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妖葉樹林12

「……なるほど」


 薄い霧の向こうにそびえる黒い柳の大木(ガロウズウィロー)を見据えながらカースさんがつぶやいた。


「私が最初にたどり着いたのは偽の"帰還の間"だった訳ですか」


 そんなことがあったのか。


 つまり俺は図らずも初手で正規ルートを選んでいたらしい。


 本来であれば運がいいと喜ぶべきなのだが……なんか微妙にモヤる。


 いや、ルート選択の存在すら知らないところにいきなり『正解!』って言われてもピンと来ないし。むしろオープンワールドゲームで『悪ノリ気分で探索してたら偶然物語の核心に迫る場所にたどり着いた』みたいな肩透かし感食らったと言うか。


「……そしてあの迷宮守(ボス)が灰色の葉っぱの主で、私をこの姿に変えた張本人だと」


 こちらはこちらで微妙に怨念のにじんだ声である。カースさん灰色の葉(あれ)に触れて獣化したらしいし、なかなかトサカに来ている様子である。


 といっても獣人になったことの悪影響はほぼなさそうではある。強いて言えばちょっと動きがぎこちない程度か。"隠密性低下"など他の効果を引き当てるより遥かにマシである。


 おそらく純粋に不覚を取ったことそのものを悔やんでいるのだろう。


 実害はないのでセーフ、で終わらせないこの意識の高さ。なんと見上げた心意気であろうか。狐の身体に秘めたその熱き探索者魂、俺も見習いたいものである。


「……っ!」


 そうこうしている間にガロウズウィローが枝を伸ばしてきた。


 いや、単に伸ばすだけではない。複数の細い枝を縄のように編み合わせて一本の太い枝を形成、頭上から豪快に振り下ろしてきた。


 大気が唸る重圧(プレッシャー)、スキルでの迎撃は不可能――即座に判断、側面へ駆ける。


 直後に地を叩き割るような轟音。黒土と小石が周囲で跳ね回る。


 臆さず接近しようとするも、それを阻むように伸ばされる通常の細い枝の群れ。


「〈ヒートエッジ〉!」


「〈氷面割(ひもわり)〉!」


 俺とカースさん、ふたりそれぞれスキルで対処する。だが数が多く、狙いもこれまで以上に精密だ。


 処理に手間取りわずかに足が緩まる、そのタイミングを見計らい足下から飛び出る鋭い根。かろうじて避けるもそこに枝から切り離され飛来する灰色の葉。たまらず後方に下がって距離を取る。


 すさまじい猛攻である。視界が晴れたにもかかわらずむしろ状況は悪くなってさえいる。


 この攻撃精度と連携。敵本体が直接探知しているためだろう。手段までは分からない。順当に考えればセンサー的な器官でこちらの魔力を探知しているのだろう。


 なんであれ押されている。俺たちは攻撃の対処で手一杯、とても攻め込む隙が見出だせない。


「……〈ファイアボール〉!」


 それでもなんとか遠距離魔術スキルを刻み、黒い巨木へ火球を放つ。


 大気にはためく炎が音を上げ、彼我の距離を詰めていく――だが漁網のように張られた枝がその軌道を遮る。


 かろうじてスキル操作で火球を曲げ回り込ませる。集中すれば網の隙間を通すくらいの技量はある――だがいまは俺自身の回避にも意識を割かねばならない。雑な迂回が精一杯であった。


 そのファイアボールも突き出た根と切り離された灰色の葉たちによって防がれる。ただの葉であればそのまま突き破っていたであろう、だがあれは魔物の一部。内包する魔力同士が干渉し合い火球が弾ける。


 灼熱が赤い華と開くも柵のように並び立つ根に阻まれ黒い樹皮には届かない。余波でいくつかの枝を灰にするのがせいぜいだった。


「くそ……っ!」


「ですがいまの一撃、敵にとっても食らいたくないものだったのでしょうね。動きにどこか"急ごしらえ感"がありました。それにこちらへの攻撃の手も緩んでいました」


 枝を捌きながらカースさんが言った。たった一度の攻防にもかかわらず抜け目なく分析していたのか。しかもあの猛攻に対処しながら。


「見えますか? 幹の部分に見えるあのコブ」


「はい」


 視線の先――もっと言えば防がれた〈ファイアボール〉の軌道の先、樹木のおおよそ中央部分に大きなコブが盛り上がっている。


「あれ、〈ファイアボール〉を防ごうとする際に脈動するように動いていました」


「そうなんですか?」


 敵の攻撃と爆炎で見えなかったが、カースさんからは確認できたらしい。


 コブそのものは俺も最初から認識していた。いちおう『敵の器官の一部』という可能性も頭の片隅に置いてはいた。


 もちろん確証はないので特別な意識は向けなかったが……こうなると思考のド真ん中に据えるべき存在となる。


「つまり奴にとって重要な部位ということでしょうか。あるいは弱点ということも」


「ええ。狙い目です。……ただそうしようにも敵の攻撃が激しすぎますね。これ中級ダンジョンの強さじゃないです……よっ!」


 言いながらカースさんは足元から飛び出る根を回避。


 方針は見えたがこの猛攻をかいくぐり接近するのは相当厳しい。単純に手数が多すぎるうえ、奴はこちらの隙を的確に突いてきているのだ。


 だが、カースさんによると〈ファイアボール〉が防がれる際に『攻撃の手が緩んでいた』らしい。


 つまり『敵の手数は有限で、かつ危険が及べば防御へリソースを割く』ってことじゃないのか。


 ……このままではどのみちすり潰されるのがオチ。賭けてみるか。


「カースさん、ここは役割を分けましょう。あなたは前衛でコブを狙ってください、頼めますか?」


「はい」


「コブを狙えば奴はそれを防ごうとあなたに攻撃を集中させるはず。その隙を俺が後ろから狙います」


「了解しました」


 さすがに理解が早い。カースさんは攻撃を捌きつつ、接近の機会をうかがう。


「――いま! 堂崎さん、行きますよ!」


 そしてカースさんが叫び、突っ込んで行く。


 ん?


 そういや俺、うっかり名乗り忘れていた。なのに彼女、俺の名前を知ってるのか。


 たぶん例の動画を視聴済みなのだろう。……いや、なんとなくそれだけではない気がする。


 うまくは言えないがもっとこちらを把握していると言うか、それに彼女の動きにどこかで見覚えが――


「っ!」


 って、のんびり考えてるヒマはないか!


 飛んできた灰色の葉を避けつつ俺は得物を構えた。

お読みいただきありがとうございます。

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