8 このロクでもないハイエルフ世界
魔導機兵によって編制された、聖骸機装騎士団という絶対的軍事力。
そして、何千年ものあいだ他国への侵攻を一度も行わず、
かつて世界が二分された大戦すら、酷薄なまでに静観を貫いたという歴史的事実。
それらすべてが、この国に「絶対中立国」という唯一無二の地位を与えた。
干渉せず、侵さず、ただ、微笑むだけ。
――だが、それこそが、最も冷たく、最も恐ろしい、世界を統べる力なのだ。
この世界は、始まりの女神という唯一神に仕える、ただひとつの統一宗教を戴いている。
幻想的なエルフの巫女たちの微笑みに象徴されるその信仰体系は、
甘く、優しく、どこまでも美しい。
民に信仰の強制はない。
信じるかどうかは、完全なる自由。
信仰を持たないことによる不利益も、一切存在しない。
――ただし。
他の宗教の樹立は、決して許されない。
異端や邪教の芽が、息を潜めて芽吹いたその夜。
黒衣を纏った耳の長い魔術師たちが、静かに現れる。
夜の帳に溶け込むように、嘴の長い鳥の仮面で顔を覆いながら。
そして、火が灯る。
根の一つすら残さぬように。
徹底的に、優雅に、焼き尽くす。
たとえ、その場所が独立国家の絶対不可侵領域であっても、だ。
かつて、異端を国教と宣言した小国があった。
その宣言から、わずか三日後。
その国は、地図からも、歴史からも、姿を消した。
――以来、この国が手を下す必要は、二度となくなった。
支配すれど、干渉せず。
君臨すれど、統治せず。
この世界に冠たる絶対盟主――
それが、ハイエルフ国家なのだ。
†
そんな世界の不可侵国家。
比類なき武力による安全保障と、大聖女をセンターに据えた神殿巫女グループという「パンとサーカス」。
人権侵害すれすれの労働環境と、容赦のない重税制度。
徴収された全ての税金は、ハイエルフ種という貴族階級の不労所得へと注ぎ込まれる。
美しく、冷酷で、甘美な檻。
それがこのハイエルフ国の“国家モデル”だ。
巫女たちは、互いの肩を踏みつけながら、果ての見えない頂を目指す。
寄進と呼ばれる投げ銭は、年に一度の精霊大祭にて一桁単位まで晒され、ランキング化。
勝者の歓喜も、敗者の涙も、すべて翌年の“浄財”へと変換されてゆく。
この国で暮らす者たち――
大多数の平民エルフと、少数の亜人種たちのわずかな可処分所得すら、“推し活”に溶けていく。
それでも誰も、この国から歩み去ろうとはしない。
――たとえ、その笑顔の裏の地下牢に、誰かの祈りが鎖でつながれていると知っていても。
なぜなら、彼らが見ているのは絶望ではない。
絶望すら照らし、光に変えて微笑む――
神殿巫女たちのステージだからだ。
†
……と、ここまでがこの国の“世界設定”らしい。
ひどい。ひどすぎる。
私が美食家だったら女将を呼んでるレベル。
ちなみに私は異世界ファンタジーの世界観にはちょっとばかりうるさい。
毎年特定の月になると、私の職場には星の数ほどの異世界設定が送り込まれてきた。
たまに、こういう“尖った奴”が混ざる。
だが、個性と評価は別問題だ。
なにより――
前半の濃厚なハイファンタジーと、後半の神殿アイドルによる総選挙的なシステムが、まったく接着していない。
明らかに世界観が乖離している。
言うなれば、未完の大作となったダークファンタジー世界に御当地アイドルアニメをねじ込んだような違和感。
“推し活”という人が灰色の日常を生き延びるための祈りや希望すらも、そのごく一側面だけが切り取られ、雑にカリカチュアされている。
その解像度の低さも、どうしても引っかかる。
――もしかしたら、
こういう経緯だったのかもしれない。
ライトノベル黎明期の頃に一世を風靡した、ダークファンタジー系の実力派作家。
その後しばらく沈黙していたが、久々に現れ、編集部に新作を持ち込んだ。
原稿は骨太で、文芸的で、相変わらず“濃い”。
……で、担当についたのが、入社2年目の若手。
「いやー、先生の構築力ほんとすごいです!まさに“古典ファンタジーの粋”って感じで……」
「ただ……やっぱり今の読者層って、もうちょっとこう、"応援できる対象"が欲しいっていうか……」
「たとえば、神殿で巫女がセンターを奪い合うみたいな? それだけで企画、格段に通しやすくなります」
「"浄財総選挙"とか、めちゃくちゃ映えません?」
「いえいえ、世界観そのままでいいんです!本当にちょっとだけ、時流を取り入れるだけで!」
――つまるところ、
「そうしないと企画会議通らないんスよね」
という暗黙の圧。
そんな圧をかけられた結果、作家も「そういう時代なんだ……」とつい頷いてしまった。
そういう気配が、この世界観からは、にじみ出ている。
再デビューしたい気持ちは、誰にだってある。
だから私はこの世界に文句を言っているのではない。
そうなってしまった経緯に、胸が痛むのだ。
こんな世界観、賞レースだったら――
下読みガチャの相性次第で一発退場。
書評すらも貰えない。
だが、それは作家や編集サイドが悪いのではない。
悪いのは、時流だ。
初動が全てとばかりに速攻デッキのような作品だけが光を浴びやすい市場が。
かつての業界の黎明期を支えた長期型デッキが日の目を見れない環境が。
――そうならざるを得なくなった、時代の流れそのものが。
いや――それでもやはり、責められるべきは、それを呑んでしまった作家自身だろう。
……なので創造主には、あえて猛省を促したい。
元・本職として。
そしてなによりも。
こんなヒドい異世界に、うっかり転生者として生まれ落ちてしまった“被害者”として。




