32 オタクに優しいギャルは神や竜種を超える幻想種
三度も転生すると、さすがに大抵のものは見られる。
天を割って降臨する神。銀河を埋め尽くす艦隊を、たった一度のブレスで星屑に変える竜種。世界の深淵から這い出してきた、見た者の正気を問答無用で削るナニカ。
どれも、実在した。
だが――このミリエリス。
オタクに優しいギャルだけは、一度も見たことがない。
神はいる。竜もいる。異世界転生も実在する。
それでも、オタクに優しいギャルはいない。
つまり彼女たちは、神や竜種をも超える最高位幻想種なのである。
なのにラノベでは、鉄板属性として昔から生息していた。
クラスの隅でひっそりソシャゲの周回をしている冴えない男子に、ある日突然、スクールカースト上位のギャルが「それ、ウチもやってるんだけど」と話しかけてくる。
しかも、ただ知っているだけではない。ゲームも漫画もアニメも、にわかではなく、ちゃんと話が通じる。オタク趣味を馬鹿にしない。なんならイベントにも付き合ってくれる。
そして当然のように恋人はいない。そして謎のチョーカー付けがち。
絶滅危惧種とかいうレベルではない。最初から存在していないのだから、絶滅すらしていない。
未確認生命体。
UMA。
概念上の生物。
しかし昨日のレッスンで見せたリュミエの笑顔には、そんな幻想種の可能性があった。
少し日焼けした小麦色の肌。明るいプラチナブロンド。笑えば覗く八重歯。派手な見た目のくせに、誰かが失敗すれば真っ先に手を差し伸べる。
客席から恐る恐る手を伸ばせば、「なに遠慮してんの?」と笑って、その手を掴んでくれそうな距離感。
これだ。
リュミエのコンセプトは、これでいこう。
――オタクに優しいギャル。
私とリゼリアでは拾えない層を、根こそぎ拾える。
私は、遠くから見上げるしかない完成された偶像。リゼリアは、触れることすら畏れ多い純白の聖性。
対してリュミエは、目が合ったら笑ってくれる。名前を覚えてくれる。こちらが噛みながら話しても、急かさず最後まで聞いてくれる。
もしかしたら自分にも優しくしてくれるかもしれない。
そういう、人生を狂わせるタイプの勘違いを提供できる。
アイドルとは、夢を売る商売である。
ならば「ひょっとしたら、俺にも」という夢だって、立派な商品だ。
「ミリ様、さっきから何でウチのこと見ながらニヤニヤしてんの……?」
「あなたをどう売り出すか考えていたのよ」
「ウチ、売られんの!?」
「安心なさい。高く売ってあげるから」
「もっと不安になったんだけど!?」
リュミエは自分の身体を守るように抱き締めながら、じりじりと後ずさった。
大丈夫。商品価値を査定していただけだ。少なくとも、今のところは。
さて。
リュミエのコンセプトが決まったところで、最後まで迷ったのが双子ちゃんの処遇だった。
「えー、リュミ姉だけ?」
「うちら、切られた感じ?」
ノエルとエルナが、左右対称に首を傾げる。
制服の崩し方も、髪留めの位置も、口を尖らせる角度までほぼ同じ。見事な双子ギャルである。
「違うわ。あなたたちには、二人で独立ユニットを組んでもらいます」
「二人で?」
「ウチらだけ?」
「ええ」
正直、最後まで五人組にする案も捨てきれなかった。
だが、さすがに五人中三人がギャルだと、《セラフィックナイト》というより《放課後の駅前》になる。
神聖さが薄い。
あと、画面がうるさい。
それに双子のギャルは、それだけでいける。
あるんだよ。
需要が。
顔の良い双子が、左右から同時に同じ台詞を言う。それだけで一定数の人間は無条件に財布を開くようにできている。
人類の設計上の脆弱性。セキュリティホールが。
「あなたたち二人には、双子であることを最大限に活用してもらいます」
「でも、双子ってだけじゃ弱くない?」
「他にもなんか欲しくない?」
「もちろん。そのために、今日は一つ新しい属性を覚えてもらいます」
二人の前に立ち、私は人差し指を立てた。
「メスガキです」
「メス……」
「ガキ……?」
「まず腰に手を当てる。少し前屈みになって、相手を下から覗き込む。笑顔は可愛く。ただし、目には明確な侮蔑を込める」
二人が、おそるおそる腰に手を当てる。
「それから、相手を指差して――『ざぁこ♡』」
「ざぁこ♡」
「ざぁこ♡」
「違う! 語尾をもっと跳ねさせて! 相手の尊厳を踏みつけながら、同時に『もっと言われたい』と思わせるの!」
メスガキとは、罵倒と需要のあわいに成立する高度な芸事である。
ただ悪口を言えばいいわけではない。相手に腹を立てさせながらも、嫌われてはいけない。
編集者が担当作家に「今回のプロット、全体的にすごく良くなってます!」と伝えてから、その全体を修正させるのと基本原理はだいたい同じだ。
「もう一度!」
「ざぁこ♡ よわよわ♡」
「その程度の信仰で、祝福してもらえると思ったのぉ?♡」
「そう!それ!」
逸材。
二人で声を重ねることで、破壊力が単純な二倍ではなく、二乗になる。
これはいける。
「ただし、大聖女と神官、それから多額の寄付をしている相手には絶対に言わないこと」
「はーい」
流石に五人中ギャル三人ではコンセプトがぼやけるという理由もあるが、双子を別ユニットにする本当の理由は、もう一つある。
――派閥だ。
女が三人集まれば派閥ができる。五人集まれば反主流派が生まれる。十人集まれば、誰が書いたかわからない怪文書が共有スペースに置かれる。
思想や信条なんて必要ない。
食堂で誰の隣に座ったか。髪飾りを誰と一緒に買ったか。廊下ですれ違ったとき、挨拶したのに返事がなかった気がする。
それだけで、派閥は形成される。
そして、どうしても私とリゼリアが中心にいる以上、周囲に形成されるコロニーは貴族寄りになる。
私は元公爵令嬢。リゼリアは平民出身とはいえ、貴族学院仕込みの言動と純白お嬢様ビジュアルを標準装備している。
私たちに近づいてくるのは、必然的に、貴族や裕福な商家の出身者、あるいはそういう空気に気後れしない候補生が中心になる。
だから双子ちゃんには、その外側を押さえてもらう。
貴族には近寄りがたい。お嬢様同士の上品な会話に入るのは怖い。でも、神殿で上を目指したい。
そんな候補生たちの中で、双子ギャルユニットとして一目置かれる存在になってもらう。
そして両者の間には、リュミエがいる。
《セラフィックナイト》の一員でありながら、双子ちゃんの姉貴分でもあるリュミエを媒介として、私たちは同期のあらゆる層に外交ルートを確保できる。
上流層は私とリゼリア。
中間層と無所属はリュミエ。
反貴族・庶民派は双子ちゃん。
完璧な盤面。
神殿アイドルとして最初の舞台にも立っていないのに、同期内の勢力図だけは既に三国志の終盤くらいまで進んでいる。
「よくわかんないけど、ウチらは二人で頑張ればいいんだよね?」
「ええ。まずは二人だけで、誰にも真似できない強みを作りなさい」
「わかった!」
「ミリ様、ありがと!」
二人は揃って笑い、手を繋いで走っていった。
廊下の角を曲がる直前、こちらを振り返る。
「ミリ様、ばいばーい♡」
「レッスン頑張ってね、ざぁこ♡」
うん。
属性の定着が早すぎる。
†
その日のレッスンを終えた私は、神殿裏手の丘に寝転がっていた。
外交戦略も市場分析も、ミーナの追加レッスンの前では何の役にも立たない。
芝草の青い匂い。頬を撫でていく、少し冷たい風。仰向けになって見上げる空は、憎らしいほど広く澄み渡っていた。
身体が重い。
祈願魔法を使えば疲労くらい回復できる。けれど、それをするとレッスンで自分が何を間違えたのか、身体が忘れてしまう気がした。
だから今日は、このままでいい。
腕を広げ、ゆっくりと目を閉じる。
そのとき。
低く、重い振動が空気を震わせた。
目を開く。
雲の向こうから、巨大な人型の機影が姿を現した。
白銀の装甲。背面に展開された光翼。胸部には祈りの光を閉じ込めたような聖印が輝いている。
――聖骸機。
転生者が現れる前からこの世界に存在していた機動兵器が、神殿都市の上空を横切り、雲を切り裂いて遠ざかっていく。
それを目で追いながら、私は最初の人生を思い出していた。
……ロボットもの、描けるイラストレーター確保するの大変だし、メディアミックス時の作画コストも高いから、企画会議を通すの大変なんだよなぁ。
だからロボットものは――
世界を救う前に、企画会議でだいたい全滅する。




