15.大地との約束
六月に入り、本拠地へ戻ってきた田村は、一つだけ心に決めていたことがあった。
――もう一度、大地に会いに行こう。
前回と同じように、三連戦を終えた翌日、田村は大地が入院する病院を訪れた。
今回は病室の場所も覚えていた。受付で面会の手続きを済ませると、迷うことなく病室へ向かう。
軽くノックをして扉を開ける。
「こんにちは」
声をかけると、病室には大地と、その母・ひとみの二人だけがいた。
二人は同時に振り返る。
「あっ、タムだ!」
大地はベッドの上で身を乗り出し、顔いっぱいに笑みを広げた。
「田村さん……」
ひとみも目を丸くし、突然の訪問に驚きを隠せない様子だった。
その笑顔を見ただけで、田村の胸は少しだけ軽くなった。
「大地君、元気そうで安心したよ。この前は手紙をありがとう。どうしても、お礼を言いたくて来たんだ」
そう言ってベッドのそばへ歩み寄ると、ふと思いついたように尋ねた。
「そういえば、大地君の誕生日はいつなの?」
「七月四日!」
大地は迷うことなく答えた。
「そうか。それじゃあ、誕生日に何かプレゼントを贈りたいな。何が欲しい?」
その言葉に、ひとみは慌てて首を横に振った。
「田村さん、お気持ちだけで十分です。こうして会いに来ていただけるだけで、大地には何よりの思い出になりますから」
田村は照れくさそうに笑った。
「そんな立派なものは用意できませんけどね。でも、大地君が喜んでくれるものを贈りたいんです」
そして、もう一度大地に向き直る。
「遠慮しなくていい。何でも言ってごらん」
「……ほんとに、何でも?」
大地は少しだけ目を伏せ、小さく尋ねた。
「もちろん」
「欲しい物はないんだけど……」
そこで言葉が止まる。
田村は続きを待った。
「欲しい物じゃないなら、何かな?」
大地はゆっくり顔を上げた。
「……タムのホームランが見たい」
一瞬、田村は言葉を失った。
「ホームラン……?」
その願いは、どんな高価なプレゼントよりも重かった。
少し考えたあと、田村は優しく笑った。
「わかった。一本打てるように頑張るよ」
すると大地は首を横に振り、小さくピースサインを作った。
「ちがうよ」
「えっ?」
「二本」
無邪気な笑顔で続ける。
「ホームラン、二本打ってほしい」
「大地!」
ひとみが思わず声を上げた。
「そんな無理なお願いを田村選手にしちゃ駄目でしょう」
「でも、タムが何でもいいって言ったもん」
「もう、いい加減にしなさい」
大地はしゅんと肩を落とした。
その様子を見た田村は、穏やかな口調で言った。
「村山さん、大丈夫です。無理を言わせたのは私ですから」
そして大地の前まで歩み寄り、小さく拳を握って見せた。
「約束しよう。ホームランを打てるように精いっぱい頑張る。その代わり、大地君も病気なんかに負けるな」
大地も小さな拳を握る。
「うん! 僕、絶対に病気をやっつける!」
二人は笑顔で拳を軽く合わせた。
その約束が、どれほど大きな意味を持つことになるのか、この時はまだ誰も知らなかった。
面会時間が終わり、田村は再会を約束して病室を後にした。
病院の玄関を出てタクシーを待っていると、不意に視界の端で白い光が二、三度きらめいた。
フラッシュのようにも見えたが、田村は気にも留めず、気のせいだろうと空を見上げた。




