15 無害の仮面を被る華のある地蔵
教官ミーナは、教壇の前にすっくと立ち、すでに“仕事のできるメガネ教官モード”。
「じゃ、まずは各自、今日の自己紹介から。神殿アイドルは、“自分という舞台”に観客を招き入れるところからだからね」
「ただの自己紹介と思うなよー? 魅せてくれよ?」
なるほど。言い回しがそれっぽい。さすがは元・第十七位。言葉の選び方に重みがある。
ちらりと隣を見ると、リゼリアは私の袖をちょこんと握って、小さく首を傾けている。
……ダメだこの子、完全に「隣の席で一緒に成長していくヒロイン」枠に入ってる。
ずるい。配置が完璧すぎる。
私が攻略する側じゃなくて、逆に“攻略される側”に回ってる気すらしてくるのは、気のせい……だよね?
私の中のツッコミが飽和しかけたところで、ひとり、前の席の子が立ち上がった。
エリュシア・アルヴァレア。
金髪のショートボブに、純白の刺繍リボン。
制服の着こなしが妙にビシッとしてて、所作が“本職”っぽい……気がする。
軍人のように凛とした佇まい。
たぶん合宿の大浴場シーンとかでも胸部装甲隠さないストイックなタイプ。
スラッとした完璧な身体のラインを邪魔することなく、邪な感情を抱く余地のないひたすらに美しい彫刻のような造形。そんな神の造った芸術品のような黄金律の神々しいエルフ。
至高にして究極の“和食の出汁”。
が、
「私は、かつて神の声を聴きました」
第一声がそれだった。
「この身体と命のすべてを、祈りと舞台に捧げる覚悟です。喉が潰れても、魂で歌い切ります。お会いできて光栄です、ミーナ教官」
……重っ。
いまのって、自己紹介? “聖戦の布告”じゃなくて?
ていうか私、信仰心とか神の啓示とかガン無視してここ来てるんですけど。
この空気、大丈夫? 生き残れる?
てか君はアレでしょ?
信仰心が強すぎて異教徒の村を女子供まで皆殺しにしろって命令を一度は実行して、でもそれがトラウマで──
終盤で主人公と衝突して、信仰か人生かを選ばされるタイプ。
もしくは、教会の暗部で暗殺やってて、最後までブレずに殉教して主人公にトラウマ残す系。
たぶんそっち。
決め台詞は「神罰執行!各員、血の一滴に至るまで女神に捧げよ!」とかだよね?
わかる、そういう子。私も元・本職だから。
……って、なんでそんな子がアイドル育成スクールにいるの? 迷子?
教官ミーナはその自己紹介に、にっこり微笑んだあと、さくっとコメントを添えた。
「うん。良い声だね。君はたぶん“歌唱演目”枠。喉、大事にしな」
えー。この世界、あれがわりとデフォなの……?
しかも席に戻るとき、チラっと目が合ったんだけど、なんかキッと軽く睨まれたような気がするんだけど。
胸部装甲薄めディバインエルフの妄想、実は漏れてたり?
そして、次は――私の番。
魔導マイク(タカシの遺産の一つ)が、淡々と私の名前を拾った。
「次、ミリエル・アークフェリア」
立ち上がる。全員の視線が、こっちを向く。
研修室の空気が、ぴたりと凍りつく。咳払いひとつ、許されない感じ。
私は、一度だけ深く息を吸って──
笑顔を貼り付けた。
「第四聖区の方から来ました、ミリエルと申しますっ。
ええっと……歌もダンスも、まだまだ未熟ですが、笑顔は誰にも負けません。
精一杯、がんばりますので……どうぞよろしくお願いいたしますっ!」
……やった。やりきった。
──私は今、“無害”を演じきった。
完璧な自己紹介。ほんとは第一聖区だけど、方向は同じだから嘘じゃない。
人畜無害な顔だけ担当。華のある地蔵。笑顔だけが取り柄の箱入り令嬢。
みんなが「なんか無難そうな子きた」と思ってくれれば、それでいい。
今は、まだ“目立つ時”じゃない。
ここはまだ様子見。
──うん。
今日の私は、世界一の無難枠。
ちなみにアークフェリアは神殿からアルフェリード家に嫁いできた祖先の旧姓。
私はにっこりと笑いながら席に戻った。
最前列の子が小さく拍手をくれた。いいぞ、バフがかかってる。
その瞬間、壇上のミーナ教官と目が合った。
目が……笑っていない。
──バレてるな、これは。
というか、たぶん私は「貴族学院で前代未聞の不祥事を起こして廃嫡されて神殿送りになった」くらいの申し送りはされてる。
ミーナ教官は名簿を指先で軽く弾いたあと、頬をかきながら――爆弾を投下した。
「──あー、ついでにな。ミリエルとリゼリアは、ついこないだまで貴族学院にいた。どうせすぐ噂になるだろうから、変な誤解になるまえに言っとくぞ? いいな?」
唐突な爆弾投下に、教室の空気が揺れた。
ガッッデム。
やったNO!やってくれたNO!!
もっとこう……手心というか、それとなく隠していただけるとか、ないの?
神殿ってそういう個人情報保護制度とか──
言っとくぞ?ってもう言ってるじゃん。
一瞬の静寂。
そして──ざわざわと、小さな波紋が広がっていく。
「……え、貴族学院って、あの?」 「直通組? ガチの?」 「アークフェリアって、もしかして“あの”……?」
「え? ハイエルフ?」
ひときわ高い囁きが耳に刺さった瞬間、私は条件反射でピクリと眉を動かしそうになった。
──ちがう。いや、ちがわないかもしれないけど、ちがう。
たしかに私は、そういう“カテゴリー”に分類されてしまう立場かもしれない。
でも今それ言う? 空気読もうよ、せめて初日くらい。
私はうっすら目を閉じた。
やめて。やめてください。
まだ“無害枠”のつもりなんです。今はただの地蔵枠でいたいだけなんです。
でも現実は無慈悲だ。
ざわつきが、私たちの列を中心にして、螺旋状に広がっていく。
興味、偏見、妄想――空気が、色づいていくのがわかる。
──ミーナ、あの眼鏡ほんとにやってくれやがった……。
と、そのとき。
私の隣で、リゼリアがするりと立ち上がった。
まるで卒業生代表のような佇まいで、
背筋をすっと伸ばし、壇上へと歩いていく。
お姫様のようで、けれど完璧すぎてどこか怖い、あの歩き方。
……そのすべてが、さらなる“想像”と“誤解”を呼び込んでいく。
彼女は、壇上に立つと、軽く会釈した。
深すぎもせず、浅すぎもせず。完璧な礼儀の角度。
「第五外環・灰の丘育ち、リゼリアと申します」
声は澄んでいた。音楽の調律のように、静かで、正しく、美しい。
「元学院生として、かつて多くを享受し、多くを失いました。
けれど今、こうして神殿という新たな場に立ち、再び祈りを学ばせていただけること──
そんな奇跡を賜った幸せに感謝しています」
彼女は一瞬だけ目を伏せ、まるで独り言のように微笑んだ。
「どうぞ、これからの時間が、皆さまにとっても祝福の螺旋となりますように。
──よろしくお願いいたします」
その瞬間、教室の空気が、明らかに変わった。
誰も喋らない。誰も動かない。
ただ、その場の“温度”だけが、少しだけ下がったような気がした。
“祝福の螺旋”。
おそらく彼女にとっては、何気ない言葉だったのかもしれない。
でも私は──なぜか、それが「逃げ場のない螺旋回廊」の暗喩に聞こえて、背筋がぞわっとした。
リゼリアは静かに礼を終え、私の隣に戻ってくる。
私は、ちらりと彼女を見た。
彼女は、まるで何事もなかったかのように、ただ座って、手を膝に置いていた。
……この子、やっぱり只者じゃない。
ナイスフェイス、ナイスボディ、ナイス佇まい。
私は深く、ひとつだけ息を吐いた。
「リゼリアも……なんかすごく所作綺麗だったし、もしかしてそっちも?」
「灰の丘って言ってたけど、あそこ、貴族の保養地じゃなかったっけ?」
そんなヒソヒソ声が止まらないうちに──
次に立ち上がったのは、青銀の髪を長く伸ばした、知的な雰囲気の眼鏡エルフだった。
その立ち姿を見た瞬間、私の心臓が妙な音を立てた。いや、これは……いける。
そう、二体目の眼鏡エルフ。まさか実在するとは。ミーナ教官に続く、神が与えし奇跡の造形。
しかもミーナとは違うベクトルで完成されている。社会人お姉さん系とはまた違う、知的クールビューティー系。
属性の重複を避けた神の采配に感謝したい。




