26 1は素数じゃない
部屋のドアが、
──ノックされた。
ちいさく、弱く、
まるで世界の端っこから命乞いをするように。
入ってきたのは、リュミエだった。
顔色は青灰色、目の焦点は床に吸い込まれたまま、口だけが必死に動く。
「もう二度と貴族の方々に、生意気な口をきいたりしませんので……!
なんでもします! なんでも言うこと聞きますから……だから……
家族と……! 他の二人だけは……っ、勘弁してください……!!」
「……」
私たちがポッカーンと黙りこくっていたのがいけなかったのかもしれない。
彼女はそれを“無慈悲な沈黙”と受け取ったらしい。崩れ落ちるように四つん這いになり、悲壮な声で何度も何度も、額を床に擦りつけて懇願し始めた。
「お願いします、お願いします、お願いします……ッ!!」
──その瞬間、
全てを察してしまった。
やってしまったあああああああああああああ!!!!
この子、普通のアイドル志望の子だあああああ!!
……ちょっと関わり合いにはなりたくない地元の先輩に
「ちょっとアイツ、攫ってきてくんない?」
って気怠そうに頼むような
アウトロー系ギャルじゃなかった。
いや、冷静に考えたらわかるでしょミリエル。
自己紹介で、
「出身は、第五外環・アッシュバック! ……って言うとちょい怖いイメージあるかもだけど?
実はスイーツとアートの街として今再評価されてるんだよね~! マジで映えるカフェ多いからみんな来て来て♡」
なんて言ってた娘が本気で「お姉さま、攫われちゃったりして?」って言うわけないでしょ。
本気で震えてんじゃーん、可哀想にー。
ごめん、私も転生生活長いからさ、疑心暗鬼になってたわ。
「あんな善良そうな陽キャみたいだったのに本性は実話フィスト系のアウトローギャルだったかー、この世界ほんと治安悪いわぁ……」とか思ってた。
ほんと、ごめん。
私、悪いハイエルフじゃないよ。
で、どうやらこういうことらしい。
──宿舎の一室。
「ミリエル&リゼリア巻き込み作戦会議ー!」
「わー!」 「きゃー!」
「まずさ、こんな目でジトって見て〜」
「うわ!リュミ姉、それっぽい!」
「で、最後は“なーんてね!”って笑えばギャップ萌え!」
「”ダメ元でいいからさ、ミリエルと一緒にちょっとだけ考えてくれない?お願い!この通りっ!”で3人でお願いポーズ!」
「ワンチャンあるかも!」
三人でキャッキャ笑いながら、 床に広げた雑誌の切り抜きを指で叩いて、 真剣に“ビジュバランス”を語り合っている。
そんな微笑ましい風景。
──が。
「なーんてね!」って言う前に、衝撃波エフェクト付きの膝蹴り&生絞り林檎ジュース炸裂。
ダーク寄りと見せかけて普通の御当地アイドルものっぽいワンシーンが、バイオレンスサイコ百合二人組のせいでこのザマってワケ。
うん、真実はいつも残酷だ。
誤チェスト。誤チェストにごわした。
ほんと、ゴメン。
罪悪感。
いま、この胸が押し潰されそうなほど湧いてる。
新人時代、担当作家に販促用のSSをお願いしたら、
「社内規定で原則ノーギャラなんですぅ〜」
って、後から知らされたときくらい。
せめてJungleギフトカードで……って経費処理しようとしたら、
申請できる額が500円までだったあの日並みに。
誤解しないでほしい。
ちょいギャルエルフたちへの罪悪感が薄いのではない。
私が段取りミスってお願いしたのが直前になったのに、気合を入れてすごいクオリティのSSを上げてくれたあの新人作家への罪悪感が深すぎるだけなのだ。
私は決して悪いハイエルフではない(大事なことだから二度言わせてもらう)。
……しかし、悪役令嬢仕草がミーナから禁止されてて良かった。
もし禁止されてなかったら──
†
「あら?」
「なんで、犬がわたくしと同じ制服を着てるのかしら?」
閉じた扇子でリュミエの胸元のボタンをカツカツ突きながら、
無慈悲に
「じゅーう、きゅーう、はーち……」
とカウントダウンが始まり──
制服を脱げという圧を感じ取って泣きながらボタンを震える手で外し──
脱ぎ終えたリュミエは下着姿で震え、四つん這いになり──
その背に優雅に腰掛ける私。
「座り心地は悪いし、察しも悪い。躾が必要ですわね」
左手でぺちん。
「いたっ……」
「痛い?」
右手でリュミエの髪を引く。
手綱のように。
「ぐぅっ……ワン」
パン、ワン。パン、ワン。
「お姉さま、あまりいじめては可哀想ですよ?
あらあら、お尻の手形、
まるで花弁みたいで……綺麗」
「アハハ、それパン、パン」
「ウフフフ、お姉さま、ひっど〜い」
「うぅ……グス……ワン、ワン……」
†
……って、
ダメじゃん!!!!
これ、もう次のシーンでぽっと出のざまぁ系主人公に強制退場させられるやつじゃん!!
あっっっっっっっぶな!!
あの眼鏡エルフ、有能すぎる……。
ほんと、禁止されてなかったら地獄だった。
いや禁止されてなくても流石にこんなレーティングの限界ギリギリなことしたりしないけどさ?
うん、落ち着こう。
素数でも数えながら、落ち着こう。
1、3、5、7……
わかってる。1は素数じゃない。ツッコまないで。
†
そしたらもう、
「今後は身の程をわきまえて貴族のみなさんに無礼な態度なんてとりません………だから、だから家族は………あの二人は……」
みたいなことを恐怖に震えながら言い出す始末よ。
……いや、無理でしょこの空気。
闇金融マンガでしか見たことないって、この絵面。
「あの二人も私の提案したおふざけに乗ってくれただけなんです!
あの二人、地元の半グレの頭目に情婦になるよう迫られてて、教会の司祭様にお願いして神殿巫女になったんです。そうすれば手を出せないからって……」
あとから聞いた話だけど、それからしばらくしてその教会から不審火が出たらしい。
相変わらずヒドイ世界観だよ。ここ。
「私は平民らしく身のほどをわきまえて何でも二人の言うこと聞きます!だから、だから家族とあの二人だけは勘弁してやってください……!……お願いします」
てかこの娘、めっちゃ良い娘じゃん……
完全にこっちが悪者じゃん……どうしよ。
そんなふうにさ、
罪悪感に苛まれて頭を抱えてる私の横からさ、
リゼリアが弾かれたみたいに言うのよ。
「貴族なんかに、わきまえる必要なんか、ないよ!!」
跪いて、両手を取って。
リュミエと同じ視線で真っ直ぐに目を見て言い放った。
……この部分だけ切り取ったらすごい青春アイドルものっぽい。
「私さ、灰の丘出身って自己紹介で言ったよね。
でもさ、住んでたところは貴族の御屋敷なんかじゃなくて、その横によくあるボロ家って言ったらわかるかな?」
「お父さんなんて働いてなくてお酒ばっかり飲んでて……」
え、そうなの?
王都から少し離れた平和な街で、宿屋兼パン屋の片手間に子供たちに勉強教えてるような善良な夫婦に育てられて、巡回にきた司祭に聖女の才能を見出されて貴族学院来たとかじゃないの?
えーーー。
そういうバックグラウンドあるんなら、はやく言ってくれないと困るんだけどー。
「平民エルフ」とか気軽に言えないじゃーん。
いやそもそも相手のバックグラウンドに関わらず言うべきじゃないんだろうけれどもさ。
メッチャ悪人みたいなニュアンスになるじゃん?
リュミエは想定してた流れから急ハンドル切られてキョトンとしてる。
してるんだけど、いまチラっとこっち見たね?
あ、何かに気付いたね?
恐怖の眼差しで、こっちを一瞬みて、直ぐに目を逸らしたね。
あー、わかっちゃったね?
「林檎を贈ったのはリゼリアじゃなくて、ミリエル」
って。
私、たぶんいま、
ものすごく無機質な目で君を見ていると思う。
感情の無いケイ素生物みたいな目で。
いや、私もケイ素生物なんて見たことないけど。
──違うの。
こういう時どんな顔をすればいいかわからないの。
笑ってもいい?
いま笑うとガチめなサイコパス悪役令嬢みたいな笑みになりそうだけど。
それやったら二度とリカバリー効かないから必死で表情筋と戦ってるの。必死で。
いやリゼリアもさ、なんか悪い役を全部私に押し付けてご当地アイドルアニメのヒロイン感出してるけどさ、私が介入する前にリュミエの鳩尾を膝蹴りで垂直方向に貫いてたよなお前?
しかもあのあと、あたかもリュミエが闇社会・リベンジものに出てくるアウトロー系ギャルだったみたいな言い方して
「しばらくは1人で歩かない方が良いですお姉さま。警戒しながら一緒に行動しましょう」
とか結構シリアスな口調で言ってたよな?
そんなリゼリアが。
しまいにはこんな事言い出すのよ。
「私には、夢があるの」
「貴族学院の連中を、一人残らず、ギロチンにかけてやるの!」




