1 断罪劇のお作法は、前前前世で履修済み
――時は遡る。エルフ基準で、少しばかり。
貴族学院の大聖堂。
学園祭の華やぎが届かないその中心で、ひときわ厳粛な空気が支配していた。
煌めくステンドグラスはまるで神の目のように、壇上を裁く光を落としている。
「これより──!!」
壇上に立つ若き王太子アルトリウスが、声を震わせながら告発状を掲げる。
大聖堂に集う学生たちの視線が一斉に吸い寄せられた。
「公爵令嬢ミリエリス=アルフェリードの断罪を執り行う!」
壇上の白い床に彼の声が跳ね返り、会場に緊張が走る。
アルトリウスの腕の中には、可憐なエルフの少女──リゼリア。
儚げな瞳に涙を浮かべ、その小さな手が彼の袖を掴む仕草は、誰が見ても守りたくなるほど弱々しい。
背後に控えるのは、乙女ゲームのパッケージイラストからそのまま切り抜いてきたような、攻略キャラ然としたモブイケメンたち。
若き騎士団長候補、冷徹な魔術師、微笑を絶やさない策士──
「我らも君の味方だ」とでも言わんばかりの誇らしげな立ち姿。
「罪状、一つ──ふしだらな身体を使った不純異性交遊!!」
「罪状、二つ──数々の王族に対する不敬!!」
「罪状、三つ──聖女候補生リゼリアへの悪質ないじめ行為!!」
大仰に宣告するたび、聖堂中の空気が張り詰め、生徒たちの背筋が強張る。
そして――満を持して、という言葉が似合う間を置き、告発状を握りしめたアルトリウスが朗々と声を張り上げた。
「第一王太子、アルトリウスの名においてここに宣言する──!!」
大理石の床を打ちつけるような声が響きわたる。
「ミリエリス=アルフェリード、その爵位を剥奪する!!」
「さらに──我が婚約者の座を、ここに破棄する!!!」
彼は勝ち誇ったように顎を上げ、リゼリアを抱き寄せる。
その顔には「これぞ正義」とでも言いたげな、愚かしいほど純粋なドヤ顔が浮かんでいた。
後ろのイケメンたちは胸に手を当て、誰もが誇り高く頷く。
観客席から、期待に胸を膨らませる生徒たちの眼差しと、熱狂にも似た喝采が混じり合う。
しかし──
壇下のミリエルは、ただ微笑んでいた。
まるで、すべてが己の掌に収められた戯曲であるかのように。
その笑みは冷たく、清らかで、それでいて底知れない甘美さを帯びていた。
聖堂を満たすのは祝福の喧騒ではなく、嵐の前の静寂だった。
ここから始まるのが、本当の「学園祭」だということを
――王太子たちだけが知らなかった。
銀髪の奥、呪われた紫水晶のように燦然と輝く瞳を伏せ、ミリエリス――通称ミリエルは静かに息を整える。
――舞台の幕が上がる。
そろそろ断罪イベントが発生する頃合いだと睨んで誂えた漆黒と深紫のドレスは、禁忌魔術の素養を示す銀糸の髪とともに、夜気をはらむように緩やかに揺れた。
ハイエルフ特有の長い耳には魔銀細工のイヤーカフがひそやかに煌めき、胸元には儀礼用の魔石が燦然と灯っている。
――その瞬間、大聖堂に妖しく淫らなバロック調のチェンバロの音色が響き渡った。断罪の場には不釣り合いな、悪魔の舞踏会を思わせる旋律。
事前に「扇を開いたら弾き始めること」と指示しておいた、音楽院志望の生徒による伴奏が、思惑どおりに幕を開ける。
「――あぁ、あははっ、あーっはっはっはっはっ……!」
頭をわずかに後ろへと反らし、胸の奥から溢れ出すような高笑い。
その声には恐怖も後悔も一切ない。むしろ退屈を斬り捨てる妖刀のような煌めきを纏っていた。
月光の道を歩む夜の女王のごとくゆっくりと顔を伏せる。
白銀の糸で縁取られ、妖魔烏の極上の羽根で編まれた扇をそっと口元に添える。
「お戯れを、殿下」
チェンバロの旋律が一段と激しさを増し、ステンドグラスの光が揺らいだ。
大聖堂を満たす何かが、断罪者と被告人の立場を反転させるように、ゆっくりと――そして確実に、壇下のミリエルを中心に渦を巻き始める。
†
――なお、補足しておくと。
私ことミリエルは、最初の人生、つまり前前前世では、乙女ゲームだけを生きがいにする陰鬱な学生時代を過ごした限界社会人だった。
この手の「お作法」は、前前前世で寝る間を惜しんで履修済みだ。まかせてほしい。




