いた。
「ありがとう、幸二おじちゃん!」
そして何かを思い出したように枕元へ手を伸ばす。
「あっ、僕も見せたいものがある!」
大切そうに抱えてきたのは、一つのサインボールだった。
「おっ、誰のサイン?」
「タム!」
「タム?」
幸二は首をかしげる。
幸雄が横から答えた。
「大阪ジャガーズの田村選手だ」
その瞬間だった。
幸二の表情が、ほんのわずかに変わる。
「……え? 田村が、ここにも来たのか?」
その一言に、幸雄は違和感を覚えた。
「『ここにも』って……どういう意味だ?」
病室に、一瞬だけ重い沈黙が流れた。




