23 我、公爵令嬢ぞ?
売店で買い物を済ませて、いったん部屋に帰ろうとしていたら──
なんか、リゼリアが絡まれていた。
制服の崩し方からして、ちょっと“アレそう”な子たちに。
そう、制服。
神殿アイドルコースの巫女服という名の異世界式制服。
良いのよ、これが。袖に刺繍、深めのプリーツ、揺れるリボン。完全に”わかってる”やつの業が織り込まれている匠の技。
ミーナ教官が着るにはちょっと可愛すぎるけど、だからこそ着せたい。
社会人五年目の先輩OLに、卒業した学校の制服を頼み倒して無理やり着せる背徳感。
羞恥に滲む恥じらいフェイス。人類の至宝。
そんな制服をゆるっと崩して着てるギャルエルフたち。
エルフ耳にピアス、前髪にハイライト、スカートは短く、襟元はルーズ。ちゃんと”着こなしてる”。
そう。ギャルと言っても、ガチじゃない。
オタクに優しい可能性を期待させる、程よい質感のギャル。私、正直キライじゃない。
貴族学院にはいなかったんだよね、こういうタイプ。
みんな違ってみんないい。
それが、見目麗しきエルフっ娘なら尚更である。
立ち絵としては完璧。
ギャルに囲まれる聖女候補リゼリア。
映える、映えるぞこの構図。
──で。
そろそろ私の出番、なんじゃない?
状況的にアレでしょ?
にこやかに割って入って「ごめんね、この子、私のツレだからさ?」って言って、
顔だけ枠のはずのミリエルが、ギャル相手に無言の目線圧で静かに黙らせる──
で、颯爽と去る。
セオリー通り。お姉さまの最適解。それでいい。
……と思ってた、その矢先。
ん? なんか今、リゼリアがすごく不穏なセリフを吐いた気がする。
「うん。
“生きて帰れますように”って」
いやいや。
それ、“気軽に引き金引ける側”の台詞じゃん。
案の定、
――次の瞬間。ギャルの一人が、宙に浮いた。
リゼリアの背中が、ふっと丸まった。
ほんの刹那、重心が地面に吸い込まれる。
次の瞬間――
蛇が鎌首をもたげるみたいな鋭角の軌道で、膝が跳ね上がった。
→↓↘というコマンド入力が視えるかのような対空確定技が綺麗にギャルエルフの鳩尾に入り、宙に浮かす。
……うわー、痛そうだなあれ。
そのままギャルエルフは落下し、地面で痙攣しながらのたうつ。
……のに合わせて、さっきまで顔があった位置に、
リゼリアの踵が、迷いなく振り下ろされた。
ズバンッ!!!
八極拳かな?
タイル、ヒビ入ったよね?
震脚ってやつ?“発勁”使えたりする??
状況についていけない双子ちゃんたち、顔面蒼白。
「怖くて動けない」って言い訳でもしないと心が壊れるレベルの光景を前にして完全にフリーズ。
ねえ、リゼリア。
その目つき、アイドルもののヒロインがやっちゃダメなやつだよ?
お姉さま、ちょっと引いてますわよ???
──で。
そんな修羅の所作をなしとげたリゼリアが、私に気づいた。
目を細めて、ぱあっと花が咲いたみたいな笑顔。
小さく、ガッツポーズ。
やめろやめろやめろ。
「お姉さま、見てくださいました!?」
「あとでいっぱい褒めてくださいね!」
みたいなフンス顔やめろ!
お姉さまは、どうリアクションとっていいかわからない。
──どうする?どうしよう?
頭の中で、私の“脳内元老院”が喧々諤々の会議を始めていた。
・エレガント派:「静かに去れ、優雅であれ」
・貴族派:「攻勢に出よ、格の違いを見せつけるのだ」
・転生OL派:「え、リンゴあるけど?」
だが元老院、決議に至らず。
状況、変わらず。
うん、もうここまで来たら──
ノーカン。そう、これはノーカンにしよう。
脳内でそう結論づけて、思考停止のまま倒れてるギャルエルフの近くまで行ってしゃがみ込む。
エレガント派、敗退。
まだ息ができずにのたうっていたギャルエルフと目が合う。
ここで何をするべきか、事前に確定しておくべきだった。
けれどこの時点まで混乱ステータスでノープランだった私は――
気がつけば、売店の紙袋からはみ出していた林檎を、舞台小道具みたいに掲げていた。
祈祷スキル。
最初の転生でカンストしている私の十八番。
無詠唱で身体強化を付与。
祈願魔法。世界に祈りを捧げることで望む現象を引き起こす奇跡。信仰心の有無にではなく、イメージや瞑想の深度に依拠する魔法。
500円玉を指でペキョッて二つ折りにできる程度の握力を、掌に宿す。
ごめん。魔が差したんだと思う。
私もさ、長く悪役令嬢やってたじゃん?
たぶん染み付いてたんだろうね。
悪役令嬢の矜持ってやつが。
このまま平民エルフのサイドキックみたいな立場には甘んじられないぞ、と。
貴族派の勝利。
「我、公爵令嬢ぞ?」って。
廃嫡されてるけど。
で、私がなにをやったかというと。
──林檎を握り潰した。
まだ地面で声なき声でうめいているギャルの、ちょうど顔の上で。
転生OL派も爪痕残した。
甘い香りが、逃げ場をなくした悲鳴みたいに弾け散る。
私は“悪役令嬢の笑顔”という破壊力抜群の表情を浮かべて、言った。
「フフッ。喉が渇いていらしてるのではなくて?」
ちょいギャルエルフは、目を見開いたまま──
搾りたてのリンゴジュースに溺死するみたいに、理性が追いつく前に、白目を剥いて意識を失った。
残りの二人の双子ちゃんたちは、動けなかった。
恐怖で固まったを通り越して。
いくらボタンを押しても選択肢カーソルが動かない。そんな顔をして。
一人は呆然と口を開けたまま立ち尽くし、もう一人は震える指で、なぜか「私、関係ないです」みたいな謎のジェスチャーをしていた。
その手元には、丸い飴が細い棒の先についたキャンディー。
透明なセロハンに包まれてる棒付きのアレ。
わかってる。タバコの代わりだよな。
未成年ぽいキャラがタバコを吸っているのはNGですって校正から赤入れられちゃうもんな。
わかってる。元・本職だから
もう一人は、目を見開いたまま両肩を小刻みに震わせ、手を合わせて祈っていた。
「生きて帰れますように」っていう仕草で。
†
で、私たちはいま教官室にいる。
頭から角を生やして湯気を立ち上らせているミーナ教官の、地獄の独演会を最前列で鑑賞させられてる。
ミーナ教官のヒールが苛立たしげに床をつつく音だけが響き渡る、教官室で。




