33 初動で負けた物語に二巻はない
アイドル業界における“重大発表”とは、観客にとってはご褒美であるが、演者にとっては大体奇襲である。
新曲。新衣装。新メンバー。大型公演。
言葉だけなら、どれも夢と希望に満ちている。
ただし、発表する側が笑顔であればあるほど、その裏側では予算と人員とスケジュールが血を流している。現場にとって本当に重大なのは、発表の内容ではない。
その内容が、いつ現場に共有されたかだ。
「全員、席について。今日は重大発表があります」
朝の研鑽室。
ミーナがそう口にした瞬間、私の中の元・社会人が警報を鳴らした。
しかも、笑顔。
これは駄目なやつだ。
「昨日、全ユニットの登録が完了しました」
壇上の背後にある大型水晶板へ、登録されたユニット名と構成員が映し出されている。
その中でもひときわ異彩を放つ、中央に十字架をぶち込んだ異世界語。
《Seraphic†Night》。
うん。
改めて公的な一覧で見ると、かなり夜の香りが強い。
神聖なユニット名が並ぶ中、私たちだけ王都の歓楽街にありそう。扉を開けたら、胸元の開いた白いシャツを着たエルフの美青年たちが、シャンパン片手に「姫、おかえり」とか言ってきそう。
実際、原典が歌舞伎町のホストクラブだから仕方ない。
「ということで、三週間後――今年度の新入候補生による《同期奉納ライブ》を開催します」
水晶板の表示が切り替わった。
金色の文字が、研鑽室の正面いっぱいに浮かび上がる。
第一回・同期奉納ライブ開催。
一瞬の静寂。
次の瞬間、室内が爆発した。
「三週間後!?」
「聞いてないんだけど!」
「衣装どうするの!?」
「待って、まだ一曲通して踊れてない!」
椅子が鳴る。机が揺れる。そこかしこで、候補生たちが悲鳴に近い声を上げた。
その反応を予想していたのか、ミーナは涼しい顔で眼鏡を押し上げる。
「今、初めて言ったんだから、聞いてないのは当然でしょ」
開き直った。
現場に一切の事前共有なし。
「ライブは予選、準決勝、決勝の三段階。予選は全ユニット共通の課題曲で競ってもらう。小細工の利かない、歌と舞踏と祈りの基礎勝負よ」
ざわめきが、少しだけ静まる。
「予選上位四組が準決勝進出。そこからは自由演目。組み合わせは抽選で決める。勝ち残った二組が、決勝で直接対決」
水晶板に、大まかな流れが映し出される。
予選。
準決勝。
決勝。
文字にすれば、たった三行。
けれど、その三行の間に、何人分の汗と涙と友情崩壊が詰め込まれるのか。
私は知っている。
トーナメント編とは、予算を抑えながら登場人物全員に見せ場を作れる、人類の叡智である。
そう、とりあえず縦軸のストーリーがなくてもコミカライズを進められる叡智なのである。
なので異世界でもよく行われている。私は知っている。元・本職だから。
「審査は、教官による技術評価。それと――当日、会場に入った参拝客による《奉光》の獲得数」
奉光。
観客が、最も心を動かされたユニットへ捧げる祈りの光。要するに、魔法で可視化された観客投票である。
この世界、投票券付きCDを何百枚も買わせる必要がないだけ、前前前世より良心的なのかもしれない。
もっとも、光らせるための奉光具は神殿売店で販売される。
無料ではない。
やはり良心などなかった。
「予選から一般巡礼者を入れる。あんたたちが初めて、名前も事情も知らない観客の前に立つ舞台よ」
ミーナの声から、先ほどまでの軽さが消えた。
「家柄も、努力も、練習で流した涙も、観客は知らない。知る必要もない。舞台に上がった瞬間から、見えるものだけが全部だから」
研鑽室が、静まり返る。
「上手かった。でも名前は覚えてない――それじゃ駄目」
ミーナは、登録ユニットの一覧を指先で示す。
「自分たちが何者なのか。一度見た観客に、どう覚えて帰ってもらうのか。三人なら、なぜその三人でなければならないのか」
その視線が、一瞬だけ、私たちの席で止まった。
「ユニット名をつけただけで、ユニットになったつもりでいるんじゃないよ」
刺さる。
名前の由来がホストクラブなだけに、余計に刺さる。
「そして、優勝ユニットには――次回の月例大礼拝、その開幕奉納を任せます」
今度こそ、誰も声を上げなかった。
上げられなかった。
月例大礼拝。
現・大聖女がセンターを務める、神殿最大規模の定期公演。その観客は神殿都市だけに留まらない。奉光の記録は各地の礼拝所へ送られ、演目は遠隔投影用の記憶水晶に収められる。
その開幕奉納。
前座ではある。
だが、無名の候補生が世界中の信徒に名前を知られる、最初にして最大のショートカットだ。
ミーナを見る。
彼女はいつもと変わらない、厳しい教官の顔をしていた。
それでも、私にはわかる。
これは、彼女が私のために用意した近道だ。
――もっとも、勝ち取れなければ意味はないが。
「三週間……」
隣で、リュミエが土気色の顔をしていた。
「ウチら、昨日初めて三人で踊ったばっかなんですけど……?」
「大丈夫です」
リゼリアが即答する。
「お姉さまがいますから」
根拠が私一人。信頼が重い。
「お姉さまがセンターに立てば、優勝に決まっています」
「いや、昨日そのお姉さまが一人で全部持ってくから怒られたんだけど?」
「それはミーナ教官の指導が間違っています」
「聞こえてるわよ、リゼリア!」
教室の前方から怒声が飛んできた。
リゼリアは不満そうに口を尖らせる。
可愛い。
怖いけど。
周囲を見渡す。
候補生たちはもう、それぞれのユニットごとに顔を寄せ合っていた。
不安そうに課題曲を確認する者。既に立ち位置を相談している者。勝てるわけがないと俯く者。
そして少し離れた席では、エリュシアが水晶板を真っ直ぐに見つめていた。
膝の上で、両手を強く握っている。
その隣で、ルフェリアが眼鏡を押し上げた。
いつもの気怠げな笑みはない。
大陸第二位の演舞者。
誰よりも歌を愛し、誰よりも努力している正統派。
あの二人が組むユニットは、間違いなく強い。
それだけじゃない。
この研鑽室には、まだ私が知らない物語がいくつも座っている。
誰かにとっては、この舞台が人生を変える最初の一歩になる。
誰かにとっては、最後になる。
「ミリ様……」
リュミエが、不安げに私を見る。
「ほんとに、ウチら勝てると思う?」
勝率を計算する。
結成二日目。
三人で踊ったのは、まだ一曲にも満たない。
ユニットコンセプトは未定。衣装もない。自由演目も決まっていない。リゼリアは私しか見ていないし、リュミエはすぐに自分を背景へ追いやる。
課題は山積みだ。
結成間もないのは、他のライバルたちも同じ。
ただし、他のユニットは、大体が似たような実力と方向性の者同士で組んでいる。最初から同じ速度で走れる者を集めて、そこから少しずつ精度を上げていけばいい。
対して、《Seraphic†Nights》は違う。
個々のポテンシャルだけなら、間違いなく上位。
けれど私は一人で全部持っていく。リゼリアは私に合わせすぎる。リュミエは私たちに遠慮して、自分を背景にしてしまう。
三人とも出力の方向が、見事なくらいバラバラだ。
素材は最高級。
スタート地点の調律は、狂っている。
前前前世で遊んだ、キャラがやたらと灰になる古典的迷宮探索RPGで言えば――熟練した主力キャラ三人を、まとめて上級職へ転職させた直後みたいなものだ。
ロード。サムライ。ニンジャ。
クラス名だけ見れば、もう勝ったも同然。
ただし、全員レベル1。
将来的な爆発力なら負けない。でも、今すぐ迷宮に放り込めば、地道にレベルを上げてきた戦士・僧侶・盗賊の方が、よほど安定して生還する。
個々は上級職。
ユニットとしては、レベル1のゲームスタート直後のパーティー同然。
三週間で、その差を埋めなければならない。
普通に考えれば、無謀だ。
「勝てるかどうかじゃない」
私は水晶板に映る《Seraphic†Night》の名を見上げた。
「勝つの」
「お姉さま……!」
「私たち、昨日できたばっかですよ?」
「だからこそ、ここで勝たなきゃいけない」
新人に、ゆっくり育つ時間なんて与えられない。
作品も。
アイドルも。
どれだけ中身が良くても、最初に手に取ってもらえなければ、存在しないのと同じだ。
初ライブ。
言い換えれば、発売初週。
そして私は、元・本職として知っている。
――初動で負けた物語に、二巻はない。




