27 ギロチンと世界の正常化バイアス
「私には夢があるの」
「貴族学院にいた連中を全員ギロチンにかけてやるの!」
いやいやいやいや、いや?
キング牧師の演説みたいな枕詞から何言ってんだよ?
アイハブアドリーム、って。
お前そんなこと思ってたの?
てか私もギロチン対象なの?
「お姉さまは大丈夫です!廃嫡されてますから!」
花が咲くような笑顔で言わないでくれ。
廃嫡されてなかったらアウトだったってことだよね。
てか公爵の野望が成就したら、「公爵令嬢」飛び越えて、アルフェリード家の“女公爵”にランクアップするらしいんですけど?
兄がいるのに何で私が公爵位に投げ込まれるのかは知らんけどさ。聞けるような雰囲気じゃなかったし。
「元公爵令嬢ってことで同志から何か言われてもちゃんと私が庇護しますから!」
「貴族学院にいた連中のなかにも何人かは生かしておいて良い人たちもいましたし」
庇護。
それ、飼育する側の言葉じゃない?
なんで上下関係が生まれてるの? 私、下なの?
「同志」っていう危ないワードも出てきたけど、もしかしてもうそういう組織あったりする?
私、通報した方がいい?自首してくれる?
後半なんかもう明らかに生殺与奪権握った側の台詞よね?
革命成功する前から体制の暴走始まってない?
「リュミエ、一緒に夢を叶えよう!」
「成り上がるの!神殿アイドルを踏み台にして」
「革命を起こすの!この腐った世の中を!」
あれっ、いつの間にか“リゼリアの夢”が“リュミエの夢”に上書きされてるんですけど?
しかもだいぶ……思想が過激寄りなやつに。
「怖かったね、リュミエ。でももう大丈夫!私のこと、お姉ちゃんだと思っていいから!怖い貴族は、お姉ちゃんが全員やっつけてあげるから!」
お前が一番怖いわ。
勝手に敵を設定して、勝手に戦えと焚き付けてるけど、誰もいないからな? その敵、幻だからな?
この子も天使の降臨を目の当たりにしたみたいな目し始めてっけどさ。
「おねーさま、って呼んでも、いい……?実は……そういうのにちょっと憧れてて……」
お前もだよリュミエ。
恥じらうな。クソっ、こいつもビジュいいな!
ズルいぞエルフ!!
……うん、ていうか、よくよく見たら、この子、いい。
明るめのプラチナブロンドに、程よく日焼けした小麦色の肌。
ニパッとした笑顔が似合いそうな八重歯。
こんな狂った世界で出会ってなければ……
†
そう、たとえば。
ちょっと栄えた県庁所在地の繁華街に行くにも、バスで三十分はかかる田舎の学校。
そんな私のクラスに、ある日、東京から転校生がやってきた。
明るい金髪。
程よく焼けた小麦色の肌。
笑顔が似合いそうな八重歯。
――ほどよくギャル。
「東京から引っ越してきました。よろしくお願いしまーす」
それだけの、あっさりした自己紹介。
ちょっと派手な髪色と、制服の絶妙なアレンジ。
男子たちは浮き足立ってたけど、女子からの視線は……冷たかった。
私はといえば、内申点狙いで学級委員なんてやってるタイプ。
まるで住む世界が違う。そう思っていた。
†
なのに、ある日――
土曜の夕方、たまたま出かけた繁華街のカラオケボックス前。 ガラス越しに彼女がいた。オーバーサイズのパーカーに、ロゴ入りのキャップを目深に被っていた。
隣にはピシッとしたスーツ姿の男。二十代後半か三十手前。 キャップの鍔を落ち着きなく弄る彼女は、どう見ても居心地が悪そうだった。
――しまった、目が合った。
私は即座に視線をそらし、通り過ぎる群衆に紛れた。 他人のふりをした。……もともと他人だけれど。
胸の奥がざわざわして眠れないまま、週が明けた。
†
学級委員だからと押しつけられた屋上プランターの水やり当番。 如雨露から溢れる水の音を聞きながら、夕焼け空を見上げる――ふと影が差した。
「見てたよね?」
振り向くと、フェンスに手を掛けた彼女がすぐそこにいた。
「み、見てない見てない見てないっ! 本当にたまたま通りかかっただけで!」
舌打ちが一つ。次の瞬間、距離がゼロになる。
澄んだ琥珀色の眼差しに吸い込まれ、肺が凍った。
え? え? ――え?
頭が追いつく前に唇を塞がれる。
氷水をかけられたような冷たい怖さと、花火みたいな衝撃が同時に爆ぜた。
――カシャッ。
風より冷たいシャッター音が頬をかすめた。
「誰かに言ったら、この画像、ばら撒くから」
声だけが妙に軽い。
そのまま踵を返し、屋上の扉へと向かう。
……そして。
「ま、停学になるときは、一緒だから♡」
なんて、振り返らずもせずに片手をひらひら振って。
足から力が抜け、私はその場にへなへなと座り込んだ。
夕焼けに染まるコンクリートがやけに冷たかった
――
それから数日。 廊下ですれ違うたび、脈が跳ねた。彼女は何事もなかったかのように「おつかれ、委員長」と笑うだけ。
私は文芸部ただ一人の部員。
放課後の部室は、私だけの王国だった。
モヤモヤした気持ちをぶつけるように、
あの転校生を男子に置き換えて、自分をヒロインにした恋愛小説を書いてはぐしゃぐしゃと消していた。
なのに。突然。
部室のドアが、開いた。
跳ねるように慌ててノートを閉じた私に、彼女は言った。
「文芸部、入りたいんだけど」
当然、私は抗議した。自分の居場所を守るために。
そして、あのときのことも、言わずにはいられなかった。
「わ、私、初めてだったんだけど!」
けれど彼女は、目を逸らすことなく、言った。
「ふーん。私も、女の子とは初めてだったから。おあいこじゃん? ……んじゃ、そういうことで」
†
それから、ふたりきりの部室は、秘密の部屋になった。
親が離婚して、母の実家に引き取られたこと。
祖母と折り合いが悪くて、息が詰まりそうだったこと。
「どうしても……東京に戻りたかった。
お父さんに、会いたかった」
新幹線代を稼ぐために、“よくないバイト”をしていたこと。
「カラオケだけ。……でも、委員長に見られて、やっぱりやめる決心ついた。
ほんとは怖かったから。……ありがとう」
あのキスも、彼女にとって初めてだった。
「……可愛いなって思ってたから。
口止めって理由を思いついたら、つい……
ごめん、写真まで撮っちゃって。やりすぎだった」
伏せた睫毛が、かすかに震えていた。
「それに、変だよね。女の子同士なのに……」
こちらを見る彼女の視線が揺れていた。
唇をきゅっと結んで、でも目元はうっすらと熱を帯びていて。
小さく肩をすぼめながら、私の顔色をそっと伺ってくる。
ぎこちないまま、ただ私に許しを乞うみたいに――期待と怯えがないまぜになった眼差し。
ああ、やばい。
……そんな顔、されたら。
私は、彼女の胸元に指を伸ばし、ネクタイをそっとつまんだ。
――ほどいた瞬間、小麦色の肌からバニラの柔らかな香りがふっと届く。
「君も、ファーストキスだったんだ? ふうん。
嘘つきには……お仕置きが必要だね」
そのまま、ほどいたネクタイを彼女の手首にやわらかく巻きつける。
逃げようと思えば一秒で解けるゆるい結び目。
けれど彼女は、解こうとしはしない。
瞳だけが不安げに揺れている。
解いてしまったら、
この関係も壊れてしまう気がするから――
……きっとそれは、私も同じだった。
私は彼女の頬に手を添え、唇を、耳元へと近づける。
「こんなこと、普通じゃないって、わかってる」
「うん……」
「でも普通じゃないのは、私たちじゃなくて。きっと世界の方なんだよ」
顔を真っ赤にして、目をぎゅっと瞑って、
横を向いた彼女の耳に――
そっと、甘く、歯を立てた。
†
そんな世界線だって、きっと――あったはずだ。
ぼっち陰キャ文芸部員にも優しいギャル。
裏表の無い安心と信頼の八重歯スマイル。
停学になるときは、一緒。
つまり、
――私の、どストライク。
†
「お姉さま、こんなに可愛い孫姉妹ができましたよ!」
助産師みたいな口調で勝手に家系図を構築するな。
ていうかまず、私とお前が“姉妹の契り”を交わした記憶がないんだが?
そしてそもそも、妹の妹は妹であって、孫ではないだろ。
孫スールって。読み方かえたら孫・スー・ルー。銀河の要所商業網を牛耳る大華僑にそんな名前なのいそう。
敵か味方かわからない系の。
「あ、ちなみに――」
リゼリアが、すっとリュミエに視線をやる。
「お姉さまを“お姉さま”と呼んでいいのは、私だけだから。そこはちゃんと、わきまえてね、リュミエ?」
その瞳。
ヒロインがしてはいけない目をしている。
リュミエがビクッと震える。
うん、それが正常な反応だよ。
――
こんな流れで、リュミエが三人目のメンバーになった。
リュミエは双子ちゃんとのギャルユニットと当面は兼務の方向で。
合流しようと思えばいつでも合流できるし、同期の全体の動向が落ち着くまでは、そうしておいた方が情報も拾いやすくなるだろうから。
お嬢様+ギャルってのも悪くないけどコンセプト落ちしそうなリスクもありそうだし。
まあ本音はリュミエ1人くらいだったら、リゼリアの目をかいくぐって“どうにかなりそう”っていう管理コストだけど。
うん、どうにかしたい。一緒に停学になりたい。
双子ちゃんはその後だ。いずれまとめて美味しくいただく。
脅迫→膝蹴り(バイオレンス)→生絞り林檎ジュース(サイコ)→脅迫→土下座→勧誘。
うん、アイドルグループのメンバーの加入経緯としてはテンプレと言ってもいい綺麗なアークだね。
お手本。教科書通り。
……どうしてこうなったのか問い詰めたい。
誰を問い詰めれば良いのかもわからないけど。




