妖葉樹林13
「はっ!」
短く息と気勢を吐き、白狐人が突出していく。
接近|するカースさんを黒き巨柳は全力で排除にかかる。横殴りの雨のように襲いかかる細くしなやかな枝の群れ。同時に散らされる灰色の葉が流れる風に乗って乱れ飛ぶ。
「〈舞吹雪〉!」
剣術術式発動。刀身と言わず全身と言わず纏われる白い冷気。煙るもやをたなびかせ、カースさんは猛然と刀を振るう。
文字り荒れ狂う吹雪のような連撃とともに凄まじい凍気が渦巻き、迫る枝葉の群れを巻き込んでいく。あるものは微塵に切り刻まれ、あるもの瞬時に凍りつき粉々に砕け散る。
これまでの比ではないガロウズウィローによる猛攻。慈悲も容赦もない攻勢へ正面から切り分け、カースさんは着実に接近していく。
予想通り俺への攻撃が少しずつ弱まっている。
もちろんまったく油断できたものではない。いまもなお枝が頭上から伸び、ぶっとい根が地面から襲い来る。だが魔術スキル――"魔力を射出・制御する"必要のあるぶん剣術スキルより発動までに時間がかかる――を刻むだけの隙はひねり出せる。
ならばこちらも役割を果たそう。
どのスキルを使うか?
〈高威力火炎放射〉でまとめて薙ぎ払う?
いや駄目だ。
さっきみたいにカースさんが至近距離にいる時ならまだしも、離れている現在は巻き添えにする可能性が高い。
なら〈小威力火球〉?
いや。せっかくカースさんが好機を作り出してくれているのだ。それにあの飛ばしようが長時間続くとは思えない。機会は少ないのだ、より確実な火力が欲しい。
なら。
「……〈中威力火球群〉準備!」
カースさんとリスナーへ宣言すると同時にスキルを刻む。
構えたパドルロッドの先端が発光。放出される目に見えない魔力の波長。
当然、察知されるだろう――その予測通り足元の黒土が盛り上がる。飛び退ると同時に先端のとがった根が鋭く突き上げられる。
そこへ襲撃してくる数本の枝。だが音で接近は察していた。絡みつくように迫るのをかいくぐって避ける。
さすがに無警戒で行けるとは思っていない。さっきまでの無好機な状況より格段にマシなのだ。これで文句など言ってはバチも太鼓もお神楽もまとめて叩き込まれてしまうだろう。
術式を維持しつつ回避に徹する。例えるならコップの水をこぼさず動き回るようなものだ。より効果の高い高難易度のスキルほど水面がフチまで近づく。傍目より相当な神経を使うのである。
「やぁぁっ!!」
俺がスキルを刻んでいるあいだも盾役のカースさんは気炎を上げていた。
迫る枝すべて刈り取るように刀を振るい、針山のように突き並ぶ根を巧みに避け、乱れ舞う灰色の葉を紙一重でかいくぐり続けていた。
「〈白鎌鼬〉!」
そのうえ抜け目なく剣術スキルまで準備していた。群れる枝へと冷気の宿った白刃を一閃。
細い枝がまとめて刀に切り裂かれ、斬撃の勢いのまま刃状の白い冷気が放たれる。
剣術系スキルにも遠距離技は存在する。魔術系スキルが術式の制御によって投射されるのに対し、こちらは刀を振る動作を利用して斬撃を飛ばす。
"投射・制御"の術式を省いているぶん、魔術スキルより短時間で使用可能なのである。
引き換えにコントロールは本人の腕前次第、『正面に放ったつもりが真横に飛ぶ』なんて事例すらある……が、そこはカースさん。冷気の飛刃はまっすぐガロウズウィローへ向かっていった。
〈白鎌鼬〉軌道上にいくつもの枝が張り巡らされる。それらを切り裂きなおも飛ぶ斬撃。
そのまま黒い樹木を斬りつける――寸前に根が下から突き上がる。鋭い切っ先に白い刃状の冷気が貫かれ、そのまま霧散する。
攻撃こそ防いだ、だが自身へ着実に迫りついには射程圏内へ捕らえたカースさんにいよいよ脅威を覚えたのだろう。ガロウズウィローは狂ったように枝・葉・根を彼女ひとりに差し向けた。
まるで森全体が怨嗟を上げるようなおぞましい音、それでもカースさんは一切臆さず粘り続ける。
見るからにギリギリ、己のすべてを絞り出したような動き。技術と経験とが築き上げた凄まじいまでの執念。
だが、
「……っ!?」
臀部に揺れる白いしっぽへ灰色の葉が触れる。瞬時にカースさんの全身が黄色の光に包まれる。
人間には本来存在しないはずの部位だ。注意を払っていたはずだろうがこの土壇場ではさすがにケアが及ばなかったか。
推測ではあの葉の効果はランダム。いちおう手短に伝えてはいるが、こんな場面で食らうのはかなりまずい。
たまらずカースさんが下がる。刀を振るって追撃を払う。だがその動作にわずかな戸惑いの色がにじんでいた。
「……スキルが刻みにくい……っ、術技発動遅延です!」
すぐにその影響を報告してくる。
つまりスキル使用までの時間が余計にかかってしまう効果だ。コンマ一秒の遅延が命取りとなるこの状況においてかなりの不利だ。速度低下を引き当てなかっただけマシではあるが、彼女にとってはなんの慰めにもならないだろう。
どうする。〈ブレイズミサイル〉の発動まであと少し。だが刻み終えるころにはカースさんがやられてしまう。急いではいるが回避しながらではその分どうしても遅れてしまう。
――いっそ見捨てるか?
思考の冷徹な部分がささやきかけてくる。
なにしろ迷宮での死は疑似的なものだ。能力ダウンなどのペナルティこそあれど致命的な失陥などでは決してない。
そもそも彼女とは成り行きでごく短時間行動を共にしただけの間柄。身の安全について責任を負う義理もない。
助けられなかったところでカースさんもリスナーも俺を責めはしないはず。ならば彼女はさっさと諦めて自分の立ち回りだけを考えればいいのではないか――
(いまさら日和ってんなよ)
そんな思考を脳内で切って捨てる。
散々カースさんに助けられておいて今更それはナシだろうが。そんなクソダサい真似をしたくて探索者になったのか?
ンな訳がない。そうしなければ切り抜けられないのなら、俺はしょせんその程度の奴だったってことだ。
なによりカースさんの奮戦ぶりに俺はとっくに火が点いている。
本気で背中を預けられる実力者との共演。ソロでは味わえないこの昂ぶり。
このお祭りから降りるだなんて考えられない。目の前であんなすげえもん見せつけられて途中抜けなんてもったいない。
カースさんがやられればそれも終わる。そんな不完全燃焼な顛末はごめんだ。ならば必ず助ける。
ではどうするべきか。
ガロウズウィローはおそらく接近してくる相手をマークする。なら――
「……そっちばっか見てていいのかよっ!!」
意を決し、俺はあえて前線へ向かって行った。
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