29 夜遊びの偶像
あれから眠れず、私は夜の舞踏室にいた。
課題曲を頑張るリゼリアの姿に触発されたのか。
それとも、夢の中で落ちた首が――ちゃんと元通りに繋がってるか確かめたかったのか。
たぶん両方だ。
久々に、全力の祈祷魔法でバフをかけて、激しい振付を一曲踊りきりたかった。
踊ってる最中に首無し騎士に転生しないことを、実感として確かめたかった。
私は精霊魔法で、照明代わりのウィルオウィスプを小ぶりなのを3体、舞台照明用に中規模のを1体、ふわりと召喚する。
鏡張りの舞踏室。
祈祷魔法による身体強化を、歌唱・舞踏・表情筋にまで全開でかける。
“祈祷魔法”――それは、祈りを届けることで事象を起こす魔法。
ロジックも再現性も低いけれど、だからこそ“理屈抜きの祈り”が通る。
元素魔術のような数式も構文もいらない。
要するに、数字に見放された私でも使える魔法。
数学Ⅰで早々に数字とは決別した私にとって、元素魔術なんてハイエルフに転生した今でも幻想でしかない。
数字じゃ、人の心は動かせない。
でも祈祷魔法なら、前世で聖女だった頃のステータスがカンスト済で丸ごと引き継がれている。
最上級の複雑な祈りのコマンド入力も、マクロボタンで一押しでいけるようなイメージ。
精霊魔法も同様。
“友達にお願いする”系の魔法として、祈祷の応用でそこそこ使える。
……A級冒険者くらい? そんなんこの世界にいるのか知らんけど、たぶんだいたいそのへん。
祈祷魔法の体感的なコツを言語化すると、こうだ。
①右脳と左脳を中心に寄せて、両手でこねて“祈りのボール”を作るイメージ。
②それをスライダー気味に、的を射抜くように人差し指と中指で指し投げる。
→世界という九等分された枠のセンターパネルにストラックアウト。
これを、瞬時に行う。
……これがかつてソフトボール県大会ベスト4進出経験者のガチ聖女が編み出した、世界に祈りを届けるノウハウ。
ちなみに私は補欠だった。
祈祷魔法を極め、演出魔法も整えた今の私は、完全体のトップアイドル。
誰もいない舞踏室で、私は“偶像”として完成する。
――実在の枠すら超えて。
“トップアイドルとはこういうものだ”という人々の祈りと幻想が、共通無意識の深海からサルベージされた、原型としての偶像。
頭の中で音楽が始まる。
ラップ調のリズムに合わせて、ウィルオウィスプが明滅する。
鏡の中の私は、ゾクリとするほど美しい。
小悪魔と天使のハーフのような笑顔、1オクターブの狂いもない完璧な歌声。
左手にはエアマイク。
身体は、舞踏と祈りの力で、すべてが最適解にチューニングされている。
ああ、この曲。
転生系アイドル漫画がアニメ化され、その主題歌が世界的にバズったとき、
新人歓迎会で営業部の同期ふたり(そのうち一人はやたら陽キャの体育会系男子)、とバッチバチのテンションで並んで踊った、あの曲だ。
――懐かしい。
あの二人、元気にしてるかな?
営業終わりによく会議室で自主練したよね。
で、君らはあのとき、もう付き合ってたよね。
自主練のあとに、さらに二人きりで”自主練”してたよね。
2人ともそれぞれ彼氏彼女いたはずなんだけどね?
……なんなら男の方は最初は私の方に粉かけてきてたけどね?
ちなみに、この曲は《タカシの遺した神曲リスト》には含まれていない。
というのも、タカシが異世界行きのトラックにストラックアウトしたのは、おそらく私より15年ほど前。
残された楽曲を見る限り、彼が転生した時代は、総選挙が全盛だった頃の“あのアイドル感”まっさかり。
その大半は、既存曲をさも自分のオリジナル楽曲のように発表していった“著作権違反の塊”だ。
……この世界では、500年以上も昔の話だけど。
†
あの頃、私はまだ“新入社員”だった。
新卒採用32人の枠に、奇跡的に滑り込んだ。
編集志望だったのに、まさかの営業部配属。
正直、がっかりだった。
でも……
どの作品が、どの棚に、どんな角度で積まれて、
誰が手に取って、誰が素通りしたか。
それを“肌で知れる場所”は、営業しかなかった。
POPコピーを自作して提案したり、
女性客が多い地方書店に百合×乙女ゲーの平積み企画をしかけて跳ねさせたり、
担当店舗の新刊祭壇を照明の角度まで調整して即日完売させたり――
そういうことを繰り返して、私は
“売れる本を作れる人間”となって、3年目に編集部へ配属された。
……何故か希望してた文庫とは別の、尖った人材ばかりが配属されるこの業界の最前線みたいなレーベルの編集部だったけど。
†
誰もいない舞踏室でウィルオウィスプだけを観客にキレッキレの歌とダンスを披露しながら、そんなことを思い出していた。
うん、これで大丈夫。
ダンスシーンは新人社員時代のモノローグと静止画で演出すれば、予算も工数も食わない。
制作スタジオの予算と工数は終盤のクライマックスまで温存しとくべきだ。
映像は冒頭とラストだけ神作画してもらえばいい。
振り向きのターン、決めポーズ。
あとは、言葉と回想で埋める。
万が一、円盤が初動で跳ねたら最終巻の特別特典映像として改めて気合い入れて作ってもらえばいい。
私は、全てを見切った目で鏡の中の自分に微笑む。
華麗にターンして、開いた右手をピシッと目の前に重ね――
……ん?
舞踏室のドアが、半分開いていた。
いや、それは別にいい。
問題は、
その隙間から覗き込むように、ミーナ教官が――
神の降臨でも目撃したかのような顔芸を浮かべていたことである。
†
あまりの動揺に私は自分が転生したときのことを走馬灯のように思い出していた。
――たしか、
いつものようにクローズ直前に締め日の近い担当(歌舞伎町の方の)に顔を出すという繊維のような細客ムーブをキメてホスランで掲示板バトルしながら終電帰宅、7時出社。机の上の、もはや砂と化したブロック状の栄養調整食品を頬張りながら、カフェインの錠剤を5粒くらいエナジードリンクで流し込んで、「一次選考通過タイトルリスト」を開いたら、
『追放された悪役令嬢が聖女に転生して神竜を従えて復讐しつつ、婚約破棄された元許嫁をぶん殴り、勇者を抱きしめて世界を救ったと思ったら、結局全てを殴って解決した上に、もう一回転生して今度はマンハッタンの敏腕女社長として世界経済を自在に牛耳りながら、イケメンCEOたちを子会社化してざまぁして、宇宙進出して銀河連邦議会でも無双する最強無敵の私が恋に落ちた相手は火星人で、銀河帝国皇帝と三角関係の末に異世界の神になった件』
……っていう、クソ長タイトル。
「これ、システム上限の255文字超えてない?」と思って、
一文字ずつ、指で数え始めたのを、なんとなく覚えてる。
そのあたりで急激に血糖値が下がって、
心臓が、キュッとなって――
……私の転生生活が幕を開けた。
こんなのを一次選考通したやつが私を殺した犯人だ。
絶対許さない。
†
「ミリエル……あなたは誰なの? どこから来たの……?」
走馬灯シアターから強制帰還したばかりの私に、ミーナ教官が詰め寄ってくる。
尋常じゃない眼差し。呼吸さえも詰まるような、真剣な空気感。
でも、その声はただの困惑や混乱には聞こえなかった。
まるで──何かを確かめるように。
何百年も前から、ずっと待ち続けていた誰かにようやく会えたかのように。
いやいやちょっと待って?
翻訳ソフトで「ここはどこ、私は誰?」を英訳して、それをまた和訳したらこうなりました、みたいな禅問答が唐突に始まって、私は混乱の極みに突入。眼鏡エルフは好物。禅問答はノーサンキュー。思わず韻を踏んでしまう。
誰にも見られてないと思って完全にテンション上がって一人で熱唱しながらドライヤーで髪を乾かしてたら、背後からいきなりラップバトルを仕掛けられたときの心境。
伝わるだろうか、この恐怖。
選択肢は、3つ。
①「Hey、SIS? 私が誰って、お題ガチャ?
そういうお前は堅物眼鏡、クエスチョン多すぎエラーメッセージ。
こんな夜中に何してる?悪いオオカミに食べられちゃうぜ?」
→謎のフリースタイルでアンサーを返す。あわよくば押し倒す。
②「……あたしが誰か、だって?
シャワー室に付き合うなら、そこで教えてやるよ。
眼鏡外したお前と、ゆっくりと親睦を深めながらな」
→女海賊ガンスリンガー人格を召喚し、視聴率のテコ入れを図る。
③「見られたからには仕方ないですね」
→転生者であることの露呈は謀殺フラグに直結。
残念な眼鏡を犠牲にする覚悟はできた。
転生は非常である。
――私が選んだのは、もちろん。
……決まってるじゃん?




