17 祈っても変わらない私
恥ずかしくて死にそうな目にあった自己紹介のあと、一通りの同期生の紹介が終わり、神殿アイドル科の一日目は、なんとか幕を下ろした。
全身を焼く羞恥心の熱が冷めないまま、私はルフェリアと一緒に大浴場に向かった。
扉を押し開けた瞬間、白い湯気が頬を撫でた。
石床に響く微かな足音が、空間の静けさを際立たせる。
神殿の奥深くに設けられた大理石造りのこの場所は、夜になると巫女たちの心と身体を清める聖域となる。
天井の精霊石が、淡い青白い光を灯し、水面に静かに揺れていた。
私は手早く衣服を脱ぎ、バスタオルを胸元から斜めに巻きつける。
隣ではルフェリアも、無言で準備を進めていた。
かけ湯を済ませ、洗い場へ。
小さな木桶に湯を汲み、石鹸の泡を立てる。
できるだけ前かがみになりながら、素早く身体を洗い流す。
髪を洗うときも、猫背のまま。
泡が目に入らないよう顔を伏せていると、隣の洗い場から笑い声が聞こえてきた。
銀髪のミリエルが長い髪を結い上げ、うなじをあらわにしている。
その所作のすべてが、舞のように優雅で、目を奪われる。
隣のリゼリアが何か囁きかけ、ミリエルが肩を震わせて笑った。
二人のあいだに流れる空気は、どこか親密で、柔らかくて……。
──そのまま、目が離せなくなっていた。
湯気のヴェールの向こう、髪をかき上げたミリエルの横顔がふわりと浮かぶ。輪郭が揺れて、それが余計に神秘的に見えた。
華奢な体躯なのに、曲線が美しく整っていて──
エルフとしては珍しいほどに、恵まれた身体。
胸の奥で、きゅっと何かが疼いた。
慌てて髪をすすぎ、タオルを解いて湯船へと向かう。
湯に身を沈めると、反射的に体育座りになり、膝を胸に抱え込む。背中は自然と丸まっていた。
「いやー、今日も一日大変だったねー」
少し遅れて入ってきたルフェリアが、隣に身を沈めながらぽつりと呟く。
私は小さく頷いたきり、言葉を返さなかった。
視線が、また自然と周囲をさまよう。湯船の向こう側で、何人かの少女たちが寛いでいた。皆、それぞれに美しく──そして、恵まれている。あの子も、この子も。
きっと美容魔法で"努力"して、理想の姿を手に入れたのだろう。 当然のように、美しくなる権利を行使して。
胸の奥が、また疼いた。湯の中で、じっと自分の体を見下ろした。
うっすらと割れた腹筋。鍛えられた手足。無駄のない肢体。それは、信仰と鍛錬の証。
……けれど、それだけでは足りないのだ。
神殿での生活が始まって、まだ一日。
けれど、もう分かりかけていた。
自分が、この舞台のどのへんに立っているのか。
歌うことなら、誰よりも好き。自信もある。
踊ることも、人一倍努力してきた。
信仰の深さなら、誰にも負けたくない。
──でも。
観客はまず、"見た目"で判断する。
神殿アイドルとして舞台に立つとき、最初に見られるのは、心ではなく身体なのだ。
だから私は、美容魔法の指南書を読み漁った。
先輩たちの成功談に耳を傾け、祈りの仕方を真似し、強く念じた。
『そう在れ』と祈り、理想の姿を思い描く。
胸に添えた手のひらから、そっと温もりが広がる──でも、その光はいつも、願いの輪郭すら結べぬまま、霧のように消えてしまう。
「ちゃんと祈れば、きっと変われるから」
そうやって、みんなは"祝福"を受けていく。
祈りの力で──身体を、“理想の自分”に近づけていく。
美容魔法は努力と信仰の結晶。
だから変われない私は──
祈りが足りない。信仰が足りない。
──そう、思われるのだ。
「……はぁ」
小さく、ため息が漏れた。
ルフェリアが、ちらりとこちらを見る。
その瞳に宿る、言葉にしない優しさ。
彼女は知っている。
私が、何度も挑戦しては──
布団を頭から被って悔し涙を流してきたことも。
「……エリュ」
ルフェリアの声で、思考が戻る。
「そろそろ上がろうか」
「……うん」
湯を出るとき、隣の洗い場で金髪の少女が立ち上がった。
八重歯を見せて笑い、友人と軽口を交わしている。
制服を着てるときの着崩し方からして、少し砕けた子だ。
信仰心には薄そうな、けれど魅力的な、そういう"華"のあるタイプ。
……羨ましいなんて思いたくないのに。
脱衣所へ向かいながら、私は無意識に自分の胸元へと視線を落としてしまう。
濡れたタオルが、ぴたりと肌に張りついている。
薄い布地の向こうに透ける輪郭。
タオルを握る指先に、力がこもる。
そこにあるものと、ないもの。
祈っても変わらなかったもの。
それらすべてを、私は──
痛いほどに、知っていた。
「はぁ……」




