2 エルフのスレンダーは和食の出汁
「言いたいことは無数にございますが……とりあえず、最大のツッコミどころから参りましょうか。」
ミリエルは微笑んだまま、扇を軽く傾ける。
その所作ひとつひとつが、まるで舞台の主役であるかのように洗練されていた。
「まず第一に。爵位を有しているのは、わたくしの父、現アルフェリード公爵にございます。
当然ながら、わたくし個人は爵位を継承などしておりませんし、その廃嫡云々の権限はアルフェリード家にしかございません。」
チェンバロの音が大理石に溶けるように消え去り、聖堂の空気が静かに凍り始める。
「王太子殿下。まさかとは思いますが……」
ミリエルの凍てつく視線が、アルトリウスを鋭く射抜く。
「このような法学の初歩もご存知なく、廃嫡権をご自分が持っているとでもお考えで?」
そして――虚空から刃を振り下ろすように、
「バカですの?」
完璧な笑顔で、静かにトドメを刺した。
聖堂の高所から、パイプオルガンの音色が唸りをあげ始める。
「次に、不純異性交遊とやらについて。」
口をパクパクと虚しく開けながら顔を引き攣らせるアルトリウスを黙殺するように扇をぱたりと閉じ、挑発的に一歩踏み出す。
「天地神明に誓って、わたくし、そのような品のない行為には一切心当たりがございません。」
くすくすと微笑みながら、視線を壇上のリゼリアへと流す。
「……ああ、ただ、そこにいらっしゃる方とは別の……殿下が熱心に粉をおかけになっていた御令嬢たちとは、多少“懇意に”させていただいたことがございますけれど。」
空気がざわめく。
「もっとも、相手はすべて“女性”でございました」
数多の視線が壇上の王太子に突き刺さる。
ミリエルは、たっぷりと間を置いてから続けた。
「――異性交遊、の意味はご存知で?」
その声は、まるで幼児に読み聞かせる教師のような、慈愛すら含んだ嘲りだった。
「それとも、『王族への不敬』という方でございましたかしら?」
「お可愛がりの令嬢を、よりによって“女のわたくし”に横取りされて、さぞプライドがお痛みになられたのでは?」
ぷふ、と上品に吹き出す。
その勝ち誇った瞳に、王太子の顔がさらに蒼白になる。
「ついでに申し上げますが、『ふしだらな身体』と表現なさったのは……」
ここでミリエルは、堂々と胸を張る。
「わたくしのこの胸のことを指していらっしゃいます?」
ポーズと同時に、観客席の一部から明らかに拍手を飲み込む歓声が響いた。
「まあ、そうであるなら……お目が高いと申し上げておきましょうか。」
そう言った次の瞬間、扇の向こうから覗く紫水晶の双眸が、ひときわ鋭い軽蔑の色彩を帯びた。
――大理石の床を踏みしめていたはずの王太子の靴底が、かすかに、後退る。
†
さて、ここで少し世界の理の話をしよう。
そう、ハイエルフとしては相当に盛れている部類なのは認める。種族的なスレンダー基準からすれば、だいぶ攻めた造形だ。
でも正直に言って、人間基準だと──ふしだらというほどではない。
東京で人間やってた頃の私だって、脇から脂肪という名の漂流民を民族大移動させて限界まで寄せて盛ればこのくらいはギリ作れてた。
つまりは、現実世界で再現可能な範囲だ。
魔法じゃない。技巧と気合があれば到達可能な領域。
万人にわかりやすく説明すれば、
商品化会議の席で、マーケの人が
「いや……商品展開的にですね……ほんの、ほんの少しだけ……盛ってもらえません?なんというか、“映え”というか。こう…良い意味で」
と、女性編集者へのセクハラになるのを警戒しながら、資料と天井と誰もいない空間に順番に目線を逃がしながら、最後まで言い切らずに示す――
あのサイズ感だ。
──なお、
「エルフは、基本スレンダーである。」
そう明確に定義したこの世界の創造主は、正直、わかってる。
たぶん「帰らずの森の永遠の乙女」あたりに性癖を歪められたタイプだと思う。
プロファイラーとしての私の勘がそう告げている。
フルアーマー型(特に胸部装甲が厚めなタイプ)を否定するつもりはない。
ないが、それはあくまで変化球であり、
エルフの根源的な美学はスレンダーにこそあるべきなのだ。
それは、いかに和食が進化しようとも──
その基本が“丁寧な出汁取り”にあるのと同じである。
「エルフのスレンダーは、和食の出汁」
これ。大事だからメモ取っとくように。




