38 双子ちゃんと法王と直訴
そう、時は少し遡る。
同期ライブ開幕、一刻前。
控室の隅で、双子ちゃんが震えていた。
「ざ、ざぁこ……」
「よ、よわよわ……」
声が小さい。
膝も笑っている。
観客を挑発するはずの決め台詞が、完全に自己紹介と化していた。
揃いの衣装。揃いの髪型。鏡写しのように同じ顔をした二人が、互いの手を握りしめ、仲良くガクブルしている。
可愛い。
めっちゃ可愛い。
「ミリ様ぁ……」
「ウチら、やっぱ無理かも……」
無理もない。
同期ライブの予選落ちは、単なる一敗ではない。
制度上は、その後も巫女候補生でいられる。だが、公開舞台で上位に残れなかったユニットへ、限られたレッスン枠や奉納公演の出番が優先的に回ってくることはない。
人気がなければ、舞台に立てない。
舞台に立てなければ、人気も出ない。
一度入ったら自力では出られない、芸能界の由緒正しき螺旋構造である。
予選落ちした巫女候補生が、その後どうにかデビューできたところで、望みは薄い。
ラノベでいうならば、賞レース受賞作でも、大御所作家の新シリーズでもない。大して宣伝もされず、人知れず刊行され、人知れず初週POS500位圏外。そして、始まったことすら誰にも気づかれないまま、打ち切りだけが確定する。そういう新シリーズみたいなものだ。
つまり予選落ちは、巫女コース離脱への特急券。
端役、地方巡業、裏方補助。そこから這い上がった前例がないわけではないが、それを前提に人生設計するくらいなら、ゴミ捨て場で拾った錆びた剣が伝説の聖剣である可能性に賭けた方がまだ建設的だ。
「大丈夫」
私は二人の間に身体を滑り込ませ、その肩を同時に抱き寄せた。
「ひゃっ」
「ミ、ミリ様!?」
右頬に、右の双子ちゃん。
左頬に、左の双子ちゃん。
二人の柔らかな頬へ、こちらからも頬をぴったり寄せる。
右の頬を叩かれたら左の頬を出しなさい、のエルフの双子ちゃんバージョンだ。
ゴメン、幸せすぎて自分でもちょっと何言ってるかわからない。
温かい。
柔らかい。
左右から同じ顔の美少女に挟まれるという、人類が文明を築いた理由そのものみたいな状況である。
生きててよかった。
三度も転生して、本当によかった。
「いつも通りにやれば、絶対に予選は通るから」
「……ほんと?」
「絶対?」
もちろん。
そう断言できるだけの理由が、私にはあった。
†
数日前。
教官室へ呼び出された私は、ミーナと机を挟んで向かい合っていた。
窓から差し込む夕陽が、書類の山を橙色に染めている。ミーナは双子ちゃんのユニット登録書を手に、眼鏡の奥から私を見つめていた。
「一つ、聞きたいんだけど」
「こうして二人っきりになって嬉しい?という質問だったり?」
「違う。そこに座れ」
残念。
言われた通り、机の前の椅子に腰を下ろす。
「双子ちゃんを、ああいうふうにしたのはミリエル?」
「ああいうふう?」
「『ざぁこ』とか、『よわよわ』とか言わせてるの」
「可愛いでしょう?」
「それを教えたの、あんたなのね?」
「はい」
隠す必要もないので、素直に認める。
最初の双子ちゃんは、確かに息が合っていた。
同じ顔。同じ体格。同じ声。
振付も綺麗に揃っていて、どこを見ても破綻がない。
そして、何も残らなかった。
双子という時点で希少価値は高いのに、二人とも無難な神殿アイドルを演じようとして、最大の武器を自分たちで鞘に収めていたのだ。
「だって、生存戦略としてあれが最適解でしょ?」
「生存戦略?」
「正直、決勝には残りにくい。芸術点や歌唱力で、どうしても専門特化のユニットに負けるから。でも、予選落ちすることは絶対にない」
双子。
ギャル。
メスガキ。
その三つが揃って、需要がないはずがない。
王道のセンター候補ではない。だが、一定数の心には確実に刺さる。しかも刺さったら抜けない。
「売る側から見れば、鉄板の商品価値ではなくて?それにあえて二人だけのユニットとして残しておけば、後からどうにでも使える」
「どうにでもって……」
「上位ユニットのブーストにも、下位ユニットのテコ入れにも。合同公演へ呼べば場が明るくなるし、期間限定で誰かと組ませても絵になる。双子の完成された関係性があるから、単独でも商品として自立できる」
メインヒロインにはならなくても、人気投票で毎回上位に入り、外伝や限定特典にも高確率で起用されるタイプ。
売る側からすると、死ぬほど便利。
そういう枠である。
ミーナはしばらく無言で私を見ていた。
「……神殿企画室の神官たちと同じこと言ってる」
「神官たち?」
「昨日の編成会議。あの子たちは汎用性が高いから、独立した二人組として本戦までは残す方針で固まったの。上位の補強にも、下位の救済にも使えるって、あんたと同じような話をしてたわ。……こわっ」
ほらね。
現場の感覚と経営判断が一致した。健全な組織運営である。
ちなみにこの神殿には、神殿企画室をはじめ、生産管理局、営業企画局、宣伝事業局といったセクションが存在している。
枢機卿まで上り詰める神官のほとんどは、若手のうちにこの段階で結果を出すことが求められているので、必死だ。ちなみにかつてのエリートコースだった検邪聖省や慈善奉仕省は、アイドルの売り方がわからない役立たずが配属される左遷部署とされている。
ミーナは、わずかに椅子を引いた。
「あのさ。あんたって、何者なの?」
「んー?」
私は椅子から立ち上がった。
「教えてほしい?」
机を回り込み、ミーナの背後へ。
銀色の髪の隙間から、長い耳が覗いている。ハイエルフほどではないけれど、綺麗に尖った耳。
その先端へ、そっと唇を寄せる。
「ひゃあっ!?」
ミーナが跳ねた。
「ちょ、ちょっと! 何すんのよ!」
「いやー、私もご褒美ほしいなぁと思って」
「だからって教官の耳を噛む生徒がどこにいるの!」
「ここに」
「反省しなさい!」
私はミーナの椅子の背に腕を置き、顔を覗き込む。
耳まで真っ赤だ。
普段はあれだけ凛々しいのに、こういう攻めにはびっくりするほど弱い。
「ていうか、ミーナ教官って、いまフリーじゃなかった?」
ニヤニヤ。
あえて、絶妙な笑みを浮かべる。
何も知らず、たまたま言っているだけなのか。
どちらとも取れる、実に趣味の悪い笑顔である。
ミーナの瞳が揺れた。
「ちょっ……生徒と教官よ?」
「生徒と教官じゃなければいいんだ?」
「そういうわけじゃ……!」
「じゃあさ」
耳元へ口を寄せ、囁く。
「セラナイが優勝したら、お願い一個、聞いてよ」
「は?」
「じゃなきゃ私、頑張れないかもー」
「いま双子を商品として冷静に分析してた人間が、何を言ってるのよ!」
「それとこれとは別問題ですぅ」
ミーナは何かを言いかけ、やめた。
私の顔と、机の上に積まれた同期ライブ関連の書類を交互に見る。
「……内容に、よるからね」
「やった。言質いただきました」
「まだ何も約束してない!」
十分。
交渉とは、相手が席を立たなかった時点で半分成功している。
†
「絶対の、絶対?」
双子ちゃんの声で、意識が控室へ戻る。
私の両腕の中で、二人はまだ小さく震えていた。
「うん。絶対の絶対」
「でも、もし……」
「予選落ちしちゃったら……」
「そのときは、私が法王に直訴してあげる」
二人が、同時に顔を上げた。
「法王に……?」
「ミリ様が……?」
「そう。『この子たちを落とすなんて、審査の方がおかしい』って、聖都の一番偉い人に直接文句を言ってあげる」
まあ実際にそんなことしたら神殿から追放されるかもだけど。
「だから、何も心配しなくていい。いつも通り、二人で舞台を楽しんできて」
双子ちゃんの瞳に、涙が浮かんだ。
「ミリ様ぁ……」
「大好きぃ……」
「うんうん。私も二人とも大好きだよ」
もう一度、強く抱き締める。
右の片頬へ、私の右頬。
左の片頬へ、私の左頬。
双子ちゃんからは見えない。
だが、二人の泣き顔の間から覗く私の顔には、悪役令嬢時代の笑みが浮かんでいた。
この二人が予選を通ることは、もうわかっている。
実力。
個性。
観客の需要。
ついでに、神殿側の編成方針まで確認済み。
確定している結果を保証するのは、ノーリスクだ。
その対価が、いま両頬に伝わる美少女双子エルフの体温だなんて、最高のディールだ。
がんばってね、双子ちゃん。
君たちはいつか必ず私のものにしてみせるから。




