妖葉樹林6
―― 弧月アルテSIDE ――
「……もう帰還門……ですね」
コメント
・早い
・これで終わり?
・本当に迷宮守いないんだ
・ずいぶんあっさりしてるな
地上帰還用の赤い光の柱を前に私はつぶやいた。
ここへ到達するまで一時間弱といったところだ。私の実力(呪われても上級迷宮攻略者だ)を加味しても短すぎる。
道中はさして手強い魔物に遭遇しなかったし、やっかいな罠もなかった。
もちろん不審なものは見つけた。密集して落ちていた灰色の葉っぱ、そして森道に立ち込める霧だ。
だがわざわざ怪しげなものに近寄ることはない。両方とも避けて進んだ。結果、ごくスムーズにここへたどり着いたのである。
帰還ゲート手前の広間には本来存在するはずのボスもいない。
通常であれば帰還の間に用意された報酬を受け取り地上へ――という流れであるがそもそも宝箱さえない。
いくらなんでも呆気なさすぎる。これでクリアした、などと到底喜べる訳がない。
事前に得ていた情報の通りだ。このダンジョンにはまだなにか秘密がある。まだ終わってはいないのだ。そもそも攻略報酬がないのだからこのまま戻ったところでなんの旨味もないし。
「通常であればこのまま地上へ戻りますが、道中は短くてボスもいないこの状況はあまりに不自然です。まだ解き明かさなければならない謎があると感じられます」
コメント
・そうだね
・妥当ですね
・短いのはアルテちゃんの魔物討伐速度が早すぎるのが理由では……
・さすアル
・普通のダンジョンとは違うよね
・謎は謎だけど具体的にどうすりゃいいんだろ
「ひとまずは引き返してみましょう。そして怪しいものを調べたり、通っていない道を探してみます」
言うまでもなく両方とも心当たりがある。
前者は灰色の葉っぱ、後者は霧の先である。
そのうちの前者はどのような影響があるのか不明であり、迂闊に触れる訳にはいかない。
それに経験則だが『触れることで仕掛けが起動するスイッチの類』とも思えない。そういうものはもっと分かりやすく設置されるか、あるいは秘匿されるかである。そこらの地面に敷かれているだけ、というのは中途半端だ。
ならまず調べるべきは後者か。
そもそも最初に見た時からこう感じていたのだ。
『危ないから避けて通ったほうが無難だ』と。
そして同時にこう感じた。
『だけどこの奥にはなにかありそう』と。
当然だろう。"試練と迷宮の女神"ネリス様によって創造されたダンジョンは危険度と見返りが正比例する。
より強大な魔物と戦うほど勝利によって得られる報酬は豪華になる。
より過酷な困難を乗り越えるほど探索者は強く成長する。
向かい風が強いほどさらなる高みにへ昇ることができる。
それこそがダンジョンというものなのだ。
…………まあ現実には時々まれに『そのバランス破綻してません?』と疑問に思われなくもないダンジョンもたまにない訳でもないけど。
そんなダンジョンがあってもたいてい『だってネリス様だし』で納得されるけど。
どういう種類の納得かは……その、ええと……。
と、とにかく。そういうことなのである。
霧の向こう側になにかある、と考えるのはごく自然なことである。それこそ慎重を期して回避するのと同じくらい妥当な判断だ。
それが当たり前だ。
当たり前すぎるのだ。
必然、同じ結論に至った探索者などいくらでもいるはず。実際に霧の中へ足を踏み入れた探索者も同様だ。
にも関わらずクリア者はゼロなのである。
霧の内部に関する情報(wiki調べ)も少ない。ダンジョンが出現したばかりである現在はひとまずページ作成と簡単な情報編集だけ行われ、より詳しい内容は有志待ち……という段階ではある。
それを差し引いても情報が『視界が悪いので攻撃に注意しよう』程度しかないの
だ。普通はそれを情報と言わない。ただの常識だ。
そこまで少ないのはよほど突入者が少ないのか、情報がわからないのか……あるいは突入した者たちがすぐに引き返したのか。
さすがにもうしばらく経てばちゃんとした情報を執筆してくれる編集者も現れるだろうが……いまはこれだけしか分からない。
判然としないことは多いが……それでも行くしかない。せいぜい注意して進むとしよう。
方針を決定した私は精霊さんに向けて口を開く。
「まず真っ先に気になるのは途中で見た霧の道ですね。ひとまずそこへ引き返してみま……!」
ふと、葉の擦れるかすかな音が聞こえた。
一カ所から。いや別方向からも。
「敵です」
リスナーにつぶやき、即座に刀を抜いて構える。さらに揺れる葉音。
数はざっと十数体以上――来る。
刹那、周囲の茂みから魔物の群れが次々と飛び出してきた。
有角兎だ。集団で探索者を取り囲み頭部から生やした鹿のような形状の角で標的を突き刺してくる魔物である。
即座に周囲へ視界を巡らせる。
私を中心にざっと二時、七時、九時の方角に魔物集団。ついでに謎の灰色葉っぱも四時方向に確認。だが位置は離れている。無視していい。
ジャッカロープたちは飛び出した勢いを落とすことなく私へと向かってくる。剣術スキルを刻む。
「〈氷面割〉!」
発動。凍気を纏った刃を振るい先んじて飛びかかってきた一体を鋭く斬り捨てる。効果が途切れる前に返す刃をもう一体に。
ジャッカロープの攻撃方法はごく単純だ。角で刺す、それほぼ一択である。
代わりに小柄な体躯を活かした俊敏な動作は決して侮れない。そして彼らは賢い。同士討ちしずらいその小ささを自覚し、同時攻撃に積極的に利用してくる。
いまも正面の二体が地を駆け両側から狙ってきている。跳んで突き刺すか、あるいは左右に広がった形状を活かして足を引っ掛けるか。
そして背後の一体もすでに跳躍の姿勢に入っている。正面に気を取られた隙に飛びかかり胴体あたりを狙うつもりだろう。こうした多段連携にやられる中級者は少なくない。
だがあいにく私は慣れている。
「はっ!」
私は身体をひねりつつ水平に跳躍。ちょうど回転する独楽を横に傾けたような姿勢――その勢いを乗せた刀で二体をまとめて斬る。
沈み込むような姿勢で着地。同時に動作の余勢を駆り地面すれすれに一閃、背後の一体を両断。
その瞬間を狙い澄ましたように別の一体が駆けてきた。いいタイミングだ。特別聡い個体なのか、それとも単なる偶然か。
咄嗟に前転、突進を回避。すばやく姿勢を取る、と同時に周囲に視界を――
その時、はっきりと見えた。
灰色の葉っぱが動いているのだ。
さながら地に羽ばたく鳥影のように、まっすぐ私へと向かっていた。
(まずい――ッ!!)
回避――しようにも身体が動かなかった。前転直後のごく一瞬の硬直。ゼロコンマをはるかに下回る通常であれば隙にもならないはずの隙。
身じろぎする。本来の実力ならそれで範囲外へ逃がれられただろう。だが解けかけの呪いは私を逃さない――さながら髪の毛一本分の隙間へ滑り込むように灰色の葉っぱが身体に触れる。
そのまま葉が巻き上がり、私は魔力効果らしき紫色の光に包まれた。
苦痛はない。違和感も特に……いや、なにか得も言えぬ違和感が――
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