表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/45

4 平民エルフが落ちるとき

 私の拳――後に貴族学院の黒歴史の中で「人格矯正拳」と名付けられることになる鉄拳――が唸りをあげた、その直後。

 聖堂は、割れたグラスのような悲鳴と、祭りのような歓声で真っ二つに裂けた。


 吹き飛ばされたのは王太子だけではない。

 その背後で「我らこそ正義」フォーメーションをキめていたモブイケメンたちも、まとめて派手に転がっている。


 ……まあ、死んではいないはずだ。

 王太子は盛大に吹っ飛んで気絶する。

 そこまでが、さっき私が組んだ脚本だ。

 殺すつもりで殴るとは言ったが、本当に死なれたら困る。


 取り巻きのモブイケメン達は、ぴくりとも動かない。

 たぶんあれは気絶じゃない。

「巻き込まれた被害者」という体でやり過ごすための高度な政治判断だろう。

 賢い。嫌いじゃない。そういうとこだけは。


 そして。

 パイプオルガンの前から、あのショタエルフが倒れた王太子のもとへ駆け出していく。

「だ、大丈夫ですか……」とでも言いたげな表情で、白い顔をさらに白くして。


 ……どんだけお人好しなんだよ、アイツ。

 まあ問題ない。

 彼には事前に何も知らせていない。

 ただ「扇が開いたら弾いてくれ」と頼んだだけの、善意のアルバイトだ。

 報酬の受け渡しも、目撃者つき。

 証拠も証人も揃っている。


 万が一のときは、家名を出しただけでその場の空気が変わる生徒が、彼の無実を証言してくれる手筈になっている。

 完璧だ。


 ――よし。

 舞台の安全確認、終了。

 それじゃあ改めて。

 目の前の少女に、集中しよう。



 王太子という絶対的な後ろ盾が、文字通り木っ端微塵となった今。

 つい先刻までその腕の中にいた平民エルフの少女――リゼリアは、腰を抜かし、青ざめた顔で子猫のように震えていた。

 歯がカチカチと鳴り、恐怖のあまり後退ることすらできない。


 ミリエルは、その様子をしばし見下ろした後、ゆっくりと片膝をつく。


「なあ──」


 舞台の照明のように、ステンドグラスの光がミリエルの横顔を照らす。


「あそこで泡吹いて転がってるヤツが、本気で──

 お前の人生を預けるに値する人間だと、思ったのか?」


 リゼリアの視線が揺れる。

 この娘は、ほんの少しだけルートを外してしまっただけの、乙女ゲームの主人公。

 貴族学院の片隅で、自分の居場所をなくし、優しいだけの王子様にすがった少女。


 ──わかるよ、全部。履修済みだからな。


 人間やってた頃の「私」は、乙女ゲームだけが日々の慰めだった限界OLだった。

 夜景を見下ろしながら、スチルのスクショを溜めていた頃を、私はちゃんと覚えている。


 ちなみに編集部に異動になってからは、作品をマーケ側でしか見れないようになって、ホストクラブに通い始めたのは、また別の話。


 だから。


「自分を安売りすんなよ。」


 ミリエルは跪き、そっと人差し指で、リゼリアの涙を掬う。

 涙は、驚くほどあたたかかった。


「貴族ばっかの学院で、誰にも必要とされなかった……

 そんな中で、優しい言葉をかけられて、舞い上がっちまったんだろ?」


 リゼリアの唇が震える。

 喉がひくりと動き、かすかに、目が潤んだ。


「そんな安い生き方すんな。

 ツラは悪くないんだ。もったいない。」


 ──トゥンク。

 リゼリアの胸が、小さく鳴った。


「悪かったな……アイツより先に、

 お前を見つけてやれなくて」


 リゼリアの瞳が揺れ、長い睫毛の影が頬に落ちる。

 恐怖に縛られていた表情が、

 ふっとほどけ──

 ほんの一瞬、熱を帯びた光が宿る。


 その瞬間、私は確信した。

 よっしゃぁ……! 

 この娘、いま、完全に、

 “戻れない一線”に片足かけた!


 ……いや、良い。良いぞリゼリア。

 ハイエルフは美人すぎるんだよな、あれ。

 美人と可愛いの比率が8:2くらい。ちょっとツンとしすぎる。

 でも平民エルフだと、6.5:3.5。

 黄金比。最適解。


 ――爆上がりするテンションを、喉の奥で噛み殺す。

 落ち着け、私。

 ここで焦ったらナンバーにはなれない。 

 歌舞伎町が私に教えてくれた人類の叡智だ。


 乙女ゲーの世界でも。

 正解ルートはいつだって、一番甘い選択肢のひとつ手前だ。


「強制はしない。YESだったら目を瞑れ」


 顎に添えた指先。わずかな導き。


 少女のまつ毛が震え、やがて、静かに伏せられる。

 逃げ場を失った小動物が、それでも差し出された掌を信じてしまうように。


 唇が触れる。

 まるで、そこに在るべきものが、あるべき場所に落ち着いたような、自然な重なり。


 細い吐息が混じり、呼吸と心拍の境界が曖昧になっていく。

 淡い光が、ほどけるように消える。


 ミリエルは、耳元へ口を寄せた。


「寂しかったら、あたしの部屋に来い」

 危険なほどに甘い響きが、少女の凍りついた理性を溶かしていく。


「朝まで優しくしてやる。」

 静かに囁く声が、リゼリアの尖った耳を灼く。


 そして、最後に。


「……なるべく早く来いよ?

 お前を抱けないまま死罪になるのは、心残りだからな。」



 ──ああ、こんなイケメンに抱かれたい人生だった。

 特に、一番最初の人生で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ