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43 世界を、振り向かせろ

 月例大礼拝、開幕奉納。


 持ち時間は、わずか一曲。


 その一曲が記憶水晶に収められ、世界中の礼拝所へ送られる。

 大神殿前の大広場に組まれた舞台は、同期ライブで使った大礼拝堂の祭壇とは、比較にならないほど広い。


 客席の果ては、夜の中へ溶けて見えなくなっている。

 そこを埋め尽くす、奉光(ペンライト)


 金。青。赤。紫。


 数え切れない祈りの光が、夜空の星を地上へ引きずり下ろしたように揺れている。


 舞台中央に《Seraphic†Night》。

 そのすぐ後ろに、《Rosary†Chain》。

 左右には《ダブル・トラブル》をはじめ、同期の全ユニット。


 数十人分の衣装が、それぞれの色を残しながら、白と銀を基調に統一されている。


 衣装。

 歌。

 立体的に組まれた舞台。

 魔法照明。

 火柱。

 空中へ展開する光の翼。


 転調、三回。

 最高音は、ほぼ人権侵害。

 魔法のブーストがあっても声帯が悲鳴を上げる。


 誰だ。

 新人候補生の開幕奉納に、こんな全部盛りの企画を通したのは。


 まあ、私なんだけど。


「ミリ様」


 右隣のリュミエが、小声で呼ぶ。

 八重歯を見せて笑っているけれど、その指先は少し震えていた。


「ウチ、いまさら吐きそう」


「舞台の上ではやめてね」


「努力する」


「お姉さま」


 左隣から、リゼリアが私の手を握る。

 あたたかい。


「行きましょう」


 その声には、震え一つなかった。

 私だけを見つめる、いつもの微笑み。


「うん」


 二人の手を握り返す。


「世界を、振り向かせに」


 開演を告げる鐘が鳴った。

 舞台から、すべての光が消える。


 奉光(ペンライト)も。

 歓声も。

 広場を満たしていた数万人分の気配が、夜の底へ沈んでいく。


 完全な暗闇。


 その中央に、一筋だけ、銀色の光が落ちた。

 私の髪が、夜風に揺れる。

 伴奏は、まだない。


 息を吸う。


 最初の一節を、私一人で歌う。


『誰かが綴った運命(シナリオ)なら

 破り捨てて、また書けばいい』


 最後の音が夜空へ昇る。


 その瞬間。


 魔導弦琴が、雷鳴のように鳴り響いた。

 舞台を覆う魔法陣が、中心から外側へ一斉に点火する。


 銀。

 白。

 金。


 光の輪が大神殿の大階段を駆け上がり、最上段で弾けた。


 左から、リゼリアのパート。

 純白のスカートを翻し、私へ向かって手を伸ばす。


『たとえ楽園を追われても

 君と往く未来が楽園(エデン)になる』


 伸ばされた手を取る。

 指先が重なった瞬間、二人の背後に銀色の翼が開いた。


 右から、リュミエ。

 舞台の高低差を一息に駆け下り、そのまま客席へ飛び込むように身体を傾ける。


『泥だらけのこの両手で

 それでも明日(みらい)を掴むんだ!』


 金色の光が、リュミエの足元から客席へ走る。


 最前列。

 中央。

 最後列。


 奉光(ペンライト)が、波のように順番に灯った。


「みんなーっ!」


 リュミエが、夜空へ腕を突き上げる。


「声、出せるよね!」


 返ってきた歓声が、大神殿の白亜の壁を震わせた。


 第一サビ。

 打楽器が加速する。


『祈るだけじゃ、届かない

 ならば運命(シナリオ)ごと歌い変えろ』


 私たち三人が、中央で交差する。

 それぞれが光の尾を引き、三本の軌跡が一つの星を描く。


『傷も 罪も この(さだめ)

 すべて(つよさ)に変えて――』


 私たちの背後から、エリュシアの声が重なった。


 高く。

 澄んだ声。


 荒れ狂う魔導弦琴の音を貫き、それでいて、どの音とも争わない。

 ルフェリアが抜剣する。


 銀色の刃が光を薙ぎ、私たちを取り囲むように巨大な円を描く。

 その内側を、セレフィーが舞った。


 長い深緑の髪。

 広がる衣装の裾。

 爪先が床を打つたび、光の鎖が一本ずつ空中へ浮かび上がる。


『忘れられた祈り(うた)さえ

 この胸で終わらせはしない』


 エリュシアが歌う。


『ほどけた(きずな)を結び直して』


 ルフェリアの剣が、光の輪を断ち切る。


『新しい薔薇(あした)を咲かせよう!』


 セレフィーが両腕を広げた。

 千切れたはずの光の鎖が、その背後で結び直される。


 一輪の巨大な薔薇。

 その花弁が開くと同時に、舞台の左右から二つの影が飛び出した。


 ノエル。

 エルナ。


 同じ顔。

 同じ衣装。

 鏡写しの軌道で舞台を横切り、左右から私を指差す。


『鏡の向こうで笑うのは』

『誰より可愛い、もう一人の(あなた)!』


 二人が中央で背中合わせになる。


「おにーさん、おねーさん!」

「声、ちっさくなーい?」


 客席から、さらに大きな歓声が押し寄せた。


「まだまだぁ!」

「よわよわー!」


 奉光(ペンライト)が激しく振られる。

 二人は満足そうに笑い、同時に床を蹴った。


二つの星(ふたり)なら、もっと眩しい(かがやける)!』


 空中で伸ばされた二人の指先が触れる。

 金色の光が弾けた。

 その光を合図に、同期全員が動き出す。


 十二のユニット。

 数十人の巫女候補生。


 大階段の上段から、下段へ。

 左右から、中央へ。

 ばらばらだった色が、巨大な一つの隊列へ組み上がっていく。


 一人の足が、半拍だけ遅れた。

 別の一人の衣装の裾が、隣の子の腕へ触れた。


 双子ちゃんは、少し前へ出すぎている。

 完璧ではない。


 今回、私は能力(チートスキル)を使わなかった。

 因果の糸を引き寄せない。

 失敗を脚本で消さない。


 リュミエが、遅れた子の手を取る。

 ルフェリアが歩幅を変え、崩れかけた列を戻す。

 エリュシアが息を長く伸ばし、全員が次の拍へ追いつくまで旋律を支える。


 誰かが躓けば。

 隣の誰かが、手を伸ばす。

 それでいい。


 これは、私一人の舞台ではない。


 間奏が終わる。

 楽器の音が、一つずつ消えていく。

 魔導弦琴。

 打楽器。

 風琴。


 最後に残った一音も、夜へ溶けた。

 舞台中央に、私だけが立つ。


『ひとりでは、届かない』


 すぐ後ろで、靴音がした。

 リゼリアが、私の左手を取る。


『だからあなたと、届きたい』


 リュミエが、右手を掴む。


転んだ数(きずのかず)だけ、手を繋いで』


 エリュシアの声が重なる。


『消えかけた祈り(おもい)を、拾い集めて』


 ルフェリア。

 セレフィー。

 ノエル。

 エルナ。

 そして、同期全員。


『いま――新しい祈り(あした)になる!』


 転調。

 半音上へ。

 最後の大サビ。

 すべての楽器が、一斉に鳴り響く。


『祈るだけじゃ、届かない

 ならば運命(シナリオ)ごと歌い変えろ!』


 火柱が上がる。

 左右から打ち上げられた光が、大神殿の尖塔より高く夜空を駆け上がった。


『傷も 罪も この(さだめ)

 すべて(つよさ)に変えて――』


 ロザチェが作り出した光の鎖が、舞台全体を螺旋状に包む。

 双子ちゃんの二つの光が、その周囲を流星のように駆け抜ける。

 同期たちの祈願魔法が加わる。


 赤。

 青。

 緑。

 紫。


 無数の光が一つに束ねられ、巨大な翼となって夜空へ開いた。


『Break the night!』


 リュミエが叫ぶ。


「もっと!」


 客席が応える。


『Break the night!』


 大地が震えた。


『まだ見ぬ(あした)を奪い取れ

 誰かに選ばれる未来はいらない!』


 リゼリアが私の手を強く握る。

 反対側から、リュミエの指が絡む。


『世界が私たちを拒むなら――』


 すべての楽器が、止まった。


 静寂。

 私は正面に浮かぶ、遠隔投影用の記憶水晶を見据える。


 この向こうにいる。

 まだ私たちの名前を知らない人。


 神殿都市から遠く離れた人。

 いつか、この記録を見る人。


 全員へ届くように。


 私は水晶を真っ直ぐ指差し、最後の一節を叩きつけた。


『この声で――世界を、振り向かせろ!』


 光が、爆発した。


 銀色の翼。

 金色の星。

 深紅の薔薇。


 すべてが夜空の中心で重なり、巨大な光の輪となって大神殿を包み込む。


 一拍。

 二拍。


 最後の音が消える。


 舞台上の光が、すべて落ちた。

 残されたのは、荒い呼吸。

 繋いだ手の熱。


 そして――


 客席の最前列に、一つの奉光(ペンライト)が灯った。


 続いて、その隣。

 その後ろ。


 光は波となって広場を走り、遠く、夜の果てまで埋め尽くしていく。


 金。

 青。

 赤。

 紫。


 見渡す限りの奉光(ペンライト)が、私たちへ向かって揺れている。


 まるで。


 地上と夜空が、同時に星で埋まったようだった。


 ――世界が、振り向いた。

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