14 神殿アイドルのキャリアプラン
「神殿アイドルの賞味期限は短い」
ミーナ教官の低く抑えた声が、研鑽室の湿気に沈んでいく。
「自分の“今”がどれだけ限られてるか、常に意識して一日一日を過ごしなさい」
……まあ、たしかに。
男はだいたい若い女が好き。
統計取ったらだいたい若い女の方が好き。
異世界でも例外じゃない。 そもそも中世ファンタジーの“結婚適齢期”が10代後半。
そんな「理想的」な免罪符によって、“若い女好き”という概念すら社会規範に吸収されて、可視化すらされていない。
「歌や踊りを磨くのは当然。そのうえで、自分の神殿アイドルとしての“賞味期限”が切れた後、どう生きるかを考えておきなさい」
ミーナ教官の言葉が、静まる研修室に刺さり続ける。
「元神殿巫女の肩書は婚活市場じゃ最強格」
……婚活。
いや、私、三回転生したけど“婚活”なんて単語に出会ったの、最初の人生以来なんだけど。
「適当な男爵とか子爵の三男坊あたりを捕まえるのがコスパは良い。でも油断しないこと。側室なんかになると、実家が弱いぶん政争に巻き込まれたら詰む。帰れる“太い実家”がないなら……」
ミーナの声が、ふっと落ちる。
「人生ごと袋小路よ。私は運良く中途半端な実績あったから、貴族に”身売”せずに済んでて、今もこうして裏方にしがみついていられるだけ」
──いや、この世界エグみ強くない?
もうちょっと夢がある異世界に転生したかった。
神に祈ることが義務で、青春が贅沢品。
ハイエルフとして生まれ育って貴族居住区の内側で育った私には、こんな現実なんて一度も知らされなかった。
「ここまで言っても、どうせみんな“自分は違う”って思うんでしょ。自分は聖女になるから大丈夫、って。だから最後に、これだけ言っとく」
言葉が空気を切るように鋭くなる。
全員が息を飲む。
「“元神殿アイドル”の肩書きで娼館デビュー──これだけは本気で、やめてほしい。否定はしない。本人が覚悟して選んだ道なら、それはそれでいい。でもその先が、あまりにもリスキーすぎるの」
静まり返る控室。
「“元神殿アイドル”ってブランドが、食い物にされる。女衒、黒社会、スカウト崩れ。ほんの少し道を踏み外しただけで、そういうのが一斉に群がってくる」
重い。
重すぎる。
なんか違くない?
アイドルものの初日だよね、これ。
……てかこの世界、スカウトいるの??
職業カテゴリの懐が無駄に広い。
ファンタジー世界には普通いないよね、スカウト。いや、いるけど斥候の方だよね。
道歩いてたら「今月、ちょっとお財布ピンチだったりしない?」とか声かけてくる方じゃないよね。
「だからお願い。いつか、自分が道を外れそうになってるかもって思ったら──私を訪ねてきなさい。私にできることは少ないかもしれない」
「でも、そのときのあなたが、自分で自分をどれだけ汚れていた思ってたとしても──話くらいは、ちゃんと聞くから」
「だから、絶対に忘れないで。今日この日、“神殿アイドルの最初の講義”で、そんなことを言った“アイドル崩れ”がいたってことを」
……きっと、ミーナには救えなかった教え子がいるんだろう。
それを今でも後悔してる。
自分を責め続けてる。
鉛を口から無理やり流し込まれたような暗くて重い空気が、研鑽室に覆い被さる。
皆、出荷を待つフォアグラ用のガチョウのように黙り込んでいた。
顔を上げる者はいない。
誰もが、手元の水晶板や机の模様や、誰のでもない靴の先を見つめていた。
覚悟や夢といった言葉が、静かに息絶えていく音がした。
演説は終わった。
拍手もない。
咽び声もない。
あるのは、沈黙と、微かな絶望と、「自分は“そっち側”ではない」と思おうとする姑息な心の動きだけ。
自分の命が何グラムなのか、何人目の犠牲者になるのか、神殿アイドル科という船に乗った自分がどこへ向かっているのかなんて、もう誰にもわからなかった。
そんな中、
ピシッと手を挙げたのは、リゼリアだった。
「教官、自分で言ってましたよね? “神殿アイドルを引退しても、この業界にいる”って」
「舞台を降りてもこの業界で女一人で生きていくことはできるんですか?家族を養えたりして。」
リゼリア、お前ハート強すぎだろ。
だがミーナは怒るどころか、疲れたように苦笑した。
「たまたま実家が太い商家だからよ。諦めがつかなくて、裏方に回ってしがみついてるだけ。でも……もう限界かもしれない。親からの“結婚しろ”圧も、年々本気になってきてる」
救いがない。
静まり返る研鑽室。 目を伏せる子もいる。
ここが約束された楽園の入り口なんかじゃなく、元々自分が立っていた地獄と地続きの苦海の入口であることに気付いてしまった子もいる。
──けれどリゼリアだけは、最初からわかっていたみたいだった。
ここは希望の場所なんかじゃない。
信仰という名の偶像ビジネスで、女をすり潰すための舞台装置だと──。
私はというと、「まあアイドルとか楽しそうだしー!」なんて甘い気持ちでこの研鑽室に入ったことを、ちょっとだけ後悔した。
私には『この世は舞台、人々は|みな役者、そして私は脚本家』がある。
だから、私はたぶん聖女になれる。
他の誰かに譲るつもりもない。
けれどそれは、本来ならチート能力なんて持ってない人が、血の滲む努力の末に辿り着く場所。
私は、文字通りの“チート”で、
その場所を横取りしようとしている。
……戦闘チート系の転生者が敵軍を消し飛ばすとき、
その“戦果”の裏には、名前も顔もある命が、ちゃんと存在していたはずだ。
誰かの人生だった命。
誰かが祈りながら帰りを待っていた命。
私は、そういう命を“経験値”とか“ノルマ”で処理するような化け物にはなりたくない。
……少なくとも今はまだ、そう思えている。
でも、私がやろうとしてることも──
それと、そんなに違わないのかもしれない。
チートスキルは麻薬だ。
いつか私も、ゲームセンターのガンアクションの筐体でゾンビを撃つように、“この世界の人間”を、”誰かの人生”を、笑いながら軽々と撃ち抜くようになってしまうかもしれない。
死という永遠の安らぎを奪われて、
チート能力という麻薬を持たされて、
見知らぬ世界で人間性を擦り減らし、
いつしか人類の敵対者となってしまう。
赤い靴を履かされて、
永遠に終わらない輪舞曲を踊らされて。
そしていつか──「首切り役人」のいない世界で嗤いながら“人間であること”をやめてしまう。
――それが、転生者なのかもしれない。
†
──てかさ、正直、もっと平和な“きらきらアイドル”路線でよかったんじゃないの?
何の悩みもない、小金持ちの家に生まれた女の子が、ちょっと青春に飢えて、 歌って、踊って、喧嘩して、最初のライブはガラガラで、 でも最後にはステージに立って笑顔で締める──
そういう、よくあるハッピーエンドの話でさ。
ていうかこの世界の創造主、正直ちょっと頭おかしいよね?
放っといたらそのうち全く救いの無い“異世界タワマン文学”とか書き出しそう。下手したらプロットはもう出来てるかもしれない。
……早く誰か、ちゃんとした編集つけてあげて。
せめて、私の“神殿アイドルの賞味期限”が切れる前に。
次の転生先が「子どもが貴族学院に入れなかった平民出身の侯爵家の側室」とか絶対嫌だからね、私。
いやマジで。




