24 バイオレンスサイコ百合
「なるほど、なるほどねぇ……」
教官室の空気は、しん、としていた。 ミーナ教官は腕を組み、眼鏡の奥の目を細めて、私たちを見下ろしていた。
「これから神殿巫女の看板背負おうって子たちが……まあ、元気なことで」
ミーナは、机の端のキャンドルへと視線を落とし、指をひとつ鳴らした。
次の瞬間、芯に小さな火が宿る。
それを一瞬だけ見つめてから、呆れたようなため息をついて、私たちを睨みつけてきた。
「一つ聞きたいんだけどさ。あんたたち、何しにここに来たの?不良狩り?自分より強いやつに会いに?」
私は窓の方を向いて、口をとがらせて答えた。
「反省してまーす」
隣ではリゼリアが、むっとした顔で抗議していた。 「なんで私たちが怒られなきゃなんないんですか!」と言わんばかりの顔芸で。
不満の声が口いっぱいに詰まってて、まるで頬袋に木の実を詰めたリスだった。可愛い。
でもね。 私たちは“言ってない”のよ。
絡まれたことも、ちょいギャルエルフたちの「うちらのグループ入らないなら、お姉さま攫われちゃうかもよ?」発言も。
何故って?
それが“こっち側”の流儀だからだ。
神殿アイドル科なんて女子刑務所に毛が生えたような閉鎖空間だ。
女だけの規律と序列の世界。
看守への密告は信用と名誉を失う。密告野郎として下に見られたら、もう二度と浮上できない。
聖女なんて夢のまた夢。
「ふっざけんな!!」
ミーナ教官の声が爆ぜた。
ついに、眼鏡エルフの怒りゲージが点滅しだした。
「ここは神殿なの!神殿巫女育成してんの!地下格闘最強王でもサイコホラー悪役令嬢でもないの!!!」
テンポがおかしい。語彙も飛び火してる。そして圧がすごい。
「特にお前だよリゼリア!」
矛先が、隣に突き刺さった。
「お前の貴族学院の学費、どこから出てたか言ってみろ! ――神殿だよ! "お嬢様キャラ"として売り出すための先行投資! こんなんバレたら磔刑じゃ済まないんだからな!!」
聞いてはいけない話が耳を掠めた気がする。
隣のリスの頬袋も急速にしぼんでいく。
「なんで廊下のタイルが割れて、生徒が一人、医務室に運ばれてんのよ!!!」
まあ、そんな前例はないだろうね……。
ミーナがキレ散らかすのも、もっともである。
だけど、言われっぱなしというのも沽券にかかわる。
貴族学院ドロップアウト組として。
先公に舐められっぱなしというのもプライドが許さない。私の中の悪役令嬢が黙っていない。
「一つよろしくて?」
「そもそも今回の騒動はミーナ教官が、私たちが貴族学院にいたということを仰ったからこそ、起こったという一面も否定できないのではありませんこと?」
商家の娘ごときに遅れをとっては公爵令嬢の名折れ。
「そーですそーです!おねーさまの言うとおりですー!」
「ミーナ教官が私たちのプライバシーを暴露してなければこんなことにはならなかったんですー!」
リゼリアが、元気に同意する。
完璧な太鼓持ちキャラ。
冷静に考えたら、貴族学院出身をバラされたことと今回のギャルエルフ騒動に因果関係なんてない。
ないけど──関係なくていいのだ。
クレーム対応の鉄則。反論の筋が通っているかどうかなんて、実はどうでもいい。
大事なのは、相手が「あれ、もしかして私にも非があるかも?」と一瞬でも思うかどうか。
その一瞬さえ奪えれば、怒りの炎は酸欠を起こす。
案の定。ミーナの顔が、グヌヌとなる。
しかし次の瞬間。
「おーおー、ならこうだ!」
酸欠を起こしたはずの怒りの炎が、一瞬の沈黙を吸い込んで再着火した。バックドラフト。
ミーナは私が提出していたユニット企画書を、 天に掲げるようにバリィィッと破り捨てた。この手つき、慣れてやがるな?
「“ミリゼリア”? なにがエレガンス系お嬢様ユニットよ!」
「お前らのユニットは、認めない!!!」
バサッと机に紙くずが舞い、私たちの希望も散った。
「最低あと一人入れて、三人グループ!」
「それができなきゃ、留年確定!!」
「もしくはユニット名は“バイオレンスサイコ百合”だ!!!」
「バイオレンスサイコ百合……」
リゼリアが名探偵みたいなポーズで顎に指をあてて、真実を発見したような声を出した。
「――意外とありかも」
ねーよ。
完全にイロモノじゃねーか。
芸人のコンビ名じゃねーんだぞ。
ヘイギャルギャルギャルギャルギャルギャルギャルギャルギャルギャーン!
オッオー!! オッオー!!
ミリエル「――闇夜を裂いて舞い降りた、ハイエルフ系悪役令嬢、ミリエル!」
リゼリア「――愛と狂気の殉教者、元祖・寝取られ系聖女候補生、リゼリア!」
二人「ふたり揃って──ミリゼリア改め、バイオレンス☆サイコ百合でーすっ!」
\ワアアアアアア!!(謎の笑いと歓声)/
ミリエル「……って名乗ってから思ったけど、百合って自己申告するものじゃなくない?」
リゼリア「でも、お姉さまが“ビジネス百合で行こう!これで勝つる!”って言い出したから……」
ミリエル「ビジネスって言うなよ!!」
リゼリア「でも最初の打ち合わせで“初動はバズ重視でいこう”って……」
ミリエル「やめろぉぉ!! そのへんの舞台裏バラしたら次から劇場呼ばれなくなるから!!」
\(笑い)/
リゼリア「じゃあ、百合じゃなくて――バディって言います?」
ミリエル「なんで急に健全路線に戻そうとした?」
リゼリア「だって、私たちの関係って──魂の双翼、ですよね?」
ミリエル「中二病か!? 」
リゼリア「じゃあやっぱり、“百合”にしときましょうか」
ミリエル「戻すな!! もうビジネスってバレてるから!!さっきお前がバラしてくれたから!」
リゼリア「大丈夫、百合はビジネスでも、バイオレンスはガチですから!」
\/
じゃ、ねっーんだよ!
いい加減にしろ、もういいわ。
そもそも百合は健全だ。
†
「あとミリエル、お前は当面の間、悪役令嬢仕草禁止!」
裁判ゲームのアレみたいに私をビシッと指差しながらそんな台詞をキめてくるミーナ。
まったく、無礼な平民ですこと。
「お前とりあえず困ったら悪役令嬢仕草で逃げてんだろ?わかるからな、そういうの?」
「そもそも廃嫡されてんのに悪役令嬢仕草とかクソ痛々しくて見てらんないし。お前いま平民だからな?自覚あるか?自虐ネタしてるって?」
グハッ。血が口から噴き出す。エアーで。
真っ赤な鮮血が。
もう少しさ、こうさ、なんというかさ、手心というかさ?無いかな?
改めて指摘されるとさ、ごもっともだけどさ?
そういうダメ出し、オブラートに包まないと担当作家に既読無視されるよ?
こうして私たちは、三人目のメンバーを探す羽目になった。
小一時間ほど抗議したが、ミーナの意思は岩より固く。 ようやく見せてもらったのは、同期の名前その他が一覧で載った“マル秘名簿”。
実家の太さまで書いてある。
──地獄のスカウト戦が、幕を開けた。
ちなみに……医務室送りになったちょいギャルエルフ、リュミエ・フェルボワの住所と家族構成もきっちり名簿に載っていた。
個人情報、ガバである。
第五外環の灰の裏路地。通常アッシュバック。
うん、控えめに言ってもあまり治安のよろしくないエリア。
念には念を入れておこう。
争いは、勝ち筋が見えた瞬間に“飲み込み”にいく。
様子見なんて、趣味じゃない。
だから、私は定期連絡を取ってる公爵家の執事(という名目の工作員)に頼んで、とびきり上等な林檎を一つリュミエの妹宛に届けてもらうことにした。
公爵家の家紋は入ってないけど一目で“格”がわかる馬車で。
人ってね、誰かを脅すときは気を付けないといけないんだ。
その言葉ってさ「自分が相手だったら怖いと感じるもの」になりがちだから。
つまり、「身内が攫われるかもよ?」って脅しをかけてくるやつは、自分の身内が攫われることに恐怖を感じる可能性が高そうだな、って。
あ、もちろん私としては単なる仲直りの印のつもりだよ?
貴族の馬車でお届けするのもサプライズの演出。ご近所でちょっとした噂になって鼻が高いかな、って。
「お前の妹はいつでも“エスコート”できる」
って勘違いするのは向こうの勝手、だけどね。




