36 揃えるのと、繋げるのは違う
「お疲れさま、ミリ様」
ルフェリアが、気だるげに片手を上げる。
肩には細身の模造剣。眼鏡の奥の目は、いつも通り眠たそうだ。
「ありがとう。次、使わせてもらうね」
親しげな笑み。
誰にでも開かれた、感じのいいお姉さん。
うん。やっぱりこの女、競合として嫌い。
ルフェリアの後ろでは、エリュシアが楽譜を胸に抱えている。セレフィーは長い深緑の髪を高い位置で結び直していた。
長身で、舞踏家としては目を引くほど豊かな体格。
けれど、ひとたび背筋を伸ばすと、身体の線より先に立ち姿の美しさが目に入る。
私は荷物をまとめるふりをしながら、壁際へ移動した。
「お姉さま?」
「競合調査」
「見学ですね!」
「言い方」
ミーナも止めなかった。
むしろ、見ておけという顔をしている。
《きらめけ!ホーリー☆ハート》の前奏が流れ始めた。
「一度、止めてください」
セレフィーが言った。
大人しい声だった。
「伴奏なしで、歌から確認したいです」
エリュシアが頷き、静かに息を吸う。
最初の一音。
先ほどまで軽薄な電子音で満たされていた舞踏室に、澄んだ歌声が響いた。
同じ曲のはずだった。
なのに、まるで違う。
エリュシアは、可愛らしく跳ねる旋律から装飾を外し、その奥にある祈りの流れだけを拾い上げている。
ルフェリアが模造剣を抜いた。
歌の切れ目に合わせ、刃が空を裂く。
踏み込み。払い。返し。
剣舞の型を崩してはいない。けれど、現代曲の拍へ収まるよう、余分な静止だけが削られている。
そこへ、セレフィーの舞が重なった。
腕が伸びる。腰が沈む。爪先が床を撫で、そのまま身体が風にさらわれたように回転する。
大きい。
動きが、ではない。
使っている空間が大きい。
一歩しか進んでいないのに、舞踏室そのものが彼女の身体へ引き寄せられたように見える。
「エリュシア。二節目、少しだけ息を長く使える?」
「このくらい?」
「もう半拍。ルフェリアは、そこで剣を返さないで。切っ先を残して」
「曲とずれない?」
「私が間を繋ぐ」
セレフィーが答える。
伴奏がないのに、彼女の中には正確な拍が流れているらしい。
再開。
エリュシアの声が伸びる。
ルフェリアの切っ先が、空中に留まる。
その刃の下を、セレフィーがくぐり抜ける。
歌が道を示し、剣が穢れを払い、舞が祝福へ形を与える。
三柱の奉納芸。
タカシがこの神殿をアイドル文化で魔改造する以前、絶対的な主流だった三つの神前芸能が、ポップな転生者ソングの上で、ひとつに繋がっていく。
私たちとは、まるで逆だ。
私たちは、三人の違いを前へ押し出し、関係性を作ろうとしている。
彼女たちは、それぞれの芸を決して曲げない。
曲げないまま、接点だけを正確に繋いでいる。
「サビの振り、どうする?」
エリュシアが、少し困ったように両手でハートを作る。
「これを入れないと、課題振付から外れるよね」
「入れよう」
セレフィーは即答した。
「ただし、指先を閉じ切らないで。花が開く直前で止めて」
胸元に作られたハートが、わずかに形を変える。
それだけで、幼い愛情表現が、薔薇の蕾に変わった。
「その後、私が二人の腕を取る。ルフェリアは外側から剣を回して」
「鎖みたいに?」
「うん。三人を繋ぐように」
薔薇と鎖。
ユニット名そのものを、一連の振付へ落とし込むつもりらしい。
何その完成度。
結成して何日?
企画会議に、ロゴとキービジュアルと主題歌デモまで持ってくるタイプの新人?
普通はまず、プロットでコンセプトを説明するところから始めるんだよ?
「お姉さま」
リゼリアが、私の袖を引いた。
「帰らないんですか?」
「もう少しだけ」
「誰が気になってるんですか?」
「全員見てるよ」
「……そうですか」
声が一段低い。
伴奏が、最初から流れ始める。
今度は、三人とも止まらなかった。
エリュシアの歌が場を支配する。
ルフェリアの剣が空間を切り分ける。
セレフィーの舞が、離れた二人を繋いでいく。
笑顔は少ない。
客席へ媚びる仕草もない。
それでも目が離せなかった。
彼女たちは、観客に好かれようとしているのではない。
観客の向こう側にある何かに祈っている。
最後の一拍。
エリュシアの手に咲いた薔薇を、ルフェリアの剣が守り、セレフィーの両腕が鎖のように二人を繋ぐ。
静止。
舞踏室に、長い余韻だけが残った。
ルフェリアが顔を上げる。
鏡越しに、私と目が合った。
眠たげだった目が、わずかに細められる。
模造剣の切っ先が、ゆっくりと持ち上がった。
鏡の中の私を、まっすぐに指す。
偶然。
振付の確認。
そう解釈する余地は、十分にある。
そのうえで、ルフェリアは笑った。
なるほど。
宣戦布告まで、演出の中に組み込むタイプか。
「どうだった?」
隣に立つミーナが、小声で尋ねる。
「嫌いです」
「そう」
「あんなに売れそうな競合、好きになれるわけないでしょう」
私たちは、まだ三人を揃えようとしている。
彼女たちは、すでに三人を繋ぎ始めている。
完成への道は、正反対。
けれど、目指す舞台は同じだ。
《Rosary†Chain》。
うん。
売れる。
――だから、決勝で潰す。




