31 遠くに在りて思う箱
秘蔵っ子。その言葉には、選ばれし者だけが享受できる、甘美な特別待遇の響きがある。
優先的なレッスン。教官からの手厚い指導。誰よりも早く、夢の舞台へ駆け上がるための特別コース。
「ミリエル! また一人で全部持っていくな!」
――うん。
手厚い。確かに手厚い。指導の圧が。
「リゼリア! ミリエルしか見てない! 観客はそっちじゃない!」
「はいっ!」
「リュミエ! 二人に遠慮して小さくなるな! あんたまで背景になってどうする!」
「は、はいぃっ!」
早朝の舞踏室。鏡の前で息を切らしている私たち三人に、ミーナの檄が容赦なく飛ぶ。
リュミエを三人目として連れてきた以上、ユニットとして形になるか確認する。そう言って始まった、初めての合同レッスンだった。
なお、ミーナ教官イチオシの秘蔵っ子となった私に与えられた特典は、通常の候補生より一刻早いレッスン開始と、通常の三倍くらい細かいダメ出しである。
期待は無料。追加メニューは無限。夢を追う若者を囲い込む業界の基本システムだね。
「もう一度、頭から!」
ミーナが手を叩く。伴奏が流れ始めた。
最初の八拍。私は中央で半歩前へ出て、身体をひねる。銀髪が光の尾を引き、祈願魔法で最適化された指先が、空中に完璧な軌跡を描く。
左のリゼリアも、ぴたりと私についてくる。右のリュミエは一瞬だけ遅れ、それを取り戻そうとして次のステップを急ぐ。
結果。
センターにいる私だけが異様に輝き、リゼリアは私専属の随伴天使、リュミエはたまたま画角に入った顔の良いギャルになった。
「止め!」
伴奏が途切れる。ミーナは額を押さえた。
「ミリエル。あんたは三人組のセンターなの。バックダンサー二人を従えたソロ歌手じゃないのよ」
はい。私も途中から、そんな気がしてました。
「リゼリア。ミリエルに合わせるんじゃなくて、三人に合わせなさい」
「合わせています」
「その言い方がもう怖いのよ。あんたの世界にミリエルしか存在してないから!」
リゼリアが不思議そうに首を傾げる。本人としては、真面目に理解できていないらしい。
重症である。怖い。
「リュミエも!」
「は、はい!」
「この二人が濃いからって、勝手にモブにならない! あんたにはあんたの色があるでしょうが!」
「でもさぁ、この二人に挟まれて前に出るって、普通に無理ゲーじゃないですか……?」
「ゲーム開始前に諦めるな!」
ド正論。リュミエは「うぇぇ」と声を漏らしながら、鏡の中の私たちを見る。
まあ、気持ちはわかる。
聖女系正統派美少女、リゼリア。銀髪ハイエルフの元公爵令嬢、私。その間に、ちょいギャルエルフ。
ビジュアルのコンセプト会議なら、企画書を見た偉い人が腕を組んで首を傾げる構成だ。
「うーん……コントラスト、ちょっと偏ってません?」
とか言われるやつ。
いや、無理。こっちは素材の味が強いんだ。
私だって好きで銀髪ハイエルフのふしだらボディに生まれたわけじゃない。
「もう一度」
今度は私が言った。
祈願魔法の出力を落とす。歌唱補正、最低限。身体強化も、振付を誤魔化せない程度まで絞る。
この世界に転生してから、私は“できること”だけで舞台に立っていた。カンスト済の能力。前世から持ち越した経験。使えば成功できるとわかっている、無数の便利なショートカット。
でも、それだけじゃ駄目なのだろう。
センターというのは、一番強い光を放つ者ではない。
隣にいる二人まで、観客に見つけさせる者だ。
「リゼリア。私じゃなく、リュミエを見て」
「……はい、お姉さま」
「リュミエは、私たちに合わせなくていい。自分が一番気持ちいいと思うリズムで踊って」
「え。でも、それだとズレません?」
「ズレたら、私が合わせる」
リュミエが目を丸くした。
「ミリ様が、ウチに?」
「センターだからね」
伴奏が、もう一度始まる。
最初の八拍。今度は前に出ない。リゼリアの呼吸を聞く。リュミエの靴音を拾う。
ほんの少しだけ速いリュミエのステップに合わせ、私が半拍を削る。リゼリアも遅れて気づき、流れるように軌道を変えた。
三人のスカートが、ほとんど同時に翻る。
ターン。交差。リュミエが一歩、前へ出る。
その瞬間、彼女の顔から遠慮が消えた。八重歯を覗かせた、裏表のない笑顔。
ああ。そうか。
この子は、これでいい。
私のような完成された偶像でもなく。リゼリアのような、触れれば壊れそうな聖性でもない。
客席から手を伸ばせば、笑って掴み返してくれそうな光。
その笑顔を中心に、私とリゼリアが左右へ開く。
最後の一拍。三人の指先から生まれた祈りの光が重なり、鏡張りの舞踏室を、淡い金色に染め上げた。
「――そこ!」
ミーナの声が飛ぶ。伴奏が止まった。
「今の感覚、忘れないで」
静かな声だった。
褒められた。たぶん。
ミーナ式の採点基準では、罵声がないだけで相当な高得点なのである。
「まだ全然だけど、最低限、三人で舞台に立つ資格はありそうね」
そう言って、ミーナは手にしていた書類を差し出した。
「ユニット登録。今日が締切だから、名前を決めてここに書いて」
「名前……」
リュミエが腕を組む。
「『ミリ様と愉快な仲間たち』とか?」
「却下です」
リゼリアの声から、一瞬で温度が消えた。
「私たちは愉快な仲間ではありません」
「え。そこ?」
「それに、ミリ様ではなく、お姉さまです」
「それはリゼリアだけでしょ!?」
「では、『お姉さまと魂の双翼』で」
「もっと怖くなった!」
ミーナが、深々とため息をついた。
「今度ふざけた名前を出したら、本当に《バイオレンスサイコ百合》で登録するからね」
それだけは避けたい。
私は候補名を脳内で高速検索する。神聖。天使。三人組。覚えやすくて、少しだけ背伸びした響き。
そして、私の口から滑り出たのは――
「《セラフィック・ナイト》」
だった。
「セラフィック……ナイト?」
リュミエが繰り返す。
「天使たちの夜。あるいは、熾天使に仕える騎士たち。どちらの意味にも取れる言葉……」
「素敵です、お姉さま!」
リゼリアは即決。
「え、めっちゃ格好いいじゃん!
さっすがミリ様、そういうの一瞬で出てくんの、マジでセンス良すぎ!」
リュミエも即落ち。
ミーナは顎に手を当て、しばらくその名を吟味していた。
「……まあ、いいんじゃない。神殿のユニットらしいし、覚えやすい」
満場一致で「|Seraphic†Night」に決定。
異世界なのに何で英語?とかは気にしてはいけない。考えるな、感じろ。
まあ、マジレスすると、この世界には、過去の転生者たちが持ち込んだ英語が、“異世界語”として断片的に伝播している。
特に《セラフィック》とか《ナイト》とか、意味を完全に理解していなくても、口にするだけでなんとなく格好よくなる単語は生存率が高い。
日本でも似たようなものだった。会議で「アジェンダをフィックスしてコミットします」とか言われたら、何も決まっていなくても仕事をした空気になる。大体そういうやつは仕事できないけど。
「じゃ、ここに三人とも署名して」
ミーナから受け取った登録用紙に、私が最初に名前を書く。続いて、リゼリア。リュミエ。
最後に、三人の名前の上へ、ユニット名が大きく記された。
|Seraphic†Night。
「これからよろしくお願いしますね、お姉さま」
「ウチも頑張るから。よろしく、ミリ様!」
二人が、同時に手を差し出す。その上に私も手を重ねた。
こうして、私たち三人のユニットが正式に結成された。
なお。
《セラフィックナイト》は、前前前世の私が、担当作家のボツ原稿を横流しした金でシャンパンタワーを建てるほど通い詰めていた、歌舞伎町のホストクラブの名前である。




