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35 上級職、レベル1

 同期ライブの予選課題曲は、《きらめけ!ホーリー☆ハート》だった。


 明るい四拍子。覚えやすい旋律。サビでは両手でハートを作り、最後は客席へ向かって祝福を撃ち出す。

 神殿アイドル黎明期に転生者が作った、由緒正しいアニソンである。


 由緒正しいアニソンという言葉に矛盾を感じた君。

 正常。


「ミリエル! ハートが大きすぎる!」


「はい!」


「リゼリア! ミリエルを見るな!」


「見ていません!」


「見てる! 鏡越しに見てる!」


「鏡の中のお姉さまは、お姉さまではないということですか?」


「禅問答を始めるな!」


 早朝の舞踏室に、ミーナの怒声が響き渡る。


「リュミエ! 遅れてる!」


「胸の前でハート作る振り、物理的に邪魔なんですけどぉ!」


「体型のせいにしない!」


「ミリ様だってこっち側じゃん!?」


「私は祈願魔法で空間を最適化して自動で寄せてるから」


「ズルじゃん!」


「全員、口を動かす前に身体を動かせ!」


 はい。

 課題は山積みである。


 私たちは、上級職に転職したてのレベル1。

 前回そう評したばかりだが、訂正したい。


 レベル以前の問題だった。


 私が攻略しているのは客席。

 リゼリアが攻略しているのは私。

 リュミエは攻略を諦め、初期地点で隠密行動を開始している。


 同じパーティなのに、誰ひとり同じゲームをしていない。


「もう一度、サビから!」


 伴奏が流れる。

 私は中央。リゼリアは左。リュミエは右。


 最初の四拍までは揃っていた。

 五拍目、私が客席を意識して身体を半分開く。リゼリアが反射的についてくる。リュミエは正面を向いたままなので、三人の隊列が崩れる。


 続くターンでは、リュミエの腰の入った動きが想定以上に大きく、リゼリアの腕とぶつかりかけた。

 リゼリアは避ける。

 避けながらも、私を見る。

 怖い。


「止め!」


 音楽が止まった。

 鏡の中には、息ひとつ乱していない完璧な銀髪ハイエルフと、そんな私を一途に見つめる正統派美少女と、二人の濃度に圧迫されて若干端へ寄っているギャルが映っている。

 同じ制服を着ているという事実だけで、どうにか同じ作品の登場人物に見えている状態だ。


「……ミリエル」


「はい」


「何が悪いと思う?」


「リゼリアが私を好きすぎる」


「お姉さま?」


「今のは褒めてる」


 リゼリアが満足そうに微笑んだ。


「そこじゃない!」


 ミーナが額を押さえる。

 わかっている。

 私が光りすぎる。リゼリアは私に合わせすぎる。リュミエは私たちに遠慮しすぎる。


 では、三人の出力を平均化すればいいのか。

 たぶん、違う。

 私の出力を落とし、リゼリアの視線を矯正し、リュミエの動きを正統派に寄せる。そうすれば、形だけは綺麗に揃うだろう。


 ただし、全員の魅力が三割くらい死ぬ。

 尖った企画を会議に通すため、各部署の意見を平等に取り入れた結果、誰が読みたいのかわからない無味無臭の作品が完成するやつだ。初週1000部切って即打ち切りが決まるようなの。


 調整とは、削ることではない。

 使い道を決めることだ。


「ミーナ教官。少し、振りを変えてもいいですか?」


「課題曲だから、大枠は変えられないわよ」


「立ち位置と、視線だけです」


 私はリゼリアの肩に手を置き、開始位置を半歩後ろへ下げる。


「リゼリア。私を見てもいいよ」


「よろしいのですか?」


「ただし、最初からずっと見ないで。二番の歌い出しで、初めて私を見つけて」


「お姉さまを、見失えと?」


 声が震えている。

 そんな悲壮な覚悟を求めたつもりはない。


「舞台の上だけだから。八小節で再会できるよ」


「……頑張ります」


 頑張らないとできないんだ。身の危険を感じる。

 次に、リュミエの両肩を掴んで、半歩前へ押し出す。


「リュミエは、サビで私より前に出て」


「えっ、無理無理! それ、絶対ミリ様に食われるやつじゃん!」


「食わないよ。リュミエが客席に手を伸ばしたら、私は後ろから光を足す」


「でも、ウチだけ振り遅れたら……」


「笑って誤魔化して」


「雑ぅ!」


「違う。リュミエの場合、間違えても笑えば、それが正解に見える」


 客席から手を伸ばせば、笑って掴み返してくれそうな光。

 昨日、初めて見つけたリュミエの武器だ。

 技術として整えるのは、その後でいい。まずは観客に、この子を好きになってもらう。

 推しになれば、多少のミスは“味”になる。


 商売というものは、大体そうやってできている。


「私は?」


 リゼリアが尋ねる。


「リゼリアは、私に手を伸ばして」


「いつも通りですね」


「ステージ外でもやってたんだ……」


 リュミエが引いている。


「その代わり、私との間にいる観客を、一度だけ見るの」


「……観客を?」


「私を好きな人たちが、どんな顔で私を見てるのか。確かめてみて」


 リゼリアは、しばらく考え込んだ。

 その頼み方は、少し変化球。スライダー内角低め。

 観客を見ろと言われても、リゼリアは納得しない。だが、“お姉さまを愛する者がどんな人間か見定めろ”と言えば、俄然やる気になる。


 人材育成とは、正論を押しつけることではない。

 相手の欲望と、こちらの目的が重なる場所を探すことである。


「わかりました。お姉さまに相応しい観客か、私が見極めます」


 ちょっと目的がズレた。

 まあいい。誤差。


「もう一度、頭からお願いします」


 伴奏が始まる。

 私は前へ出る。けれど、光を独占しない。

 背後にいるリゼリアを予感させるように、振り返る。リゼリアはまだ私を見ない。伏せた瞳のまま、祈るように両手を重ねる。

 リュミエが軽やかに間へ割って入り、八重歯を見せて笑う。


 サビ。


 リュミエが、客席へ手を伸ばす。

 私は半歩下がり、その輪郭へ祈りの光を重ねた。

 ちなみに祈りの光というのは物理である。スピリチュアル的なサムシングではない。

 そういう魔力光を出しているのである。魔法で。


 リゼリアが顔を上げる。

 まず、私を見る。

 続いて、私たちの間に存在するはずの観客席へ、ほんの一瞬だけ視線を流す。

 そして再び私へ手を伸ばした。


 完璧に揃ってはいない。

 むしろ、動きはさっきよりバラバラだ。

 でも、ちゃんとした流れがあった。


 遠くにいる私を求めるリゼリア。客席と私たちを結びつけるリュミエ。そして、二人の想いを受け止める私。

 振付が、三人の関係性に変わっている。


「――止め」


 伴奏が止まった。

 ミーナは腕を組み、鏡越しに私たちを見る。


「動線は最悪」


「はい」


「リュミエは二回遅れた」


「うぇ……」


「リゼリアの視線は重い」


「ありがとうございます」


「褒めてない」


 ミーナは大きく息を吐いた。


「でも、さっきよりはずっといい。少なくとも、三人いる意味は見えた」


 及第点。

 この教官にしては、実質スタンディングオベーションである。


「十分休憩して。次のユニットが来るから、荷物を片づけなさい」


 舞踏室へ入ってきたのは、三人の私好みのエルフ娘だった。

 ルフェリア。エリュシア。セレフィー。


 《Rosary(ロザリー)Chain(チェーン)》。


「お姉さま、帰らないんですか?」


「まさか」


 私は壁際へ腰を下ろした。


「――競合調査よ」

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