37 同じ歌でも、勝ち方は違う
同期ライブ当日。
神殿の大礼拝堂から長椅子の半分が撤去され、代わりに立ち見用の柵と奉光集計用の水晶盤が設置されていた。
祈る場所が、推す場所へ。
神様も、自分の家がライブハウスに改装されるとは思わなかっただろう。いまのところ神罰が落ちていないので、黙認ということで話を進める。
どこの世界でも神様はお金が好きなのだ。この世界も例外ではないのだろう。
出場ユニットは全十二組。
予選では全組が課題曲《きらめけ! ホーリー☆ハート》を披露し、教官たちによる技術審査と、観客から捧げられた奉光の合計で上位四組を決める。
準決勝からは自由演目。
つまり予選では、同じ素材をどう料理するかが問われる。
新人賞の応募作に「全員、冒頭は婚約破棄から始めてください」という共通課題を出すようなものだ。
たぶん九割くらい悪役令嬢になる。
「ミリ様ぁ……ウチ、吐きそう」
舞台袖で、リュミエが青い顔をしていた。さっきから何度も衣装の裾を直し、深呼吸を繰り返している。
対してリゼリアは、いつも通り落ち着いていた。
「観客なんて、畑のカボチャだと思えばいいんですよ」
「カボチャが何百個も並んで、こっち見てる方が怖くない!?」
「リュミエ」
私は彼女の両頬を挟み、強制的にこちらを向かせた。
「客席にいるのは、まだ推しが決まっていない浮動票よ」
「急に選挙みたいになった」
「怖がる必要はない。全員、将来のファン候補。つまり見込み客」
「もっと嫌な言い方になったんだけど!?」
大丈夫。ツッコミができるなら、まだ余裕がある。
係員が指を三本立てた。
三組前。
二組前。
そして――私たちの名が呼ばれる。
『続いては、《Seraphic†Night》!』
歓声が、舞台袖まで押し寄せた。
まだ結成したばかりなのに、私の名前を呼ぶ声がいくつも混じっている。ありがたい。既存顧客は大切にしなければならない。
私は二人へ手を差し出した。
リゼリアが、迷わず重ねる。リュミエも一度だけ深呼吸して、その上へ手を置いた。
「行くよ」
「はい、お姉さま」
「……うん。やったる!」
三人で、光の中へ踏み出した。
前奏。
客席を埋め尽くす人、人、人。
売店で購入された祈りの光が無数の星のように揺れ、天井近くのステンドグラスまで淡く照らしている。
私は中央で半歩前へ出た。
能力は使いすぎない。歌唱補正も、身体強化も最低限。
私一人で勝つためではない。
三人を見つけてもらうための舞台だ。
最初の歌い出しを、私が取る。
客席の視線が集まったところで半歩下がり、リュミエを前へ送り出す。
一瞬だけ、彼女の瞳に怯えが浮かんだ。
でも、怯えるにはもう遅い。
数百人分の視線を浴びながら、リュミエは口角を上げた。
八重歯が覗く。
「みんなー!一緒に行くよっ!」
客席から、歓声が返ってくる。
その瞬間、リュミエの顔から緊張が消えた。
強い。
やっぱり、この子は客席と会話させると強い。
歌を聴かせるのではなく、自分たちの輪の中へ観客を引っ張り込む。昨日まで背景になろうとしていた子が、今は大礼拝堂全体を友達の集まりに変えている。
二番。
リゼリアは、まだ私を見ない。
祈るように瞳を伏せ、胸元で両手を重ねている。
そして、歌詞の中で離れ離れになった二人が再会する、その瞬間。
顔を上げた。
まっすぐ私を見つめる。
客席から、小さなどよめきが起きた。
そりゃそうだ。
演技ではない。
ガチの目だ。
アイドル百合営業の最大の弱点は、営業っぽく見えてしまうことである。
ならば、本気の女を一人混ぜればいい。解決。
サビへ入る。
三人で前へ。
リュミエが客席に手を伸ばす。私はその背後から祈りの光を広げ、リゼリアが私たちを追う。
ターン。
そこで、リュミエの靴が床を滑った。
ほんの半拍。
練習なら、明確な失敗だった。
リュミエの顔が強張る。反射的に伸ばされた手を、私は掴んだ。
そのまま引き寄せ、私を軸に一回転させる。
リゼリアも即座に動線を変え、私たちの周囲を舞うように回り込んだ。
事故によって崩れた隊列が、三人の輪へ変わる。
客席から、今日一番の歓声が上がった。
リュミエが目を丸くする。
私は笑って、手を離す。
ライブにおいて、失敗と演出の違いは一つしかない。
客が気づいたか、気づかなかったかだ。
最後の一拍。
三人で作ったハートから、金色の祝福を客席へ撃ち出す。
「――ありがとうございました!」
歓声と拍手が、大礼拝堂を満たした。
舞台袖へ戻った瞬間、リュミエがその場にしゃがみ込んだ。
「死ぬ……心臓、死ぬ……」
「よく立て直したね」
「ミリ様が助けてくれたんじゃん……」
「私は手を取っただけ。最後まで笑ってたのはリュミエだよ」
リュミエが顔を上げる。
泣きそうな、笑いそうな、妙な顔をしていた。
「お姉さま」
リゼリアが、私の反対側の腕を抱く。
「私も、最後までお姉さまだけを見ていました」
「うん。次はもう少し客席も見ようね」
「努力はしました」
努力が必要な時点で、やはり何かがおかしい。そこはかとなく身の危険を感じる。
だが、舞台は成功した。
それだけは間違いない。
その後も、同じ《きらめけ! ホーリー☆ハート》が何度も披露された。
可愛らしさを押し出すユニット。魔法演出に特化したユニット。全員の動きを寸分違わず揃えた正統派。
そして、最後に登場したのが――
《Rosary†Chain》。
エリュシアの歌が、大礼拝堂の空気を一瞬で塗り替えた。
軽快な課題曲から余分な甘さを取り除き、旋律の奥に残っていた祈りを掬い上げる。
ルフェリアの剣が光を切り分け、セレフィーの舞が二人を繋ぐ。
サビで作られるハートは、開花直前の薔薇。
三人の腕を結ぶ動線は、一本の鎖。
同じ歌。
同じ振付。
それなのに、私たちとはまるで違う舞台だった。
「……すご」
隣で、リュミエが呟く。
「お姉さまの方が素敵です」
「比較対象が私だけなの、そろそろどうにかしようか」
やがて、予選結果が水晶盤に表示された。
一位、《Rosary†Chain》。
二位、《Seraphic†Night》。
差は、十二点。
技術審査ではロザリーチェーンが首位。奉光数では私たちが首位だった。
芸で祈らせたユニットと、観客を巻き込んだユニット。
勝ち方の違いが、そのまま数字になったような結果である。
「予選とはいえ、負けましたね」
リゼリアが悔しそうに唇を結ぶ。
「いいよ。ここで一位を取る必要はない」
「でも……」
「最後に勝てばそれで良し。演出みたいなもんよ」
予選を通過したのは、上位四組。
一位と四位、二位と三位に分かれ、準決勝を行う。
私たちの相手は――例の双子ちゃんだった。




