28 洗脳部屋の乙女の秘密
そしてリュミエは、未来への希望を胸いっぱいに、瞳を輝かせて帰っていった。
今にも非業の死を遂げそうな土気色の顔で入室していったギャルが、しばらくしたら、アニーの主演に抜擢された子役みたいな笑顔で出ていったわけ。
今にも「トゥモロー」を歌い出しそうなテンションで。
そんな彼女を心配して見ていた双子ちゃんと通りすがりの一部の生徒から、この部屋が「洗脳部屋」って呼ばれてたことを知ったのは、しばらく後の話だった。
そんな“洗脳部屋”で、リゼリアは今日も踊っていた。
私は売店で買ったクッキーを口に咥えながら、その様子をぼんやり眺めるのが日課になりつつある。
モダンダンスにバレエ、果ては「余裕があれば取り組んでおいて」と雑に指示された課題まで、リゼリアはまるで信仰を捧げるかのように、真面目にこなしていた。
私はというと――
最初の転生で“聖女”だった頃の魔力貯金が、この世界の魔法と噛み合って、
歌も踊りも祈りも祈願魔法のバフで完璧。
……むしろ完璧すぎて不自然だから、ちょっと手を抜いてるくらい。
ほんとはちゃんと練習すべきなんだけどね。
祈願魔法によるバフって、言ってしまえば音声編集とかエフェクト補正みたいなものだから。
自分自身の魂が細部まで宿っているかって言われたら、うーん。ちょっと胸を張れない。
でも、つい練習をサボってしまう私にとって、
毎日ストイックに踊るリゼリアは、ちょっとだけ……まぶしい。
――一度きりの人生を、ちゃんと一生懸命に生きてるんだなって。
舐めプってほどじゃない。
でも、転生を繰り返すうちに、人生そのものがだんだん“軽く”なっていく。
残機ありのゲームと、コンティニューなしの一発勝負。
その差、である。
「三人目、さくっと見つかりましたね」
目を閉じたまま課題曲を踊りながら、リゼリアが軽やかに言う。
「単純すぎるのが心配ですけど、悪い子じゃないですし。……良い拾い物でした」
優雅に舞いながら、他人事みたいに言うその姿に、
少しだけ、ぞくりとする。
「ま、“おねーさまおねーさま”言われてたら、情が湧いちゃいそうですけど?」
囁かれたわけじゃないのに、耳元で聞こえた気がした。
“お姉さまも、そうですよね?”って。
「……ギロチンのくだりも、計算通りってこと?」
訊いてみる。軽い調子で。けれど内心、探るように。
「んー、そうですね。ふふっ」
リゼリアはそのまま何も言わず、踊りきった。
二本の指で耳の下から鎖骨を細くなぞり、指先にそっと息を吹いた。
そのまま手首を返し、手のひらを上にしてこちらへ差し出す。
天使のような笑顔で。
淡い蒼光がリゼリアの網膜に走り、小さな光が二粒、手の上で生まれて、静かにほどけた。
そんなアレンジまで加えて。
で、ノーコメントかい。
はぁ……この子、立ち絵だけならテンプレヒロインの理想形なのになあ。
中身がとにかく尖りすぎてる、残念系完璧美少女。
ジェスチャーの前半、ギロチンだよね?
もしこの子がなにかの拍子に異能スキルカードを引いたら、
「貴族と認識した相手の頭上にギロチンを落とす」とか、
そういう系だと思う。
ただし、“貴族”と判定されなければ発動しない。
その代わり、一度発動したら絶対不可避とか、そんなやつ。
あのとき私が断罪返ししてなかったら──
あの場にいたリゼリア以外、全員の首から上がフライハイして。
大聖堂は一面の血の海、そしてその中央で、
リゼリアだけがケタケタ笑ってる。
そんなホラー映画の上映会場になっていた……かもしれない。
……今後は平民に優しい貴族を目指そう。
もう貴族じゃないけど。
***
そんなやりとりから170年後。
「断頭台の聖女」リゼリア率いる、平民エルフ解放戦線が最後のハイエルフを捕らえた。
ミリエリス・アルフェリード女公爵。
聖骸機装騎士団を率い、解放戦線の精鋭を単騎で屠った、“白銀の魔女”。
狂乱に湧く大広場の真ん中に据えられた断頭台の上、
木枠に拘束されてもその姿は、観客の目を奪う“舞台俳優”だった。
「……ここが私たちの、最後のステージってわけだ。悪くないな」
「なんで? なんであのとき、私の手を取ってくれなかったの?!
なんで、貴族側に……!」
「さあな。……もう、そのあたりのことも、よく思い出せないんだ」
「……まさか……」
「――ああ。聖骸機を、限界稼働させすぎた」
「……もう、神殿のあの部屋しか思い出せない」
その言葉に、リゼリアは堪えきれず目を伏せた。
睫毛が震える。あの部屋の匂い、光、熱、声。思い出がよみがえる。
「それももう……朧気になってきてる」
「忘れてしまう前に、お前の断頭刃で……終わらせてくれ」
「あの部屋の思い出まで失くして逝くのは……さすがに、心残りだからな」
「……頼む」
広場を埋め尽くす民衆の声が一段と大きくなる。
その瞬間を渇望するように。
「お姉、さま……」
リゼリアは帽子を目深にかぶり直し、
震える手を空に掲げた。
その指先が天を指すと同時に、星の光を刃に凝らせたような断頭刃が、ミリエルの頭上にゆっくりと出現する。
広場に響き渡る万雷の歓喜の叫びが最高潮に達する。
淡い蒼光がリゼリアの網膜に走り、瞳が涙で揺れる。
「……もし、次の転生があったなら。
こんな酷い世界じゃなくて、テンプレ通りの“剣と魔法”の世界で――」
「そこでまたお前と出会えたら、今度は二人で冒険でもしよう。
馬鹿みたいに明るい世界で。今度こそ、二人っきりで」
ミリエルは、かすかに笑った。
それは、英雄の笑みでも、罪人の悔悟でもなかった。
――ただ、ひとりの少女が、
もう一度だけ、愛する人に微笑んだときの顔だった。
「でもさ。こんな酷い世界でも――お前に会えて、私は最高に幸せだったよ」
「……だからさ、そんな顔、するなよ」
「じゃあ、またな、リゼリア」
その笑顔は、リゼリアの瞳にいつまでも焼きついていた。
聖王歴15万8635年。
断頭台の聖女から零れた涙が床に落ちると同時に、この惑星上のすべてのハイエルフの命が途絶えた。
だが、民衆の歓喜に満ちた叫びは知らなかった。
彼らの指導者が流した涙の理由を。
――そしてこの瞬間、
この世界の深淵が惑星上の純血ハイエルフ種の絶滅を「観測」したことで、
惑星に対する知的生命体絶滅プロトコルが発動したことを。
解放軍によって樹立された新国家が、
深淵の最奥より顕現した《8体のダークエルフ》の手によって、
草の根一つ残らぬ焦土と化したのは――それから、たった30日後のことだった。
†
「ヒィィィィィィィッッッ!!!!!!!」
喉から何か妙な音が出て跳ね起きる。
額から吹き出す尋常じゃない汗。
自分の首筋を触って、ちゃんと胴体と繋がってるか確かめる。財布を失くしたときみたいに。入念に。
ある。繋がってる。落ちてない。セーフ。
……え、夢?
今の全部、夢?
いやいや、臨場感えげつなすぎん!?
断頭刃の質感とか風とか、あれ全部夢の演出だったの?!
最終回の予算感出てたぞ!?
予知夢?
――っていうかさ?
「ちょっと思ったよりPVや星が伸びなかったから次の企画行きたいけど、完結させとかないと次回作のコメ欄に『今度はエタらないように応援してます』みたいなこと書かれたら嫌だから、打ち切りエンドでもちゃんと畳んどくか」
みたいな構成じゃなかった!??
臨場感だけは無駄に高かったぞ?!?!?
真面目か!?
っていうか……今回の転生人生、まだ続くんだよね……?
次に寝て目が覚めたら――
“人類に遺された最後の切り札”だとか呼ばれて、討伐不可能と言われたダークエルフを既に2体も葬ってて、誰も顔を知らない伝説の英雄として、荒廃した都市のスラムで名を囁かれてたりとか……しないよね?
大丈夫、だよ……ね……!?




