ダンジョンに脳を焼かれた男
俺こと堂崎大地は、七歳のころ迷宮に脳を焼かれた。
きっかけは事故でダンジョンに迷い込んだことだ。
地球とは別の次元に生成されているダンジョンは通常専用の施設を介さなければ入ることはできない。だが、なんの事情か公園の隅に入り口が開いてしまったらしい。
妹と遊んでいる時に茂みの奥でぼんやり光る穴に気づき、興味が湧いて近づき――足を引っかけてひとり内部へ転がり込んでしまった。
そのまま石造りの空間に投げ出された。戻ろうにも穴は二階くらいの高さにあったので自力では不可能。よくまあケガしなかったもんだと思う。
そして、途方に暮れて歩き回る俺の前に姿をあらわした異形の魔物たち!
どいつもこいつもデカいわ凶暴そうなツラしているわ。子供の俺はもう大混乱。
『ダンジョン内では死んでも生き返れる』のだが、当時はそんな知識など持っていない。
そのまま泣きながら全力で逃げ出した。だがしょせんは子供の脚力。すぐに先回りされ完全に逃げ道を塞がれた。
殺される――絶望感に支配され、その場に力なくへたり込んでいたその時。
(下がって!)
魔物たちの群れをかち割るように武器を手にした大人たちが飛び込んできた。
すぐさまひとりの女性にかばわれ両目を手で覆われたが――直前に、男性が放った炎が魔物を打ち倒す光景が俺の視界に入った。
完全に心を持っていかれた。
あんな恐ろしそうな化け物をやっつけるなんて。漫画みたいな技って本当にあったんだ。
まるでヒーローみたいだった。
あの感覚は"かっこいい"とか"すごい"だけではとても足りない。まさしく"焼かれた"としか言いようのない強烈な衝撃が幼い脳髄に刻み込まれていた。
(きみ、大丈夫だったか)
(なんでダンジョンに子供が?)
やがて魔物たちは蹴散らされ俺は無事に救助された。
事情を話し、記憶を頼りに最初の穴へ戻るまでのあいだ彼らの話を聞いた。
(僕たちは探索者だよ)
(たんさくしゃ?)
(ダンジョンの魔物と戦ったり、中にあるお宝を見つけて持って帰ったりする仕事なんだ)
(おたからってすごいの?)
(うん。例えばほら、この赤い石は"魔石"って言うんだ。マナってエネルギーが固まったもので、さっきみたいな魔物を倒すと落とすんだ)
(きれいだね)
(そうだね。それだけじゃなくて、研究すればどんなものでも作り出せる可能性があるものなんだ。電気でもガソリンでも食べ物でも)
(すごい! ぼくも"たんさくしゃ"になったらそれとれるの?)
(ああ)
(じゃあさっきみたいに火をだせるようにもなれるの?)
(ああ。がんばればきっとね)
(うん! がんばってなる!)
無事に地上へと戻り、連絡を受けていた警察に保護された(マスコミも取材に来ていてニュースにもなっていた)俺は、その日から探索者を目指して行動開始した。
筋トレなどで体を鍛え、近所の冒険者用道場へ通って武器の扱いを学び、書籍を買いあさって知識を仕入れた。
来る日も来る日も鍛錬に没頭した。
辛いとは思わなかった。寝ても覚めてもあの日あの時の光景がよみがえり、そのたびに俺の心を駆り立てた。
またあの場所に立ちたい。そして今度こそ自分の力で魔物たちと渡り合いたい。
その一心で自らを鍛え続けた。
それから十年ほど経った現在。
「――〈インフェルノ・バンカー〉ッ!!」
探索者になった俺は撃破不可能ボスを燃やしていた。
正確に言えば『藍晶の洞窟』迷宮主"雷霆の座主"の撃破チャレンジを行っていた。
"雷霆の座主"とは、高台に居座ったまま探索者へ一方的に雷を落としてくるだけの害悪水晶巨人である。
こちらからの攻撃はまったく効かない。探索者は奴の視界からコソコソ隠れながら奥にある帰還の間を目指し、もし見つかったら死なないよう全力で逃げ回れ――という趣向である。
俺は以前からずっと思っていた。
あのクソボス、一方的に攻撃できると思って調子に乗りやがって。テメェいっぺん吠え面かきやがれ。
こうも思っていた。
一ヶ所から動かないボスってことは隙デカいけど高威力なロマン技ブチかまし放題じゃん! やったぜラッキー!
「〈インフェルノ・バンカー〉ッ!!」
なので、休日を利用して俺はブチかますことにした。
事前に奴の死角となる場所に当たりをつけそこに移動。得物である身長ほどの大杖から高威力術技を撃ったら即退避。次の射撃ポイントへ移動して以下繰り返し。
周囲にザコがいない時は休憩タイム。貯金はたいて買い込んだ魔力回復薬を飲んで消耗した魔力を回復したりメシ食ったりするチャンスである。
トイレは空きペットボトルを用意。先人たちによって代々受け継がれてきた伝統的手法を用いてお花を摘み取る。
え? 人としての尊厳?
『お前はいらん』っつって追放したけどなにか?
「〈インフェルノ・バンカー〉ァッ!!」
おかげさまで二十四時間オーバーの長期戦にもバッチリ耐えられてるよあはははははははははははははははははははははたーのしーっ!!
コメント
ナナミン・無理しないで
・あ
ナナミン・休んだほうがいいよ
ナナミン・休みなさい
なおこの戦いの一部始終は自分の動画チャンネルでライブ配信中である。
といっても登録者数わずか七人、現在の同接数四人の底辺配信者だが。
コメントも数時間ごとにひとつ追加されるのがせいぜい。しかも大半は妹である。
妹の勧めでチャンネル開設した当初は『意外とすぐ登録者数三桁まで伸びたりして』とか思ってたんだけどね。
現実は一年近く経ってこのザマだよははははははははははははははははははっ!!
「〈インフェルノ・バンカー〉ァッ!!」
俺の叫びを乗せ、炎の杭は飛ぶ。
なんかもうテンションが振り切れててよく分からない。頭がクラクラする。視界がぼやける。そのくせ妙に感覚が研ぎ澄まされている。
これはアレだ。『ゾーンに入ってる』って奴だ。たぶん。
見れば先ほどの一撃で"雷霆の座主"の左腕が砕けていた。
手応えありッ!
行けるッ! 次で決めるッ!
俺は最後のマナポーションを飲み干しつつ群がるザコを蹴散らし、別の射撃ポイントへ。木製の大杖を構え、その先端を"雷霆の座主”へ向ける。
魔力はあと一発ぶんッ! 泣いても笑ってもこれで最後ッ!!
「〈インフェルノ・バンカー〉ァァァァァァ――――――ッ!!」
渾身の一撃を放つ。狙い寸分違わず、炎の切っ先が"雷霆の座主"の胸を捉える。
貫入。そして爆砕。
青い水晶巨人の内部で赤い炎が爆ぜ、その身体を上下真っ二つに引き裂く。
粉々に砕かれた巨人の身体は炎の中で赤黒い煙となってかき消えていった。
「…………」
元々倒せないはずの敵だ。ひょっとしたらしれっと復活するかも知れない。油断せず様子見。
だがいくら待ってもその気配はなかった。
「しゃああああぁぁぁぁ――――――っ!! やってやったぜざまぁみろオラアアアアァァァァ――――――ッ!!」
勝利を確信し雄叫びを上げる。同時にすばやく駆け出し、適当な段差を足がかりに高台の上へと跳び乗る。
撃破報酬を期待していたのだが――あいにく高台にはなにも残されていなかった。
敵性障害物はなんの報酬も落とさない、ってことか? くそっ。
残念だがまあいいや。ないことが分かったのも新しい知見には違いない。
それに不可能をねじ伏せた充実感、クソボスに目にもの見せてやった達成感。なにより丸一日以上ダンジョンに籠もって好き放題暴れられた爽快感こそ、俺にとって最大の報酬である。
とはいえさすがに疲労感も無視できない。気を抜いたらぶっ倒れるかも知れないし、さっさと家帰って寝たほうがいい。
「みなさん、検証結果出ました。結論は『がんばれば"雷霆の座主"は倒せる、ただし報酬はなし』です。さすがに限界なんで今回はここで終わります。ではお疲れさまでしたー」
俺はカメラ役の精霊さんに合図して配信を切る。
それから"帰還の間"へと移動し、内部の門で地上に戻った。
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