13 社会人百合あるある未遂
そんなリゼリアの隣で。
私は、真剣な眼差しで。
壇上の眼鏡エルフを視線で丁寧に愛でていた。なぞるように、輪郭、表情、動き。細部まで、くまなく。
良い。お姉さんエルフ、良い。しかも眼鏡。
完璧な布陣。尊い。この世界に転生してきてよかった。
ガラスレンズを生成して焦点調整の研磨するだけの科学技術あるの?みたいな疑問は持つのは野暮だ。
眼鏡はそこに在る。それだけでいい。
そして、
──思わず、妄想してしまう。
もし、あの頃の私が。
もっと早く、彼女に出会っていたら。
たとえば、あの時代――
異世界転生が本当にあるなんて、まだ信じていなかった頃。
会社の椅子の高さと業務用モニターの角度くらいでしか世界が見えていなかった、あの頃。
終電ギリギリのホームでスケジュール表を睨みながら、
一日分のため息を吐いていた、あの頃。
もしその頃の私が。
新人作家として現れたミーナの担当になっていたら。
たぶん彼女は、最初の打ち合わせで分厚い企画書を出してきて、そのくせ資料はすみずみまで読み込んであって。
「すごいけど、今の読者にはちょっと難しいかも」
なんて言うと、少し口を結んで、視線を斜め下に逸らしながら、こくんと頷く。
社会に出て、少しだけ柔らかくなった頃の空気感。
正論を知っていて、でも言い方がちょっと不器用で、それでも、全部ちゃんと自分で引き受けようとする。
少し拗らせてるけど、拗らせすぎていない。
ちょうどいい硬さの“正論型メガネ”。
つまり
――私の、どストライク。
まだ男にしか興味がなかった頃の私が、
「うっかり変なところを褒めて、メシ行く流れにしてしまった」
みたいなことを、たぶん何度も繰り返していたと思う。会社の経費で。
そうして、たまたま終電を逃し、
コンビニ前で缶コーヒーを飲みながら、
白くなった吐息のなかで言葉がほどけていく。
「地元の友達が今、不倫しててさ……」とか、
「実は元カレが既婚者だったことが後でわかって……」とか。
職場では話せないようなことをぽつぽつこぼして、
妙に気が合って。
缶コーヒーの湯気がふわりと舞って、
彼女の眼鏡が曇る。
そのレンズ越しに目が合って、ふと静かな間が生まれて。
「……意外と、話、合いますね」
なんて言い合ってしまうやつ。
でも、気づくのは、いつも遅い。
バレンタイン明けのある日、スケジュールを一緒に確認してた彼女が、ぽろっと言った。
「彼氏、できちゃいました」って。
少し照れたように、でも柔らかく笑って。
その目の奥に、一瞬だけ影が差した気がしたけれど――
……たぶん、それは私の願望だったのだろう。
その瞬間、私はコートのポケットにずっと入れっぱなしだった
「お返し用」のチョコの存在を思い出す。
包装紙はしわくちゃ。
銀紙は、スケジュール帳と擦れて角が破れていた。
勇気がなくて、タイミングを逃して、
ただの“食べ損ねたお菓子”になってしまった、
私の“気持ち”の名残を。
――そんな感じの、
社会人百合あるある未遂で、終わっていたのだと思う。
でも、もし。
そこからさらにタイムリープでもして。
二周目の私がその未来を知っていたとしたら――
絶対に、あのチョコは渡していた。
ちゃんとリボンを結び直して、
ちょっと気の利いたメッセージカードも添えて。
「わー、ありがとうございますー!」なんて気づかない彼女に
内心モヤモヤしながら、
先に帰る背中が視界から消えそうになって、
私はたぶん、思わず走り出していた。
「それ、義理じゃ……ないです」って、
ちゃんとした言葉を、正面から渡していた。
走ってきた私に彼女が驚いて、
渡された言葉に戸惑って、
でも、雪がそっと溶けるように微笑んで――
もし、あの目が私を見てくれていたなら。
きっと、世界の色は、変わっていた。
そんな未来も、どこかの分岐にはあったのだろう。
──私・ミーツ・ミーナ。
……たしかに、始まっていたかもしれない。
社会人百合が。
私は壇上の彼女を見つめながら、
あの頃に置き去りにしてきた感情の残り香を、
そっと拾い集めている。
人間だった頃の私と、
人間に転生したミーナの。
交わらなかった可能性の、その続き。
ここでなら。
彼女ともう一度、
あの続きを始められるかもしれない――と。
――そんな妄想に妄想を重ねて時空の果てを旅していた私を置いて、
ミーナ教官の講義が始まる。
「私はエイルミーナ・フェルカリス。オルセレでは“ミーナ”で通ってた。好きに呼べ」
「私の仕事は、お前らを――私のような敗者にしないことだ」




