21 「ミリゼリア」結成
自己紹介騒動があった初日から、しばらく経ったある日。
神殿の生活は不思議なもので、同じ鐘の音で起き、同じ祈りを捧げ、同じレッスンを受けていると、時間の輪郭がすぐに曖昧になる。
朝の発声。
基礎舞踏。
神学。
礼法。
そして、ミーナ教官の容赦のないダメ出し。
気づけば私たちは、“候補生”というより、もう半分くらい“商品サンプル”の扱いだった。
誰がどの位置に立てば映えるか。
誰の声と誰の声を重ねれば売れるか。
そういう話が、当たり前の顔をして飛び交う。
夢の舞台というより、完全にマーケ会議だ。
……嫌いじゃないけど。
でも、どうせならもっとこう、業界の裏側的なのではないキラキラしたアイドル候補ライフを送りたかった。
その日の最後、ミーナ教官がぱん、と手を叩いた。
「はい注目。みんな、来週までにグループ作ってもらうから」
教室がざわつく。
「聖女を目指すにしても、最初からソロで輝ける奴なんていない。まずはユニットで、“全体の一部として見られること”に慣れろ」
合理的だ。
「どうしてもソロがいいって奴も、とりあえず一回は組め。相性は、やってみなきゃわからない」
うん。正しい。
そして私は、嫌な予感しかしなかった。
隣を見る。
見るまでもない。
リゼリアはもう、こちらを見ている。
仔犬が「もう散歩の時間だよね?」って顔で、リードを咥えて待っているときの目。
リゼリアという既成事実が、鼻息荒くこちらへ近づいてくる。
「お姉さま」
来た。
「もちろん、一緒に組んでくださいますよね?」
断る選択肢、ある?
ないね。
ここで拒否したら、周囲はどう見るか。
今までさんざん人前でもいちゃついて(※主にリゼリアから一方的に)、貴族学院で一緒だった過去まで暴露されて(あの教官眼鏡エルフによって)。
ここで「いや他の子と」なんて言ったら、
私は血も涙もない悪役令嬢として、同期の記憶に刻まれる。
……まあ事実なんだけど。
でも他人の目ってあるじゃん?
だから私は微笑んだ。
「ええ。もちろん」
リゼリアの顔が、花が開くみたいに明るくなる。
ああもう。
こういうところが強いんだよな、この子。
でも、ここで問題がある。
このままユニットの頭数を増やしてしまうと、その増えたメンバー──つまり新規ヒロインに、手を出しづらくなる。
いや、出せないわけではない。
ただ、リゼリアが邪魔だ。
……ごめん、邪魔って言っちゃった。
とにかく、同一ユニット内での同時攻略は無謀だ。
どのくらいのコミュニティ規模であれば何人までの同時攻略が可能かは貴族学院でのトライアンドエラーを繰り返してシビアな目線で把握している。
私とて万能ではない。
5人やそこらの仕事場でリゼリアみたいな嗅覚の鋭そうな有能キャラと同時攻略なんてトライしようものなら――ギスギス一直線。不可避。
ユニット管理もできないやつに、センターは任せられない。聖女戦線からの離脱が確定。
致命的である。
だが、私のワクワク神殿アイドルライフはまだ始まったばかりだ。
無限の可能性は、最大化して確保しておきたい。
つまりこの状況を切り抜ける最適解は──
「二人でやろう」
「は、はいっ?」
一瞬、リゼリアが固まる。
「他の子は入れない。デュオ。固定」
宣言。
リゼリアの頬が、みるみる赤く染まる。
「え、え……」
「ふ、ふたり、だけ……?」
そうだよ。
デュオという檻の中で隔離しておくんだよ。
君という猟犬が新規ヒロインに噛みつかないようにね。
私は優雅に微笑む。
「そのほうが、やりやすいでしょう?」
本音:管理コストが低い。
リゼリアは何度も瞬きをして、
やがて胸の前で手をぎゅっと握った。
「……はい!」
声が弾む。
嬉しさが、まったく隠れていない。
この仔犬、完全に尻尾振ってる。
千切れそうなくらいに。
教室のあちこちでグループ交渉が始まる中、
私たちのユニットは、爆速で成立した。
唯一解ではあるが、我ながらダメージコントロール感がすごい。
……まあいい。
どうせ逃げられないなら、
この状況を最大限、利用するまでだ。
私はリゼリアにだけ聞こえる声で囁いた。
「ちゃんとついてきなさいね?」
リゼリアは、まっすぐに私を見る。
「はい。どこまでも」
……重い。
心が痛む。ほんの少しだけ。
ともあれ、こうして。
私とリゼリアのデュオ──
エレガンス系お嬢様ユニット
「ミリゼリア」が、正式に結成された。




